酒を片手に
夜明けに寒さに震えて目を覚まして、魔法で火を出して少しでも暖をとろうとする。
吐く息は白く、俺たちを閉じ込めている氷は昨日と変わらないままであった。
「寒すぎ・・・」
そう呟いてベッドから降りる。
扉をふさいでいる氷を溶かし外に出ようとする。
エマさんの作った氷はとても俺に溶かせるようなものではなく、俺の出せる炎では風前の灯火同然だった。
「何してるの?」
寒そうに丸まっている姉の声が聞こえる。
「寒すぎて・・
少しでいいから外に出れないかと思って。」
「きっと無理よ・・・
エマさんの魔法は特殊だもの。」
そう言って手招きする姉。
ベッドに入って姉に触れないようにしながら姉に聞く。
「特殊ってどういうこと?」
「エマさんは昔、あの男に何かをされたみたいなのよ。
それで氷の魔法しか使えなくなったみたい。
昔はそれでお父さんを氷漬けにしたこともあるって言ってたわ。」
あの男の影響はまだ他の人にもあるのか・・
「オリ姉は昔お父さんたちと旅していたことを覚えているの?」
少しづつあったまってきた手で姉の手に触れる。
驚いて手を引っ込めた姉は俺を睨み話始める。
「あんまり・・
ただ、一緒に旅していた人たちは覚えているわよ。」
父と母、そしてギルドでモイライと呼ばれている3人の女神たち。
「旅をしているときは、お父さんは今とはまるで違う人だったのよ。」
「やっぱり・・・女たらしだったの?」
エマさんの言っていたことが気になってしまう。
「さぁ?
私は旅が終わるまで話さなかったから。
お父さんの詳しいことはエマさんに聞いた方がいいと思うわ。」
そう言って、暖かくなった俺の手に触れる姉。
俺の指に指を絡ませて俺を見つめる姉が窓から差し込む朝日に照らされる。
「もうそろそろこの寒さからも解放されるかな。」
そう言って姉にキスをすると扉と窓の氷がなくなる。
「おはようございます。」
扉越しにエマさんの声が聞こえる。
俺は立ち上がって扉を開ける。
「エマさん、寒い、寒すぎる。」
部屋の前に座っていたエマさんが立ち上がって俺のほうを見る。
「エマさん寝てないの?」
「少し寝たので大丈夫です。」
そう言って部屋に帰ろうとするエマさんの手を掴み止める。
「旅の道中ずっと氷の中で寝るなんてことないですよね?」
エマさんは何も言わずに俺に微笑んで部屋に帰っていった。
部屋に戻り、姉と荷物をまとめていると扉がノックされる。
「もう行くわよ。」
グレイスの声が聞こえ、荷物をもって部屋を出る。
「おはよう・・・」
「おはよう。」
少し気まずく挨拶をすると、何事もなかったかのように挨拶を返すグレイス。
エマさんたちが部屋から出てくる。
ルドルフの体調はもう大丈夫そうだ。
「心配かけました。」
「エマさん。
寒くて寝られないのでせめて寝袋か何かをいただけませんか?」
姉がエマさんに話しかける。
俺は無意識のうちにグレイスのほうを見てしまい、目が合う。
「ええ、わかりました。」
明らかに俺の時とは違う対応で姉に返事をするエマさん。
文句を言おうとしたが、これ以上場の雰囲気を悪くしたくなくて口を噤む。
「では行きましょうか。」
そう言って先陣をきったルドルフの横を歩く。
「この空気どうにかしてよ。」
そう耳打ちすると後ろを振り返ったルドルフ
「私は御者をする必要があるので。」
笑顔でそう言って馬車に向かって行くルドルフ。
エマさんと姉はギルドに向かって行く。
グレイスと俺はルドルフの後を追って馬車のほうに。
「大丈夫だった?」
俺の横を歩くグレイスが前を見たまま聞いてくる。
「あぁ。
少し寒かったけどね。」
俺も前を見たまま答える。
そのあとは誰も話さないまま馬車に乗り込みエマさんと姉を待つ。
全員がそろったところでエイコーンに向かって町を後にした。
エマさんとルドルフが前に座り、残り3人は荷物と一緒に後ろに座る。
俺をはさんでグレイスと姉が座っているが、俺もできることなら前に行きたかった。
腕を組み、目をつむって寝ているふりをする。
永遠のようにも感じられる時が過ぎて夜になり、馬車が止まる。
各自が夜営のための準備を始める中、グレイスが俺たちのほうに歩いてくる。
テントを渡そうと持ち上げてグレイスのほうを向く。
「少し話があるんだけど。」
そう言ったグレイスにテントを渡して、歩き出そうとする。
「あんたじゃない。」
そう言って姉を見つめるグレイス。
驚いた顔でグレイスを見つめる俺と姉。
もともと仲の悪かった2人が2人きりで話し始める・・・
そう考えただけでも思わず背筋が凍ってしまう。
「グレイス?
その話は」
俺も参加しようと思い声をかけるが途中で姉がしゃべり始める。
「私も話したいことがある。」
そう言って2人で歩き始める。
俺はいてもたってもいられず、エマさんのもとに走る。
「テントですね、すぐに用意します。」
そう言ったエマさんは案の定、氷で小屋のようなものを作りだす。
「ありがとうございます。
何か手伝えることありませんか?」
礼を言って2人のほうを見る。
「大丈夫です。
テントの中にいてもらって結構ですよ。」
そう言われて、氷でできたテントの中に入り、落ち着かず、震えている手を握りしめて2人の様子を中から見ている。
というか、この中で寝るって、周りから中が丸見えなような・・・・
2人は俺からぎりぎり見える位置で話をしている。
無駄にカバンの中を確認したり、無駄にエマさんたちのほうを見て気を紛らわせている。
「落ち着いてください。」
ルドルフがテントの中に入ってきて俺に話しかける。
「あなたは少しお姉さんのこととなると過保護になりすぎているように見受けられますよ。」
そう言って俺の横に座ったルドルフは手に持っていたカップを俺に渡す。
「船の中では飲めなかったのでこっそり持ってきました。」
笑って俺の横に腰かけたルドルフからカップを受け取った俺は少し口に含む。
「俺は、正直わからないんです。
姉のことを誰よりも大事に想っているんですが、一方で・・」
「グレイスさんですか?」
俺はその質問に答えることなくお酒をカップを口に運ぶ。
「あなたもわかっていると思いますが、私はエマさんに惹かれています。
その一方で死んだ妻のことを今でも想っています。」
俺は何も言わずにうなづいた。
「人間の感情というものは簡単に割り切れるものではないのでしょう。
お姉さんがいなくなった後、あなたが死ななかったのはおそらくグレイスさんという心の支えがあったからこそです。
一方で女性としてだけでなく、家族としても大事なお姉さんのことを想う気持ちが強いのもまた事実でしょう。」
俺は再びカップからお酒を飲む。
冷気を放つテントの中にも関わらず少しづつ体が暑くなってきた。
「ルドルフの奥さんはどんな人だったの?」
「妻ですか?
優しい人でしたよ。」
そう言ってカップのお酒を飲み干すルドルフ。
「もともと犯罪者だった父親に連れられて村にこしてきた私と遊んでくれた唯一の人でした。
そのまま、2人で一緒に大きくなって老いていくものだと思っていました。」
そう言ったルドルフはカップを床に置く。
「あなたはまだ考える時間があります。
1人で決められないのなら私達大人に相談してもいいでしょう。
エマさんも私も何かしらのアドバイスができると思います。」
そう言って立ち上がったルドルフにカップを渡す。
「私は、あなたのことを応援していますよ、友達としてね。」
そう言ってテントを出ていこうとするルドルフ、氷越しには姉たちが返ってきているのが見える。
「ありがとう。」
ルドルフがテントから出る前にお礼を言った。
ルドルフはそのまま自身のテントに歩いて行き、エマさんに怒られる。
こちらに向かってくる姉は少しすっきりした顔をしている気がした。
テントに入ってきた姉は俺の顔を見て微笑む。
「お酒飲んだの?」
「少し。」
俺の横に座る姉の顔を見て答える。
「グレイスちゃん、良い子だね。」
グレイスを嫌いな姉の口から出た思いもよらない言葉に居を突かれる。
「あ、ああ」
変な返事しか返すことができず、姉は黙ってしまう。
「もう寝る?」
黙ってどこかを見ている姉はうなずいて寝転がった。
「私ね、思ったんだ。」
俺を待っていたかのように、俺が寝転がると同時に話し始める姉。」
「もし、私が昔死んだりしなかったら、もっとあの子とも、みんなとも仲良くなれたんじゃないかって・・・」
俺に背を向けつぶやいた姉は声と肩を震わせている。
俺は姉にかける言葉が見つからずに姉の背中を見ていた。
「ごめん、ちょっと抱きしめてくれる?」
俺のほうを向いた姉は涙を拭いてそう言った。
俺は姉の身体に手を回し、姉を引き寄せくちづけをした。




