限界
「大丈夫ですか?」
少しして帰ってきたエマさんとルドルフに再び礼を言う。
「本当にありがとうございました。
また、2人で旅に出ようと思います。」
「気にしないでください。
私は酒を飲ませただけですから。」
ルドルフがそう言うとエマさんがルドルフを睨む。
「まだお酒は早いです。」
「もう15歳ですから大丈夫ですよ。」
怒りそうなエマさんを止める。
「いえ、タイチさんに20まではダメと言われています。」
少し喧嘩になりそうなので、話を変える。
「とにかく、俺たちはもうシオン達を探しに行きます。
あんまり遊びまわっている余裕はないようなので・・」
「それならエイコーン教国に向かうのがいいでしょう。
法王が死んでからいろいろあったみたいなので手がかりがあるかもしれません。」
「そのあとはどうするんですか?」
エマさんの声が鋭くなる。
「シオンが協力してくれれば、姉も元に戻るかもしれませんし。
きっと何とかなりますよ。」
笑ってそう言うと呆れた顔のエマさんが俺を抱きしめる。
「必ず、帰ってきてくださいね。」
「はい。
約束します。」
ルドルフは俺と握手をして俺の体を引き寄せた。
「その決断は苦しいものですが応援していますよ。」
俺はルドルフと距離をとって微笑んだ。
「私も友達はあなたしかいないので、また帰ってきたら飲みに行きましょうね。」
そう言って笑うルドルフを睨むエマさん。
「とりあえず今日はここに止まってください。
きっと明日の朝早くに出ていくんですよね?」
「はい。
姉が起き次第出ていこうと思います。」
「わかりました。
また、明日会いましょう。」
微笑んで2人を見送る。
ルドルフが荷物をもってきてくれていたので、明日こっそりと町を出ることができる。
2人に向けて手紙を書いて机に置いておく。
辺りが完全に暗く、静かになったころ、姉は目を覚ました。
「おはよう。
もう出ようか。」
寝起きの姉に声をかけて、家を出る。
いつも使う橋は見つかる可能性があるため、いつもと違うところから町を出た。
以前のように会話することはできず、少し気まずさが残る。
「よく寝れた?」
「うん。
勇気は?」
「よく寝れたよ。」
単調なやり取りになってしまい、少し心が苦しい。
月明かりが俺たちを照らしながら、ゆっくりと落ちていく。
次第に太陽が昇ってきて、あたりは明るくなっていく。
俺たちは互いに距離をとるようになってしまった。
今では姉と肌を重ねることはなく、姉に血を飲ませる場合がほとんどだ。
そのせいもあって、俺の腕は傷だらけになってしまった。
2人でテントに入ることもなくなり、俺が外で見張りをすることが多くなった。
外で見張りをしつつ、眠りに落ちて姉が起きる前に目を覚ます。
俺は遺跡の件でやっと理解したのだと思う。
もう姉は化け物になってしまったことを。
俺がどれだけ姉を愛しても、その心に届くことはない。
こっちの方が姉にとってもいいはずだ。
それを裏付けるかのようにあることに気付いてしまった。
姉は生き返ってから俺を愛してると一度も言っていないことに。
落ち込んでしまった感情を出さないように笑顔を張り付ける。
「元気そうだな。」
急に背後から声をかけられる。
そこに立っているのは見たこともない男だった。
「いった」
俺が言い終える前に男の放った蹴りが俺を吹き飛ばす。
「お前は俺を知らなくても、俺はお前を知っている。
お前が何をしてくれたかもな。」
体を強化して男の蹴りを受け止める。
そのまま男の脚を掴んで地面にたたきつける。
男は炎を俺に向かって放ち、俺がよけた隙、男と地面の間に水を作りだす。
水を使い勢いを殺した男は男の足を掴んでいる手に向かって蹴りを放つ。
手を離し男と距離をとると、男も立ち上がりこちらを睨む。
「あの女はどこにいる。」
「あの女って?」
聞き返した俺の背後に回り込んだ男は俺に殴り掛かってくる。
少し腰を落として左の肘を後ろにつきだす。
男の脇腹に俺の肘があたり、男の動きが少し遅くなる。
俺に放った男の拳を掴み振り回すように俺の前に投げる。
背中をたたきつけられた男の首にダガーをあてて、もう一度同じ質問をする。
「あの女って誰のことだ。」
男は俺の顔をみて、蹴りを放とうとする。
それをよけようと足を見た瞬間に両手でダガーに向かって体を動かした。
男の首にダガーが刺さり、血があふれ出す。
気持ち悪い笑みを浮かべた男はそのまま息絶えた。
「大丈夫か?」
そう言って姉に手を差し伸べる。
「結局誰なの?」
俺の手を掴んだ後、男の死体を見てつぶやく姉。
「おそらく盗賊団のメンバーだろう。」
探している女とはおそらくシオンのことだろう。
姉のためにも、シオンのためにも早くシオンを見つけ出さなければ。
ゲルの街までは姉を背負って走って、その後は馬車に乗ることに決めた。
姉を背負ってできる限り早く走る。
この調子なら3日ほどでゲルの街につくだろう。
そしていつものようにテントを張って姉が中に入る。
「血置いとくね。」
いつものように血を器に出してテントの中に置く。
何が影響しているのかはわからないが、この方法だとあまり長くもたないので毎日行う必要がある。
血を置いていつものように外に座る。
急に眠気が襲ってきて目を閉じる。
いつもより寝すぎてしまったようで、姉はすでにテントをたたんでいた。
「ごめん。
寝坊した。」
飛び起きて姉に謝り、荷物を持つ。
寝起きのためか力がうまく入らず荷物をその場に落としてしまう。
「ごめん、まだ寝ぼけているのかも。」
そう笑って再び荷物を持つ。
そして姉を背負って走り始める。
途中で息が切れて足を止める。
朝食を食べていないのが悪かったようだ。
姉を背負ったまま食料を1人分だけ取り出して食べ始める。
味気ない食事を終えて少し歩いた後、また走り始める。
こんな遅いペースでは予定より遅く到着しそうだ。
焦っていたことが原因で姉を背負って走っている途中に転んでしまう。
立ち上がろうと両手を地面につく。
体がやけに重たく感じて起き上がることができない。
「大丈夫だから。」
俺を起こそうとしている姉の手を払いのけて、もう一度起き上がる。
荷物を持ち、姉に背中に乗るように伝える。
「嫌。」
姉はそう一言言って森の中に入っていく。
「1人じゃ危ないだろ。」
そう言って姉を追いかけようと歩き始めた時に、だんだんと周りが見えなくなっていき、そのままそこに倒れてしまう。
姉が何かを駆け寄ってきて俺に何かを言っているが、何も聞こえない。
何かとてもいい夢を見ていた気がして、とても気持ちよく目が覚める。
気が付くと俺は久しぶりのテントの中にいた。
すぐに起き上がろうとするが、まだ体に力が入らない。
這ってテントをでて、目の前の木に掴まって立ち上がる。
ふらつく体を抑えるように立ち上がり、少し離れたところにいる姉を見て安心してその場に倒れる。
仰向けになって顔に着いた土を払う。
そこで始めて周りが暗くなっていることに気付く。
このままでは姉が暴走してしまう。
上半身を起こして気にもたれかかる。
何とか立ち上がって姉のほうに歩いて行く。
「血を・・・」
俺に気付いた姉が駆け寄ってくる。
腰にあったはずのダガーが亡くなっている。
姉の手を掴みテントに向かう。
テントの中でダガーを掴んで手を切ろうとするが、姉に止められる。
「大丈夫だから。」
いつものように言って切ろうとするが、姉の手が振りほどけない。
「やめて!」
姉が俺の手からダガーを叩き落とす。
しかしその衝撃にすら耐えられず、その場に倒れてしまう。
「もう嫌だよ。」
姉はそう呟いて、ダガーを持ち去っていく。
姉の目は少し充血していた。
いつも暴走する前には充血している姉の目。
「待って!
オリ姉!!」
必死に叫ぶが姉は俺を無視して先ほど座っていた場所に戻る。
しかし時は過ぎていく。
姉はだんだんと調子が悪そうにその場にうずくまる。
地面を這って姉に近づいて行くが、ついに姉が変わり切ってしまう。
振り返って俺を見た姉は這っている俺の上に乗った。
しかしいつもと違うのは、姉はそのまま俺の腕にかみつき、肉を食いちぎったことだった。
俺の肉を咀嚼しながら激痛に顔をゆがめる俺を見下ろす姉。
俺の肉を丁寧に噛んだあと、飲み込んだ姉はそのまま、俺の腕から流れ出る血を舐め始めた。
痛みと流血で気を失いそうになりながら、姉をもう片方の手で抱きしめた。
「大丈夫だから。」
震える声で何とか言葉を絞り出す。
その言葉を聞いて姉が正気に戻る。
目の前の腕をかじられた俺と自分の手についている血を見て叫びだしそうになる姉。
「大丈夫だから。」
もう一度そう言ってさらに強く抱きしめると、姉は口の中から何かを出した。
自らの口の中から出てきた俺の着ていた服と、俺の皮を見て涙を流してその場で震える姉。
「大丈夫。」
そう言いながら近づこうとしても、体が動かない。
俺は姉に手を伸ばしながら気を失ってしまった。




