憧れ
泣き疲れて少し立ち上がる。
何も考えずに森の中に入って行って、一度行ったことのある泉を探す。
その泉は薄暗い森の中にあるのにも関わらず、差し込む日差しを反射してとてもきれいに輝いていた。
その泉の中に体を投げ込む、静かな森に水しぶきがとびちって、どこかで鳥が飛んだ気がする。
冷たい泉の水が自分の体から熱を奪っていく気がする。
目を閉じ少しの間浮かび、息が苦しくなったら立ち上がり近くの木の根っこに腰を掛ける。
落ちていた木の葉などを踏みつぶし、濡れた服に土がつく。
濡れた服が体にへばりつく不快感の、水が顔を滴るくすぐったさを感じるが、それに対して何かをしたいと思えずに座り込んでいた。
何かを考えてしまうと、それ自体が自分の気持ちを沈めていく。
できるだけ何も考えずに目の前で揺れる木々だけを見ていた。
寒さに震えて目を覚ますと、赤く燃えるような色の泉が目に入る。
いつの間にか夕方になっている。
立ち上がりまだ濡れている服を絞る。
本格的に寝床を探さなければいけない。
明日は失敗は許されない。
頭のどこかから声がする。
(こんな状況でうまくいくわけがない)
後ろ向きな自分の声を頭から追い出そうと、寝床について考える。
泉に入ったのは失敗だったと認めざるを得ない。
濡れた服のまま寝るのは決していい結果を招かないだろう。
木々の間を抜け、川辺に出る。
自分が岩に腰かけようとすると急に体が見えない何かに持ち上げられる。
2mほど持ち上げられ、180度反対の方向を向きおそこで静止する。
そして、木の陰から彼女が歩いて出てきた。
「なんでここがわかるんだよ!」
ついカッとなって口調が荒くなる。
「あなたはもう少し周りを信頼すべき。」
そう言って自分を抑えたままどこかに合図を出す。
「うるさい!
いったい何を信じればいいっていうんだこんな世界で!
誰も俺のことを知らないこんな世界で!
名前も知らない人と2人でこんなところに残されて、いったい何を信じればいいんだよ!」
彼女の力に勝てないことはわかっているが、自分の全身の力を使って逃げようとする。
「俺は君とは違って何もできない!
なんで俺なんだよ!
魔法も剣も何もできない俺なんだよ!」
疲れて暴れ続けることも、彼女への八つ当たりを続けることもできなくなり、ゆっくりと地面に下ろされる。
体は自由になっているが何かをする気力が起きず、その場に立ち尽くす。
目を開けることすら困難な状況で嗚咽を止めようと必死に呼吸をする。
砂利を踏む音が聞こえ誰かが近寄ってきて自分を抱き寄せる。
その人の胸に顔を預け、鼓動に耳を澄ます。
先ほどまではやり方を忘れていた呼吸も、気が付くとできるようになっていた。
そのままその人は何も言わずに自分の肩を強く抱き寄せた。
「無理しなくてもいい。逃げてもいいんだよ。」
耳元でその人がそう呟く。
「辛いなら逃げてしまいなさい。」
違う声の人がそう呟く。
「誰もあなたに無理強いなんてしていない。
後は私が何とかする。」
冷たい声が遠くから聞こえる。
自分は何も言えずに腕をその人の背中に回し、体の力が抜けるとすべての体重をその人に預け寝てしまう。
目が覚めると、布団の中にいた。
横にはマリヤが寝ていてティアさんが布団にもたれかかって寝ている。
起こさないようにゆっくりと起き上がり、ティアさんを持ち上げマリヤの横に寝かせる。
静かに扉を開けて、寝室をあとにする。
「逃げるなら止めないわよ。」
寝室の扉を閉めると同時に背後から聞こえてくる声に驚くことなく振り返らずに返事をする。
「質問があるなら答えるよ。」
「私の質問は一つだけ、あなたはいったい何者なのか、それだけよ。」
振り返って彼女のほうを向く。
「答えてる通り、俺はタイチだ、23歳独身。」
皮肉を込めて答えると彼女は鼻で笑う。
「あの花束は嘘だったの?」
彼女が皮肉を言う。
少し微笑んだ彼女をみて顔が熱くなる。
「俺はあの事件が起きた大学の生徒になるはずだった、そこで長髪の男が君を刺そうとしているのを見て止めようとしたんだ。」
「なんでそんなことを?」
「一目ぼれ」
外からの月明かりで照らされている彼女はとてもきれいに髪をなびかせていたが、自分の返事を聞いて固まる。
「あなた、馬鹿なの?」
今まで見たことないほどの見開いた目でこちらを見つめる彼女。
彼女と会話をして、人間らしいとこがどんどんと見えていくのがうれしくてしょうがない。
「多分ね。
君を見かけるたびに目で追ってた。」
「しってる。
私を追ってるんだと思ってた。」
あながち間違いでもないような・・・・
「なんか心配して損しちゃったな。」
彼女がため息をついて上を向く。
「私の名前は美樹、大橋美樹。
よろしくね太一くん。」
自分を横目で見ながらそう言った。
笑いながらそう言った彼女の顔は月明かりに照らされ、あまりの美しさに思わず生唾を飲む。
「なんで?」
「ん?」
「君は自分のことを悪い人じゃないって言ってたけど、なんで?」
彼女を見つめながら尋ねる、彼女は少し考えて思い出したようにうなずくと
「覚えてるかなぁ、村で君が怪我したの。
エマちゃんと森に行ったとき。」
忘れるはずがない、自分が村を出る決心を決めた日であり、エマの心に消えない傷をつけてしまった日だ。
「あの日エマちゃんが血だらけになりながら運んできた君を見てそう思ったの。
君は明らかにあの子よりも弱かったのに、あの子をかばったんでしょう?
それは、とっさにできることじゃないよ。」
「じゃあ、やっぱりこの腕を治してくれたのは君だったのか。」
エマちゃんが放った魔法に切り落とされた腕、あれはやっぱり現実だったのか。
彼女は笑顔でこっちを見てうなずくと椅子に座る。
「もしあなたみたいな人が前の世界にいたら、私のことも助けてくれてたかな?
私を守ってくれる白馬に乗った王子様みたいな人がいたらね。」
彼女は笑顔のまま天井を見つめつぶやく。
自分が質問をする前に
「今日はもう寝るね、明日も早いでしょ。」
そう言って寝室に向かっていった。
いえなかった言葉が頭の中に残っていた。
自分はエマを助けたりなんかしてない。
何が起こったか自分でもわかっていないんだ。
腰が抜けて動けなくなっていた自分があの子を助けられるわけがない。
まるで、彼女をだましているような気持ちになって悲しくなる。
自分の右手を見つめながら、深呼吸をして寝室の扉を開く。
ベッドそばまで行って寝ているマリヤの頬を撫でる。
うなされるティアさんの手を握って床に座って目を閉じた。




