勝利
降り注いでいた雨もいつの間にか止んでいた。
ゆっくりと立ち上がる。
ティアさんと彼女の後ろに立っていて、敵に囲まれている。
マリヤに近づいて見ると、片膝ついているマリヤが、そこに倒れている男の胸を両手で持った剣で刺していて、そのマリヤの肩に深く刺さる大男の持つナイフ。
マリヤのほうまで駆け寄って、男を後ろに倒して、ナイフを抜く。
傷口から、血があふれ出し、急いで服を脱いで片膝のまま動かないマリヤの腕にきつく巻き付ける。
そして背後で物音がして振り向く。
「どうなってるの?」
びしょびしょに濡れてしまっている彼女がそこには立っていた。
「怪我は?」
「ない。」
左足から流れ出る血を見て、顔をしかめた彼女は自分に近づいてしゃがみ込み、脚に手を当てる。
暖かい彼女の手のぬくもりが脚に伝わって痛みが引いていく。
「え?」
誰かの声が後ろから聞こえ、振り向くとそこには細身の男性がこちらに向かって歩いていた。
「君たち、何者?」
構えることなく近寄ってくる男性は、特に表情を変えることなく質問してきた。
「自分はタイチって言います。」
落ちているダガーに手を伸ばしながら答えるとその男は。
「やめといたほうがいいよー
君が何者か知らないけど、僕には勝てないよ。」
だるそうに忠告をする男性にダガーを手にした自分が質問をする。
「あなたは、ギルドの人ですか?」
「うん。」
マリヤさんを見ながら顔をしかめたその男性の返事を聞いてダガーをしまう。
「これはどういう状況ですか。」
彼女がつぶやくと男性は彼女を一瞬見て何も答えずにティアさんのほうへ歩いて行った。
男性がティアさんに触れるとティアさんは再び動き出す。
「マリヤは?」
第一声を上げたティアさんに男性はつぶやく。
「彼女は怪我してるからねー
あのまま運ぼうと思ってる。」
「わかりました。
本当にありがとうございます。」
ティアさんが深く頭を下げるとその男の人は
「ほかにはー?
これで全部ー?」
と首を鳴らしながらティアさんに問いかけた。
「はい。
この2人とマリヤだけです。」
それを聞いた男性は何も言わずに去っていった。
その背中を見つめる自分と彼女にティアさんは話しかける。
「あの人はね、今のギルドの中で最も強い人。
ギルドの経営をしている人よ。」
前にティアさんが言ったことを思い出す。
雨の魔法を使う人。
その背中が見えなくなると、ティアさんが2人の手を引いてマリヤの元へ行く。
「ギルドまで運ばなきゃ。」
自分がマリヤを抱え、ギルドに歩いて行く。
おおむね計画通りに行ったが、マリヤが傷を負ってしまった。
この後はギルドがあの男たちに事情聴取をするだろう。
そこで見つかるのはマリヤを狙う男と盗賊。
しかし、マリヤが盗賊に協力していたことを知っていたのはあの大男だけのはずだ。
そうじゃなければ、もっと時間をかけずに大事にするに違いない。
ギルドに工作員がいるのにも関わらず、やることは情報を漏らさせるだけだとは考えられない。
そして、あの男はマリヤが契約違反を止めようとティアさんを連れて行ったがあの場にいた全員を殺して解決しようとした男。
おそらく、ギルドが事情を調べ、マリヤが勤めていた国に手を出すことを見つけ次第、処分されるであろう。
これで、マリヤの怪我以外はすべて計画通り。
こちらの勝利と言ってもいいだろう。
ギルドに帰ると、それぞれ個室に移され、いろいろと質問をされる。
これをある程度正直に答えていく。
「なぜあそこにいたのですか?」
「自分があの建物にいた依頼者から受けた依頼で契約違反行為を受けたので、担当のマリヤとボディーガードのティアさんに動向を受けて契約是正を求めに生きました。」
「契約違反とは?」
「契約にはなかった、自分の監視が付いていて、身の危険を感じたため、担当のマリヤに相談しました。」
「あの爆発は、あなたまたはあなたの仲間の魔法ですか?」
「いいえ違います。
自分は魔法を使えません。」
「あの場にいた男性は誰ですか。」
「担当のマリヤに付きまとっていたストーカーだと思います。」
まるでロボットと話しているかのような受け答えがしばらく続いて解放される。
ギルドの入口に立っていると先に出ていたマリヤとティアさんを見つけ声をかける。
少しして彼女が出てきて四人でティアさんの家に向かう。
「これからどうするの?」
家に帰り、明るくなっていく空を1人外に座って眺めていたら彼女が話しかけてきた。
「この町を出ていくつもりなんでしょ?」
頭をかいて彼女のほうを向く。
自分の横で立っている彼女は自分がしていたように空を見上げていたが、自分の視線に気づいたのかこちらを向いて目を合わせる。
「ばれてた?」
少しふざけながらそう言うと彼女は呆れながら
「バレバレよ。」
こんな大事件を起こしておいて、この町にとどまるつもりはない。
もともと、すべてのこの一連の事件の発端となったのは自分の弱さと、あの男の強欲さだ。
片方が去った今、自分も去るべきだろう。
「特に考えてないなー」
当たり前だ、この世界の地形すら知らないのに。
少しの沈黙の後彼女が手を差し出し。
「少し、散歩でもしない?」
彼女の手を取って立ち上がる。
彼女は町の外に向かって歩いて行く。
「あたしねー作られたものなんだ。」
町の外で川辺が近づいてきたときに話し始めた。
「どういうこと?」
何が言いたいのかわからない彼女の発言に質問をする。
川辺について岩に座って彼女は話し始めた。
「メキシコの洞窟でとある石が発見されたの。
とても綺麗で透き通った結晶が。
とある大学のチームがその結晶の中で生きている微生物を発見したの。
その微生物は、結晶の中でも生き続けていて、少なくとも5万年は生きているって言われてた。
とある団体がその微生物に興味をもって、研究を始めたの。
私の両親はそこで働いていた。
その団体は微生物の中からとある遺伝子を見つけ出して、その遺伝子を 生まれてくる子供に組み込んだの。
するとその子供は特別な力をもって生まれました。」
彼女は空から目を離さずに続ける。
「その子供を産んだ女性は、とても合理的で感情的に動くことなんてなかったんだけど、娘が6歳のある時、娘の幸せを願うあまりに、とても感情的な行動を起こしてしまうの。
その女性は子供と一緒に逃げ出して、とある国に逃げ込んだ。
その国では人と人との距離がほかの国よりあって、安全に暮らせるだろうと考えたんだろうね。
そして、大きくなったその女の子はいろんな人から追われることになっちゃったの。」
彼女は少し言葉に詰まり、肩を震わせていた。
「その女の子は力を使って、悪いことも時にはしながらお母さんと仲良く生きてたんだけど。
ある時そのお母さんはその子を守るために命を投げ出してしまって、女の子は1人になってしまったの。
その子はたった1人で生きていたある日、自分の父親が働いている大学を見つけて会いに行ったの。」
涙で震える声がついにでなくなってしまう。
自分は立ち上がって彼女に近づくとそのまま抱きしめた。
彼女は声を上げて泣き、自分の胸で呟いていた。
「ごめんなさい・・・
巻き込んでしまって・・・ごめんなさい・・・」
明るくなっていく空に照らされて、彼女は肩を震わせていた。
周りが完全に明るくなるころには泣き止んでいた彼女が自分の胸から顔を離し目を見つめて言う。
「私が言いたかったのは、置いてかれることはあなたが思ってるよりもとってもつらいことだよ。
町を出るなら、そのことをもっと考えてからにして。」
彼女はそう言うともう一度自分の胸に頭をうずめて、急に離したかと思うと町に向かって歩き出した。
「行くよ。
急がないと、きっと心配してるから。」
こっちを向かずに明るい声で言った彼女の跡を歩いて町に向かう。




