再開
空腹感と口の違和感で目が覚める。
姉が俺にキスをしていた。
俺が目が覚めたことに気が付くと、少し距離をとって険しい顔で俺を見つめる姉。
しかしその眼は真っ赤に充血していて姉が今必死にこらえていることがうかがえる。
荒い息の姉が俺を見つめて、涙を流す。
「こっち来い。」
姉の唾液でべたべたの口で呟く。
姉は少しづつこちらに近づいてくるが、あと一歩のところで足を止める。
まだ動かせる右手で姉の服を掴み引き寄せる。
姉の腕を掴み引き寄せ強引に唇を奪う。
この少しの動作だけで、意識が遠くなってしまう。
少し落ち着いた様子の姉が俺を押しのける。
「大・・丈夫?」
少し後ろに下がりながらつぶやいた姉に微笑んでうなずく。
「お腹すいた。」
姉がカバンから食料を手に取り俺に渡す。
それを受け取って食べる。
姉がうつむいて何かを呟こうとする。
「大丈夫、俺が何とかするから。」
不安そうな姉を安心させようとベッドに起き上がる。
「全然大丈夫じゃないじゃない!
貧血で倒れて今回みたいなことになって!」
「じゃあどうすればいいんだよ!
俺は早くオリ姉を殺そ・・・」
すぐに口を噤む。
悲しそうな顔で俺を睨んだ姉。
「やっぱり・・」
「ちがう!
俺は・・・」
姉はベッドまで歩いてきて俺の手を握る。
「私のことはいいから。
勇気だけでも幸せになって。」
そう言って立ち去ろうとする姉の手を掴む。
「駄目だ。
オリ姉は俺がいないと。」
振り返った姉の目が少し赤くなっていることに気付く。
「そんな・・・もう・・・」
姉は俺の手を振り払って俺のほうを向く。
「私が私でいるためには勇気との心のつながりが必要なの。
今みたいに心のつながりが薄い状況ならあなたを食べたところでそんなにもたないわ。」
俺は姉の腕を再び掴んでベッドに引き込もうとする。
「じゃあ、今すぐに」
姉は俺の言いかけた言葉を遮るように涙をこらえて言い放つ。
「本当にそれでいいと思ってるの?」
姉の目はとても悲しそうに俺を見つめる。
「頼む・・・
行かないでくれ。」
そう言った俺に近づく姉。
「俺にはオリ姉が必要なんだ・・・」
姉は俺を抱きしめる。
「でも、私と勇気では生きていけないの。
どれだけあなたが私のことを愛していても、一緒にはいられないのよ。」
俺の願いを知っていたかのように口にする姉。
「私はこれ以上このまま生きていくことは耐えられない。
ギルドの人に頼んでエマさんを呼んでもらうわ。」
そう言って立ち上がろうとする姉の手を掴む。
「駄目だ。」
姉は手を振り払おうとするが俺の力が強くなっていて振り払うことができない。
「永遠に氷の中なんてそんなことオリビアにはさせられない。」
そう言って姉をベッドに押し倒す。
涙を浮かべている姉の目を見つめる。
「駄目よ。
もう私のことは忘れて」
姉がしゃべり終える前にくちづけをする。
姉が俺の体を押し返そうとする。
左腕に激痛が走るが、姉の両手を抑えて離さない。
俺を押し返そうとしている姉の腕もだんだん力が抜けてくる。
息をするために一度体を離す。
腕の痛みと、出血で意識が霞む。
「もう駄目よ。」
そう言って微笑んだ姉は俺をベッドに寝かせる。
抵抗しようとする俺の横に姉も寝ころぶ。
「傷が開くから。」
そう言って目をつぶる姉。
姉の様子を見て安堵し、目をつぶる。
腕の痛みで目が覚めて、横で寝ている姉を見る。
魔法で水を作ってそれを飲む。
姉を起こさないようにベッドから出て、カバンから食料を出す。
それを口に運ぶ。
今は少しでも早く体力を戻さなくてはいけない。
もっと栄養のあるものならよいのだが。
懐にあったはずの金貨がなくなっていることに気が付く。
カバンに入っていた袋を見ると、そこには2枚の金貨だけが残されていた。
「それ以外は使ったわ。」
いつの間にか起きていた姉が寝ころんだままこちらを見てつぶやく。
「勇気が意識を失ったあと、通りすがりの商人さんにここまで運んでもらったの。
その時にお礼として渡してしまったわ。」
そう言って欠伸をする姉に微笑んで答える。
「いいんだよ、お金なんて。」
そう言ってベッドに戻り、姉に口移しで食料を食べさせようとする。
姉はその俺の体を手で押さえる
「いいの?
深入りすればするほど苦しくなるわよ。」
そう言って俺の顔を見つめる姉に何も言わずにくちづけをした。
姉の口に食料を移した後姉の横に座る。
「大丈夫。」
そう言って姉の手を握る。
「きっと、何か他の方法があるはずだ。」
そう言って笑顔で姉を見つめる。
ゲルの街に1週間ほど滞在することに決めたが、手持ちの金貨では馬車を借りることは難しい。
「お金どうしようか。」
横で寝ころぶ姉と天井を見ながら相談する。
「2人で歩けばいいじゃない。」
姉はそう言って俺の手を握る。
「テントもないのに?」
「さすがにテントは買わないと。」
今の手持ちじゃ2人用のテントと食料を買えば尽きてしまう。
「そうだね。」
現実から目を背けるようにそう言って立ち上がる。
「買い物行こうか。」
姉の肩を借りて歩き始める。
宿の受付の人に延泊をお願いして、街に出る。
2人でゆっくりと買い物をする。
しかし、荷物が持てないことに気付いて、少しの食料を買って宿に帰る。
ふらつく俺をベッドに寝かせ、自身も横に寝る姉は俺の左腕を撫でた。
心地よい暖かさの中目を閉じた。
1週間かけて買い物を終えて、少しは体調が戻った俺たちは街を後にする。
「港町についたら2人で海に入ろうね。」
俺の横をゆっくり歩く姉はうなずいて付け足す。
「傷が治っていたらね。」
整備された道をゆっくりと歩いて行く。
こまめに休憩をはさんで歩いて行く。
新しいテントは以前のものよりも軽いが、狭い。
2人で使うには少し狭すぎるほどだが、姉は文句も言わなかった。
「もし、オリ姉の呪いが解けたらまず何したい?」
「何でもいいわ。」
姉は考えることなくそう答えて、俺の手を握る。
「私は何もいらない。」
そう言って俺を見る。
俺はつい足を止めて姉の肩を掴む。
「オリ姉、俺は」
姉は俺にくちづけをして微笑んだ。
「大丈夫よ。」
悲しそうに微笑んだ姉。
おそらく俺が何を言おうとしているのかわかっているのだろう。
愛してる。
姉を傷つけたくなくてか口に出せなかった一言を心の中で呟いて姉の後を歩く。
旅の途中、獣に襲われる家族を見かける。
男が一人、剣をもって戦っているのを見て、急いで駆け寄る。
まだ、本気では戦えないので、その獣が男にとびかかった隙をつくようにもう1匹を仕留める。
男は腕をかまれ、その場に倒れこむ。
獣の腹を蹴り飛ばして、獣の腹にダガーを刺す。
「大丈夫ですか?」
そう言って男に手を差し伸べる。
男はかまれた右手で俺の手を掴もうとするが、すぐに痛みで顔をゆがめる。
しゃがんで男の肩を掴んで立たせる。
男はすぐに後ろにいる女性と子供に向かって走り出す。
号泣する子供に抱き着いて、女性が男に抱き着く。
その姿を見て微笑んで姉のもとに向かう。
「待ってくれ!」
男に呼び止められる。
「助けてくれてありがとう。
村まで来てくれないか?」
腕から血を流している男を見て少し考える。
姉が俺のほうに向かって走ってきた。
「急にどうしたの?」
俺の手を掴んだ姉は獣の死体と男の人を見て状況を察する。
「連れの方も一緒でいいから、村に来てくれないか。
ぜひお礼がしたいんだ。」
そう言って頭を下げる男。
俺は困って姉を見る。
「いいじゃない、泊めてもらいましょ。
久しぶりにちゃんとしたところで寝られるわよ。」
そう言った姉を見てうなずく。
「村まで送ってくよ。」
そう言って姉の持っている荷物をもって男の家族のもとに歩き始める。
女性は俺を見て涙を流しながら何度も何度も礼を言った。
村に戻って村の人たちに歓迎され、食事を振る舞われ、だれの家かわからないきれいな家に泊まることになった。
姉は終始嬉しそうに俺を見ていた。
「なんで嬉しそうなの?」
少し居心地が悪く感じた俺は姉に聞く。
「いや、なんかヒーローみたいだなーって。」
そう言って微笑む姉を見て少し泣きそうになってしまう。
「ただの気まぐれだよ。」
そう言って寝ころぶ。
姉は嬉しそうに笑って俺の背中に体を密着させる。
「私がいなくなってもずっと、そのままでいてね。」




