悪魔
興奮からか結局眠れずにいると、周りが少しづつ明るくなっていく。
しびれた右手を動かしながら立ち上がる。
飛び起きたマリアはティアの肩をつかんでその顔を見ると慌てて周りを見渡し、立っている自分と目が合う。
ゆっくりとベッドから抜け出すマリヤ、自分の手をつかんで部屋の外に歩いて行き、自分の両手をもった。
「もうお姉さんの胸で泣かなくても大丈夫かな?
泣き虫くん。」
自分を抱き寄せ、耳元でささやいた。
マリヤの両肩を押して少し距離を開け、マリヤの顔を見つめる。
「もう大丈夫。」
そう言うと、とてもやさしい顔を後もう一度自分を抱き寄せた。
「無理しなくてもいいからね。
あなたは弱いんだから。」
子供に言い聞かせるような優しい声で呟いた後、マリヤはキッチンに向かって歩いて行く。
もう一度寝室に入り、ティナさんに布団をかける。
彼女の肩に触れると、それを振り払うように飛び起きる。
すごい形相で自分のほうを見て、大きく息を吐いて立ち上がる。
「ごめんなさい。朝に弱くて。」
そう呟いて寝室を出る彼女とそれに続く自分。
彼女の準備が整ったら一緒に出掛けることになっている。
少し外に出て風を浴びる。
少し雲が浮かんでいて、ゆっくりと流れている空を見上げる。
昨日の夜には彼女との距離を縮めることができた。
少し思い出して1人ニヤつく。
家に入り、少し寝ぼけた顔の彼女に声をかける。
地下に行き荷物を取って家を出る。
目が合ったマリヤに元気よく笑顔で言う。
「行ってきます。」
マリヤは首を傾げながら手を振っている。
それを見て横で笑う彼女。
「抜けてないのね、その癖。」
いただきます、ご馳走様など、こっちの世界にはない習慣が身についたまま、たまに出てしまう。
「よく適応してるんだな、そっちは。」
彼女のほうを見ずに言うと、彼女は少し元気のない明るい声で呟く。
「言いなれてないからね、そんなこと。」
「慣れていけばいいさ。」
「この世界で?」
「あぁ」
いままで夢に見ていた彼女と歩きながらくだらない冗談を話している。
少し夢見心地なまま、あの建物の前に着く。
荷物を彼女に渡して扉をノックする。
護衛が中から出てきて、自分のみを中に入れようとする。
その男の手をつかみ
「彼女は協力者なんだ」
というが護衛はこちらを睨んで動かない。
「いいじゃないか、そちらの麗しいお嬢さんも入れてやれば。」
中から頭にまで響きそうな吐き気を催す声がする。
その声を聞いて自分と彼女を入れた男に頭を下げ入る。
満面の笑みでこちらに近づいてくるあの男。
「やぁ!
最後のひと時は楽しめたかい?
君も罪な男だねぇ、3人もの美女をたぶらかして。」
そう言って抱擁しようとしてくる男。
自分の感情を隠さずに顔に示しながら一歩下がり、その抱擁を回避する。
「この女性はあの人の弱みになりうる。」
そう言って彼女を指さすと、興味をもって食いついてくるその男に耳打ちをする。
「この女性は彼女の教え子のようなものだ、今はだまして連れてきていて、今日の夜もそうするつもりだ。
目的が何かは知らないが、自主的についてこさせたいなら、弱みを握っておいたほうがいいだろう。」
それを聞いて嬉しそうな顔をした男は気持ち悪い笑顔を見せながら自分に言った。
「うれしいよ、そんなに前向きにとらえてくれるなんて。
あの人とデートしてる君を見て、不安になっていたんだよ。
もしかして、裏切ろうとしてるんじゃないかと、ね?」
表情を変えることなく淡々という。
「ティアさんのためにするんだ、お前のためじゃない。
そのためならお前みたいな悪魔にだって尻尾を振ってやる。
ただそれだけだ。」
殺意を込めた目でその男を見つめながら一言一言すべてに感情をこめて伝える。
この建物内のすべての視線が自分に集まっているのを感じる。
護衛の男たちは自分を警戒しながら睨みつけているのだろう。
「まぁ、きっかけはなんにせよ君が事の重大さを受け止めてやる気を出してくれたのはうれしいねぇ!」
しっかりと頑張ってくれたまえ、そう振り向いて歩いて行く男の背中をみつめながら、背後から刺したい衝動を必死に抑える。
「もう行っていいよ」
背中越しにそう言った男の声を聞いて彼女と2人建物を出る。
「せっかくだから、何か買っていこうか。」
そう言って彼女と2人、食べ物を買って帰る。
決してデートなどではない。
それでも大きな一歩だ。
4人分の食べ物を買ってマリヤの家に帰った。
家に入るとマリヤとティアさんがキッチンに立っていて、食べ物を抱えている自分を目が合う。
無駄に豪華すぎる昼食を食べながら計画の確認をしていく。
「マリヤ、例の人に連絡はとれた?」
「うん、こっちの要望通りの人たちが来てくれるって」
「ティアさんはどうですか?」
「大丈夫よ、ギルドに要望を出しておいたわ。」
これで今夜に向けての準備は万全だ。
「みんなご飯が終わったら少しでも寝ておいたほうがいいよ。」
そう言って1人、食事を切り上げて家の外に出る。
周りを警戒しつつ、1人空を見上げる。
ゆっくりと流れる雲を見つめながら、目を閉じる。
背後で扉が開いて後ろを向くとティアさんが立っていた。
ティアさんの手には袋が握られていた。
「これ・・・」
そう呟いて袋を差し出すティアさん。
自分は立ち上がり、袋を受け取る。
中には白い箱と黒い箱が入っていた。
「ありがとう。大切に使うよ。」
そう言って、袋を右手に持つ。
不安そうな表情を浮かべるティアさんはゆっくりと扉を閉めた。
「どうしたんですか?」
そう言って近寄ると、ティアさんは少し背伸びをしてティアさんの唇を自分の唇に触れさせた。
驚いて後ずさると、そのまま家に入って行ってしまうティアさん。
一呼吸おいて右手の袋を開ける。
白い箱を開けると、そこにはグリップが黒いダガーが、逆に黒い箱にはグリップが白いダガーが入っていた。
両方とも箱にしまって、家の中に入る。
そろそろ動き出さなければならない。




