夕日
目が覚めて姉が横にいないことに気付く。
飛び起きて外に出る。
そこには子供たちと遊んでいる姉の姿があった。
姉が子供と遊ぶ姿は初めて見る。
その場にへたりこんで姉を見つめる。
笑顔で子どもから逃げ回る姉は俺に気付く様子もない。
「おはようございます。」
昨日の男に話しかけられる。
「おはようございます。」
姉を目で追いながらそう返す。
「きれいな奥さんですね。」
姉を見た男は俺の横に立ったままそう言った。
「もし、行く当てがないのであればお2人でこの村に住んでみませんか?
あなたのように腕の立つ者がいればみんな安心できると思うので。」
俺は男のほうを向いて首を横に振る。
「ありがたいご提案ですが、私たちはいかなければいけないところがありますので。」
そう言って立ち上がり、荷物を持つ。
これ以上ここにいては本当にここに住みたくなってしまう。
「オリビア!
行くよ!!」
姉に聞こえるように叫び男の人に頭を下げる。
「お世話になりました。」
姉が走ってきて荷物を少し持つ。
「もし、気が変わった際にはぜひいらしてください。」
そう言って頭を下げる男。
「おねーちゃーん
またねーーー」
遠くで子供たちの声がする。
姉は手を大きく振って俺の後を歩く。
「なんの話?」
上機嫌な姉が首を傾げた。
「この村にすまないかだって。」
姉は微笑んで俺の手を握ってつぶやく。
「またねって言われちゃったしね。」
「俺は言われてないけどね。」
まだ、海は見えそうにない。
1日中歩いて、テントを設置する。
「ちょっと詰めて。」
真ん中で寝転ぶ姉を少し横にづらして俺も寝ころぶ。
「海が見える街では魚を食べようね。」
姉が俺の顔を見つめながら笑顔で呟く。
「お金があれば食べれるけど、なかったら釣らなきゃ食べれないな。」
そう言って姉の頬に触れる。
「まだ4日は海は見えないだろうな。」
俺は嬉しい気持ちを隠して残念そうに言う。
「うん。
そうだね。」
姉は反対方向を向いてつぶやいた。
その姉を後ろから抱きしめて、眠りに落ちた。
「ほら!
海が見えたよ!!!」
姉は子供のように飛び上がる。
「初めてじゃないでしょ?」
そう言って俺の先に行っている姉に追いつく。
「あの時は誰かさんが心配でそれどころじゃなかったから。」
姉はそう言って俺を笑いながら肘でつつく。
「今は俺のこと心配しなくてもいいから好きなだけ堪能してよ。」
遠くに見える港町に向かって歩く。
「今日中には町に着くかな。」
姉は楽しそうにつぶやく。
「少し急ごうか。
あまり遅くについてもつまらないし。」
姉はそれを聞いて駆け出す。
嬉しそうな姉を見てうれしさと悲しさが心を埋め尽くす。
笑顔のまま姉の後を追う。
「案外早く着いたね。」
夕陽が海に映って辺りが赤くなっていく。
やすそうな宿を見つけて部屋をとる。
少し長めに1週間部屋をとって、早速姉と2人海に向かう。
「この道をまっすぐ行くと海に出るって。」
宿の前で姉にそう言うと、姉は急に足を止めた。
「忘れ物しちゃったから、先に行ってて!!
すぐ行くから。」
そう言った姉は部屋に走っていく。
俺は1人、街を歩いて行く。
途中で、貝殻でできた首飾りをうっている店を見て、1つ買う。
海岸に着くと、波の音が静かに響いていた。
目の前の赤く染まった海には遠くに島や船が見える。
「お待たせ!」
姉の声がして振り返る。
「どうかな?」
姉は少し照れながら、身に着けているドレスを俺に見せる。
「とても・・・きれいだよ」
あふれそうな涙をこらえながら途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
赤い夕陽に照らされた姉は満面の笑みを浮かべていた。
こらえているはずの涙があふれてきて姉すらも見えなくなる。
涙をぬぐってさっき買った貝殻の首飾りを姉に渡す。
「つけてくれる?」
姉が涙をこらえながらそう言って、うなずいた俺は姉の背後に回る。
震える手で何とか首飾りをつけると、姉が俺のほうを向く。
「ありがと」
涙を流しながらそう呟いた姉は俺の額にキスをした。
俺は思わず姉を抱きしめて、姉も俺を受け入れる。
だんだんと闇が包んでいく海岸で、黒いドレスを着て俺の腕の中にいる姉だけが輝いているように見えた。
2人手を繋いで一言も話さずに部屋に帰る。
俺は泣いていた。
もしかしたら姉も泣いていたのかもしれない。
部屋に帰って眠りについた姉を置いて、1人ギルドに向かう。
エマさんとルドルフに向けて書いた手紙をギルドのカウンターにいる人に渡す。
「頼む。」
涙を流しながら手紙を渡した俺を心配する職員に一言だけ呟いてギルドを後にする。
宿に帰り、俺の帰りを待っていた姉にキスをする。
姉の目は少し充血していたが、おそらくそれは呪いによるものではない気がした。
翌朝、ベッドから出て服を着る。
姉は今日も黒いドレスを着ていた。
「1週間もここにいられるんでしょ!?」
窓の外を見ながらそう呟いた姉は笑顔で俺のほうを向く。
「私、泳げるかな?」
「時間はいっぱいあるんだ。
泳げるようになるまで練習すればいいさ。」
思ってもないことを口にするたびに涙が出そうになってしまう。
俺はカバンの中から最後の食料を出した。
「きっと、この町では魚の非常食が多いんじゃないかな?」
そう言っておそらく最後になるだろう肉を姉と食べる。
食事を終えて、海に向かう。
昨日の記憶を思い出さないようにしながら昨日と同じ道を歩く。
姉はドレスを汚したくないと言ってエマさんからもらった服に着替えて海に向かう。
海岸には数えられるほどの人がいたが、誰一人泳いではいなかった。
「まだ泳ぐのには寒いかな。」
そう言いながら足を海に着ける姉。
「きっと大丈夫。」
そう言って姉を抱えて、海に飛び込んでいく。
悲鳴を上げて暴れる姉。
「こわいってば!!!」
姉の肩ぐらいの深さのところで姉を下ろす。
「足着く!?
本当に??
深くない!?」
慌てながら俺の手を掴み恐る恐る降りた姉は初めて体に押し寄せる波を感じて嬉しそうに俺を見た。
「すごい!!」
そう言って少し体を浮かせた姉はバランスを崩して、慌てる。
俺が姉の手を掴んで引き上げて、騒ぐ姉を見た。
「海って本当に塩辛いんだね。」
眉をひそめて俺に言った姉は再び立ち上がって、泳ごうとする。
しかし、泳げるような深さの川がない村にいた俺たちは川ですら泳いだことはない。
俺は姉の身体を支えて、まるで泳いでいるように姉を進ませる。
「私泳いでるみたい!!」
元気よくそう言った姉の口に波が押し寄せて、姉が立ち上がる。
「今度は勇気がやってみて、私が支えてあげるよ。」
そう言って体を浮かすと姉がその俺の上に乗りかかる。
2人してその場でおぼれるように沈んでいき、俺が立ち上がって姉を引き上げる。
笑いながら俺に引き上げられた姉を見て思わずくちづけをする。
姉も手を俺の肩に回し、嬉しそうな目で俺を見る。
「やっぱり少し寒いね。」
そう言った姉は俺の体に抱き着く。
「岸まで運んでくれる?」
俺の顔を見ずにそう言った姉を両手で抱えてみずがかからないように高く持ち上げて進んでいく。
姉は何も言わずに、俺の体に手を当てていて、その暖かさがとてもうれしかった。
岸に上がると急に風が吹いて姉が震える。
「寒い・・・」
震える姉を抱えたまま部屋へと走る。
嬉しそうな姉はずっと俺の顔を見ていた。
部屋に入り、べたつく体を魔法で水を作って洗う。
「寒いからこっち来て。」
姉はそう言って俺の手をベッドに引っ張る。
姉は俺の肩を掴み、首筋にキスをする。
「海に来れてよかった。」
そう耳元で囁いた姉は少し眠そうな顔で俺を見つめる。
「まだ、魚も食べてないよ。」
そう言って、眠そうな顔の姉にキスをする。
姉は微笑んで何かを言おうとしたが、途中で眠りに落ちる。
俺は姉を起こさないようにベッドを出て、魔法で服を乾かして部屋を出る。
姉のためにも魚などを買わなければいけない。
少し雲がかかっている街に出て、店をめぐる。
魚のほかにも貝や海藻などのさまざまな種類のものが置いてある。
その中に面白いものを見つけついそれを買ってしまう。
心の中で姉に謝ってそれを握りしめる。
ごめん・・・
魚は食べれそうにない。




