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無能の異世界物語  作者: ちくわぶ
いのちといのち
123/127

油断

上った朝日が氷でできた透明な壁を通り抜け俺たちを起こす。


「おはよ。」


俺を見ていた姉が声を出す。


「おはよう。

まだ出れないの?」


姉は首を横に振る。


俺は立ち上がって全力で壁を蹴る。


思ったよりも簡単に壁は壊れて、その音を聞いたエマさんがテントから飛び出してくる。


「おはようございます。」


一瞬構えたが、朝日に目を細めた後普通に挨拶をするエマさん。


「おはようございます。」


そう言って姉に手を差し出す。


姉は俺の手を掴み立ち上がる。


少し遅れてテントから飛び出てくるグレイス。


その顔は見るからに眠そうだ。


俺の顔を一瞬見た後目をそらしたグレイスは再びテントに入っていく。


姉とルドルフは出発の準備を始める。


俺は1人馬車に乗り込み、森の中を見ていた。


「どうかしたの?」


荷物を持ったグレイスが馬車に向かってきて、俺に声をかける。


「少しね。」


適当に返事をしながら立ち上がり、グレイスの荷物を受け取る。


中に放り込むと、グレイスが俺を叩く。


「少しは丁寧に扱いなさいよ。」


そう言うグレイスの脇に手を入れて、馬車の中に引っ張り上げる。


「はいはい。」


真面目に聞かない俺を睨んだグレイスは馬車の中に座る。


グレイスは俺に何かを言おうとしたけど、それをやめて口を閉じる。


姉が馬車に乗り込む。


姉は俺とグレイスの間に座り、グレイスと話し始めた。


驚いた俺が2人を見ると、姉は俺のほうを見て微笑む。


「どうかした?」


俺は何も言わずに目をそらす。


久しぶりに目を閉じて瞑想を始める。


体の中の魔力を感じる。


意識して感じようとすると、以前よりもより魔力がつかみやすくなったように感じる。


まるで俺の体の中にいて邪魔をしていた何かが消え去ったような。


急に馬車が動き始めて、俺は少し体勢を崩す。


姉とグレイスの会話も、エマさんとルドルフの会話も聞こえないように集中する。


頭の中にいろいろな人の顔が浮かぶ。


姉やグレイスそしてシオン。


呼吸が早くなっていることに気付いて、意識してゆっくりと呼吸する。


急に馬車が止まって俺は目を開ける。


カバンの横に刺していたダガーを手に取って俺を見ている姉を見る。


「魔物?」


姉は首を横に振る。


その横でグレイスが少しおびえているのに気づく。


俺は馬車から降りて、飛んできた矢を掴む。


「エマさん!

矢!」


俺が走りながらそう叫ぶと馬車を守るように氷の壁が作られる。


矢が飛んできたほうに走り、森の中に潜んでいた3人の男が俺に向かって魔法を放つ。


最初に飛んできた氷の魔法をよけて、そのあとに襲ってきた2つの炎の魔法を両手で受ける。


服が焦げて魔力を通している体に少し熱さが伝わる。


深く踏み込んで強く地面を蹴る。


炎を放った男に飛びつき、ダガーを胸に刺す。


それを待っていたかのように魔法を放った残り二人。


男の死体をもって炎に飛び込む。


死体を盾に炎を受けて距離を詰めて、男の足にダガーを刺す。


ダガーを抜いて足をすくって、バランスを崩した男で背後から飛んできた氷を受ける。


最後の1人に距離を詰めようと踏み出すと、どこからか矢が飛んでくる。


1つを掴み、もう1つは俺の腕をかすめる。


矢に気をとられた瞬間に男は俺に向かって剣を抜き突きを放つ。


その剣に肘をあてて軌道を変えるが、俺の腹の薄皮を切り裂く。


掴んでいた矢を男の足に刺して持ち上げる。


木に背中をつけて、前から飛んできた矢を男で受ける。


少しの間その場で固まるが、矢が飛んでくる気配を感じなくなってその場を離れる。


エマさんの張った氷の壁に炎の魔法を使っている敵を見て、音を立てないように近づいて首をダガーで刺す。


それを見た残りの男たちは逃げ出す。


一番近い男のところまで移動して足をダガーで刺し、その場に倒れた男の体を土魔法で固定する。


残党は森に消えていく。


「もう終わりました!」


そう叫ぶと一瞬で氷が溶ける。


「大丈夫!?」


氷が溶けてすぐに飛び出してくる姉とグレイス。


「大丈夫、かすり傷だけ。」


姉たちにそう言って捕まえた男の前に立つ。


「目的は何でしょう?」


そう言って歩いてきたエマさんは。男と少し距離を開けて立つ。


「向こうで魔法を使う3人と多分弓兵が2人いた。

3人はやったけど弓兵は逃げられた。」


俺とエマさんを睨んでいる男。


「目的は何でしょう?」


エマさんが見下しながら男に聞くが、男は何も言わない。


「多分、勇気じゃないかな。」


後ろで姉がつぶやく。


「前も襲われたじゃない。

女の場所を教えろって・・・」


それを聞いたエマさんが俺を見る。


「それって・・・」


俺はうなずく。


「厄介そうな状況ですね。」


そう言ったルドルフは馬車に戻る。


「ここにいるのは危険では?」


そう言って馬車に乗り込んだルドルフの後を追うようにみんな馬車に戻る。


俺は男の拘束を解き、馬車に乗り込む。


「いいの?

逃がしても?」


馬車の中で姉が不安そうにつぶやく。


「いいよ。

どうせあの傷じゃあ長くはないし盗賊にも戻れないだろうから。」


立つこともできない男はその場に寝ころんだまま俺たちを睨んでいた。



その日の夜、ついに俺たちのテントに出入口ができた。


俺の腕の中で眠る姉を見て、なかなか眠れなかった俺は、服を着て外に出る。


見張りをしているルドルフのところへ歩いて行き、横に座る。


「どうかしましたか?」


俺の顔を見たルドルフはそう呟いて自分が飲んでいたものを俺に差し出す。


俺はそれを受け取る。


「なんか眠れないから俺が見張るよ。

もう寝ていいよ。」


ルドルフはうなずいてテントに向かって行く。


「おやすみなさい。」


そう言ったルドルフはテントに入る。


1人空を見ていると、足音が聞こえてくる。


「どうしたの。」


歩いてくるグレイスに話しかける。


何も言わずに俺の横に座ったグレイスは俺の持っていた酒を飲み干す。


「まず・・」


そう呟いてカップをその場に落とすグレイス。


「あんた、死ぬ気でしょう?」


俺の目を見つめたグレイスは突然口を開く。


「なんで?」


「女の勘。」


俺は少し黙ったあと、再び空を見上げてつぶやく。


「うん。」


「やめなさいよ。」


驚いた様子のないグレイスはそう続ける。


グレイスが何も言えずに黙り込む俺の手を引っ張り、見つめ合う。


「やめなさいよ。」


俺の目を見てもう一度つぶやくグレイス。


呟きというよりも懇願に近い声と表情のグレイスは肩を少し震わせていた。


黙ってグレイスを見つめる。


何も言えない俺に少しづつ近づいてくるグレイス。


両手でグレイスの体を押して、距離をとる。


「ごめん。」


そう呟いて目をそらす。


氷の壁の向こうで姉が動いた気がした。


「私はあなたが誰と恋に落ちても気にしないから、死ぬなんて言わないで。」


俺の手を握ってつぶやくグレイス。


嫌な予感がしてグレイスを押し倒す。


「ここにいろ。」


耳元で囁いて、エマさんのテントの中に入る。


「2人とも、起きて!」


寄り添うように寝ている2人を起こす。


少し気まずそうな顔をしたエマさんが胸元を隠す。


「だれかが来ているかもしれない。

エマさん、姉とグレイスと氷の中にこもって。

俺は相手を探しに行く。」


そう言ってテントを出て、グレイスの手を引っ張り、姉の寝るベッドに連れていく。


姉はうっすらと目を開けてグレイスを見たとたん体を隠す。


「え、え?」


パニックで声を出す姉をよそにダガーを掴み外に向かって行く。


エマさんが姉たちに合流して氷の壁を作る。


ルドルフはエマさんたちの周囲を警戒する。


遠くに人影が見えて、そこに向かって行く。


途中で風の魔法に服を切られる。


その上から3人が俺にとびかかってくる。


魔法を1人に向かって放ち、もう1人をよけるが、最後の1人が俺の左肩に剣を刺す。


ダガーでその男を刺す。


先ほどよけた一人が俺に向かってかけてくる。


俺に剣を突き刺した男を掴み、向かってくる男に投げ飛ばす。


俺が激しい動きをするたびに肩から流れでる大量の血。


魔法で肩を凍らせる。


最初に俺の魔法を受けた女が立ち上がり、俺に向かってくる。


男の剣をダガーで受け流しバランスを崩させる。


その男を女に向かって蹴飛ばす。


男をよけて俺に向かってくる女、その女は持っていたレイピアで俺を狙う。


心臓を狙う突きを、凍っている方で受けてレイピアを折る。


痛みが肩を襲い、追撃に出ようとする俺の足を止める。


立ち上がった男が俺に向かって斬りかかる。


とっさに左手で受けようとするが動かない左手。


体をねじり攻撃をかわそうとするが、その男の剣は俺の左腕を切り落とす。


痛みで叫び声をあげながら、右手で男の脇腹にダガーを刺す。


女が剣を拾い上げ向かってくる。


ダガーを握る右手に力を入れて女と俺の間に男を持ってくる。


女の剣が男に刺さり、その隙にダガーを抜いて女を刺す。


2人を蹴り飛ばし、俺自身もその場に倒れる。


足音がして、先ほど魔法を撃ってきた男たちが近づいてくる。


女に刺さったダガーを抜こうとするが、女はダガーを握ったまま息絶える。


出血で意識が薄れていく中、俺の左手に握られているダガーを手に取る。


目をつぶり、魔力を振り絞る。


2人の足音が近づいてきて、ゆっくりと木の陰からこちらの様子を伺う。


俺たちの惨状をみて安心した様子を見せた瞬間に俺は飛び上がり、目の前の男を刺す。


もう1人が魔法を撃つが、それをかがんでよけてダガーでその男も刺す。


ダガーをその男に刺したまま、みんなのもとに歩いて行く。


複数の死体が転がっている中ルドルフは息を切らして立っていた。


ルドルフが何かを叫び、氷の壁の向こうから姉たちが走ってくる。


その姿を見て安心したのか俺は意識を失った。

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