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無能の異世界物語  作者: ちくわぶ
見えざる手
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冷凍室

扉を開けて部屋に入ると、前回とは異なり明るい部屋だった。


少しひんやりとしているが寒くはなく、中には厚着のエマが座っていた。


「おまたせ」


そう言うとこちらを見たエマはどこか体調が悪そうな気がする。


立ったまま止まる自分に席を譲ろうと立ち上がろうとするエマ。


自分はエマの肩を掴んで立ち上がらせないようにする。


エマの前に立って顔を見る。


「説得できましたか?」


「いや、やっぱり2か月くらいで出ていくよ。」


悲しそうな顔をするエマ。


「自分はやっぱり、ここを離れたほうが良いと思っている。

仲間も同じ気持ちだ。」


少しの沈黙が2人の間に漂う。


「でも、2か月間の間にみんなの気が変わったなら、それに反対する気もない。」


そう言って扉に向かって歩いて行く。


「もう寝る時間でしょ。

おやすみ」


そう言って部屋を出ようとする。


扉が凍っていて動かない。


振り向くとそこには涙を流しているエマがいる。


扉が開かないのでエマのほうに行って慰める。


「落ち着いて。

2か月あるから。」


だんだんと凍っていく部屋。


「エマ!エマ!」


肩をゆするが反応がない。


自分の声を聞いたのかアイラさんが扉を叩いている。


「エマ!落ち着きなさい!」


まずい、エマが暴走している。


ベッドの布団を引っ張り上げてエマを包む。


「ティアさんを呼んでください!!」


扉に向かって叫ぶ。


足音が家に響き、ティアさんと彼女が下りてくる。


「ティアさん!そうすれば!」


火は使えない、しかし他に方法がない。


「まって、今考えるから。」


慌てているティアさんが叫ぶ。


「下がって!」


彼女の声が聞こえる。


次の瞬間凍り付いた扉が吹き飛ぶ。


自分はエマの前に立ち、吹っ飛んだ扉が飛んできてもいいように構える。


幸い、扉は壁に当たって家に穴をあけただけで済んだ。


それでも、部屋内の温度はどんどん寒くなっていく。


「美樹!」


とっさに叫ぶと美樹が壁を破ってその穴からエマを外に出す。


「エマ!しっかりしろ!」


エマの肩を掴んで震えながら叫ぶ、エマを掴んでいる手は凍り始めている。


エマの顔を叩こうとしてもう感覚のない右手を振り上げる。


嫌な音がして手首でエマを殴る。


エマの肩には凍り付いた自分の右手が残っていた。


凍り付いた手首からは血が出ることもなく、痛みが走ることもない。


ティアさんと美樹の悲鳴が聞こえて、ティアさんがエマに火を放つ。


その日は自分の手首にあたって肉が焼ける匂いがする。


自分の右手だったものから滴る血を見たエマが悲鳴を上げる。


アイラさんが叫ぶ。


「危ない!

上!!」


とっさに上を見上げるティアさんと美樹。


自分も凍り付いていく体を動かし、何とか上を見る。


上にはとても大きな氷柱が5本漂っていた。


思考まで凍り付いていくように何も考えられずに落ちてくる氷柱を見ていた。


しかし氷柱は自分たちにあたることはなく森に向かって吹き飛ばされる。


エマを見ると気を失っていた。


感覚を失っている今の自分にはわからないが、寒さがなくなったようで、ティアさんと彼女が駆け寄ってくる。


2人のほうを見ようとして振り返ると、2人の涙声が混じった悲鳴が響く。


左手も置いてきてしまったようだ。


その様子を見た瞬間に体から力が抜けてその場に倒れこむ。


ティアさんが火を用意して周りを温め、彼女が自分を治してくれる。


彼女は自分の右手首に触れると目をつぶった。


彼女の暖かさが自分に流れてくるような感覚でいつの間にか右手が生えていた。


そして、反対側に移動して同じように目をつぶる。


感覚はなく、力は入らないが確かに自分の手がそこにあった。


その様子を見て固まっているティアさんとアイラさんが目に入る。


「エマは」


最後の力を振り絞ってそう呟いたが、返事を聞く体力はなかった。




顔に何か暖かいものが落ちてくる。


そして、感覚がないはずの手には誰かの暖かさが。


目の前には大粒の涙を流しているエマがいた。


上半身を起こす。


自分の手を握っていたのは彼女だった。


やっとの思いで彼女の手を握り返すと飛び起きる彼女。


エマは声を上げて泣き始めて、3人が部屋に駆け付ける。


「すいません。

家壊しちゃって。」


笑ってアイラさんを見てそう言うとマリヤがすごい勢いで飛びついてくる。


今の自分にはマリヤを受け止めることも引きはがすことも、抱きしめることすらできない。


マリヤの勢いに押されてそのままベッドに倒れこむ。


そして、自分のおなかが大きな音を鳴らす。




アイラさんが泣いていた人たちを泣き止ませて、ティアさんが急いでご飯をつくってくれた。


その間彼女は自分の手を離すことなく握りしめていた。


自分が彼女の顔を見つめていると。


「あ、あのさ。」


彼女が口を開く。


「美樹でいいよ。」


それだけを言ってどこかに行ってしまう。


ティアさんがご飯を持ってきてくれて食べようとするが、手に力が入らなかった。


「しょうがないわね。」


そう言って真っ赤な顔でスプーンで料理をすくって差し出すティアさん。


めちゃくちゃ恥ずかしい。


何より、この状況を見つめるマリヤと彼女の目が刺さって痛い。


一向に口を開けない自分にティアさんは


「あーん」


というがその姿がかわいくてつい笑ってしまう。


笑う自分を見てさらに顔を赤くしたティアさんは皿とスプーンを持ったまま固まってしまった。


その様子を見ていたアイラさんがマリヤと彼女を追い払って、ティアさんを部屋から出す。


「悪かったね、あの子が。」


とてもつらそうな顔で謝りながら、自分の口に料理を運ぶ。


「何があったんですか?

アイラさんが読んでるあの分厚い本に関係してますか?」


アイラさんはもう一度自分の口にスプーンを運ぶと手を止めて話し始めた。


「あの子は父親に似たのか魔法の才能があったんだけど、最近その力が強くなるにつれてコントロールできなくなっているみたいなんだよ。」


前自分がいた時にはコントロールできていたような気がするが・・・


「アイラさんすいません、エマを呼んできてもらえますか?」


そう言うと立ち上がって部屋を出ていくアイラさん。


少しすると、部屋がノックされる。


「入ってー」


少し大きな声を出すと、エマが背中を丸めうつむいて入ってきた。


「座って。」


いつもの癖で手を出そうとするが、上がることはなかった。


言われるがまま椅子に座ったっきり何も言わないエマに声をかける。


「大丈夫?」


エマは消え入りそうな声で


「はい・・・」


とつぶやく。


「エマは自分の手が好きだねー」


場の雰囲気を和ませようと冗談を言うが恐ろしいほど凍り付く空気。


エマが暴走していた時よりも寒い気がする。


そんな恥ずかしさで顔が真っ赤になっていると、蚊の羽音のような声で呟く。


「ごめんなさい。」


そしてまた泣き出してしまう。


また暴走するんじゃないかと思って固まるが、寒くなる気配はない。


「気にしないで。」


安心してそう伝えると、左手をなんとか上げてエマの頭をなでようとする。


しかし、自分の腕はすぐに力尽き下に垂れてしまう。


「エマはなんで、魔法のコントロールができないと思う?」


また、暴走してもらっては困る。


何とかして抑える方法を見つけてもらわなくては。


「わかりません。」


涙を必死にこらえようとしながら答えるエマ。


「いつから?」


「ギゼルの町へ行った時ぐらいから。」


え?


「町に来たの?」


「はい。

お兄さんを追うついでにギルドに行こうと思って。」


その答えを聞いて頭が真っ白になる。


ギルド


自分


この2つが関わると必ず誰かの幸せが壊れる。


深く息を吸って目を閉じる。


腸が煮えくり返るような思いだ。


しかし、今はそれについて考える時ではない。


今はエマの魔法について考える時だ。


「その時になにか変わったことはなかった?」


少し考えるエマ。


「特になかったと思います。

ただお父さんにあって、その時今の仕事をもらってそのまま帰ってきました。」


エマの父親?


そいつが何かをしたのか?


「ほかにだれかに会わなかった?」


少し顔が強張る。


「男の人がお父さんと話していました。」


「特徴は?」


「ごめんなさい。覚えていません。」


おかしくないか。


自分を探しに町に来て自分を探さず帰るなんて。


男の特徴を覚えていないなんて。


しかもその2つが同時期に起きて、それ以来魔法がうまく使えないなんて。


誰かが何かを企んでいる。


そして、おそらくその男はギルド内の殺人事件にも関わっているに違いない。


まるで誰かが見えない手で自分たちを操っているようだ。


その男を見つけ出さなければ。

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