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無能の異世界物語  作者: ちくわぶ
新世代
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友達

シオンを抱えて走り続ける。


まったく疲れを感じない体に自分自身で驚きながら、30分ほど走って足を止めて、シオンの腕の調子を見る。


「血が・・」


服をちぎり、シオンの肩をきつく結ぶ。


「どこかの街に行かないと。」


シオンは自ら立ち上がった。


「大丈夫よ。

私が強いことは知っているでしょう?」


そう言って笑うシオンだが、腕から流れる血は止まる気配がない。


「自分で治癒できないの!?」


シオンの力なら・・・


悲しそうに笑ったシオン。


「大丈夫だから。」


えらそうにそう言ったシオンを再び抱えて、歩き始めた。


左手でシオンの腕を押さえる。


次第に弱くなっていく血の流れを見て安心しながら歩いて行く。


2時間ほど歩いて行くと大きな街と海が見える。


スピードを上げて街に急ぐ。


もうあと一息というところで、警戒心を緩めてしまった。


何者かが魔法を放つ。


シオンをかばうように放たれた土の魔法を体で受ける。


その衝撃で倒れこんでしまう。


「シオン!!」


5人の男たちが出てきて俺たち2人を囲む。


シオンの近くに立って構える。


「ブラッズに喧嘩うっといていざ買ったらこのざまかよ。」


そう言って再び魔法を放つ男。


男たちは常にシオンを狙うため、俺は手を出すことができない。


様々な方向から異なる魔法が飛んでくる。


シオンに覆いかぶさり、魔法全てを体でうける。


「なんだこいつ!?」


男たちが叫びながら魔法を強くしていく。


俺には何もすることができない。


そう絶望したその時。


急にあたりが寒くなって攻撃がやむ。


周りが真っ暗になる。


「シオン!

大丈夫か!?」


意識を失っているシオンに声をかけるが返事はない。


「シオン!

シオン!!!」


涙を流しながらシオンを呼び続ける。


シオンが目を開けて俺の頬に触れる。


「大丈夫よ。」


消え入りそうな声で呟いたシオンは、俺の肩に手を乗せて立ち上がろうとする。


シオンを支えつつ、周囲を警戒して立ち上がる。


土でできた壁が俺たちを包んでいた。


土の壁が崩れていき2人の女性が目に入る。


「オリ・・・姉・・?

ぐれ・・イス?」


目の前に立っている女性を見て頭に浮かんだ言葉を無意識に口にしてしまう。


急に頭痛と吐き気に襲われてその場に倒れてしまう。


「シオンを、シオンを。」


頭を押さえながらそれだけをつぶやき意識を失う。




目が覚めると見たことがある天井だった。


誰かが手を握っている。


「誰‥?」


俺の手を握っている人が起き上がり、俺の顔を覗く。


とてもきれいな女性が2人俺を囲むように立っていた。


「会いたかったよ。」


混乱している頭でそう呟くと、2人は俺に抱き着いて声を上げて泣き始めた。


何か反応をしたかったが、体が動かなくて何もできなかった。


2人の泣き声を聞いて部屋に入ってくる両親とルドルフ。


姉が泣きながら両親に伝えようとする。


「ユウキが・・・」


しかしそれを繰り返すばかりで状況がつかめてないみんな。


母が泣きながら俺の手を握り呟く。


「ユウキなの?」


目を動かして母を見てつぶやいた。


「ただいま、お母さん。」


それを聞いて俺の手を握ったままベッドに崩れ落ちる母と、安心してその場に座り込む父。


ルドルフはグレイスを連れて何も言わずに部屋を出ていった。


姉と母の泣き声が建物に響き、父は声を出さずに泣いていた。




少し3人が落ち着いたころにティアさんが部屋に入ってくる。


「少し2人きりになれるかしら。」


そう言って父を呼んで部屋を出ていく。


俺の手を握っている姉と母の顔を見て尋ねる。


「シオンは?」


2人は険しい顔をして何も答えなかった。


沈黙を保ったままの部屋に父が返ってくる。


「シオンは?」


父に聞こえるように少し大きめの声で尋ねる。


「少し2人きりにしてくれるか。」


そう呟いた父を見て、母は姉を連れて部屋を出る。


2人きりの部屋で父が言いずらそうに口を開く。


「あの子は、お前の子供を妊娠している。」


「シオンは無事なの!?」


父にとびかかろうとするも体は動かない。


「おなかの子も含め無事だが・・・

あの子はお前を洗脳したんだろ?」


洗脳だけでなく、拷問もね。


心の中で呟く。


「話がしたいんだけどできる?」


心配そうな父は少し考えた後部屋を出ていった。


少しして部屋に戻ってきた父と姉とシオン。


姉は今にもシオンを殺しそうな顔で睨んでいる。


シオンは俺を見ても何も言わずにうつむいていた。


「シオン、けがは?」


シオンに優しく声をかけるがシオンは何も反応しない。


「悪いけど、2人きりにしてくれる?」


父のほうを向いて言う。


父は部屋を出ていくが、姉はそこを動かなかった。


「シオン、聞いた?

子どものこと・・・」


それを聞いてその場に崩れ落ちる姉。


「シオン!」


反応しないシオンを叫ぶように呼ぶ。


「ごめんなさい。」


シオンがつぶやく。


シオンを掴んで話を聞かせたいが、何とか指を動かせるだけで腕は上がらない。


「シオン、こっち来て。」


シオンがうつむいたまま立ち上がる。


「君と子供が無事でよかった。

君が何を考えていたかはわかってる。

でも、悪いけど」


そう言って左手を見て少し指を動かす。


シオンは何も言わずにうなづいた。


「もう少し体がよくなったら話そう。

わかった?」


優しい声でシオンに語り掛ける。


「お父さん!

もういいよ。」


父を呼び、父がシオンを連れていく。


姉が泣きながら立ち上がり、俺のもとに来て魔法を使う。


暖かい光に包まれて体の痛みが和らいでいく。


「なんで・・・」


姉は泣きながら繰り返しつぶやいてた。


ある程度体を治すと姉はおぼつかない足取りで部屋を出ていった。


父が顔をのぞかせて、おやすみ、とだけ言って去っていった。




翌朝になると体はとてもよくなっていた。


今なら母との組手もできそうなほどだ。


ベッドから起き上がり、部屋を出る。


部屋を出てすぐのところで壁にもたれて寝ている母を抱えてベッドに運ぶ。


階段を下りてテラスに行く。


「もう起きれるのね。」


ティアさんが背後から話しかける。


「はい、おかげさまで。」


笑顔で返事をして、姉の居場所を尋ねる。


再び階段を上り、姉がいる部屋に行く。


扉を開けて中に入ると姉はまだ寝ていた。


ベッドに腰を下ろして、姉の顔を見つめる。


シオンが拷問している間もずっと思い浮かべていた。


記憶を失ってからもずっと思い出そうとしていた姉の顔を見つめ頬を撫でる。


姉が目を覚まし、俺の手を掴む。


「今だけでいいから。」


姉がそう呟いて俺をベッドの中に引きずり込む。


姉の横に寝ころぶ。


姉と背中を合わせて同じベッドに寝る。


「何があったの?」


姉がつぶやく。


「エイコーン教国で情報を探っているときにシオンに捕まって拷問されてた。

そのあと記憶を失った俺はシオンと行動を共にしていた。」


「その時に・・・?」


「・・・あぁ」


姉の背中が少し震える。


何を言えばいいのかわからずにそのまま黙り込んでしまった。


姉の声がだんだん抑えきれなくなる。


向きを変えて後ろから姉を抱きしめる。


「ごめん・・・お姉ちゃん・・・」


そう呟くと姉はより一層声を上げて泣き始めた。



泣き止んだ姉は俺を部屋から追い出した。


そのあと、前に泊まった時にグレイスが使っていた部屋に行く。


ノックして中に入る。


涙を浮かべながら笑顔を見せたグレイス。


「おかえり。」


「ただいま。」


そう言ったとたんに涙があふれ出すグレイス。


「お姉さんなんだからしっかりしなきゃ。」


グレイスを抱きしめてつぶやく。


「愛想つかして俺のもとを去ったのかと思ったよ。」


グレイスに言うと頬に衝撃が走る。


「二度と・・・二度とそんなこと言わないで!」


涙を流しながら俺を睨むグレイス。


すぐに涙を隠し俺を部屋の外に押し出す。




俺はその足でシオンのいる牢屋へと向かった。


冷たい床の上を靴音を立てて歩く。


独房でうつむいているシオンの牢屋は様々なものが壊されていた。


「シオン・・・」


牢屋の中に入って名前を呼ぶ。


俺の声を聞いて飛び起きたようにこちらを見るシオン。


「大丈夫だから。」


そう言ってシオンを抱きしめた。


シオンはすぐに声を上げて泣き始める。


「もう1人じゃないからな。」


声を上げて泣くシオン。


身を案じてくれているのか隠れて俺を見ているみんなを見る。


みんなを呼び寄せる。


格子越しにみんなを見て頭を下げる。


「ご迷惑をおかけしました。」


納得のいっていない人たちはシオンを睨む。


シオンをかばうように前に立つ。


「シオンを責めないでください。」


シオンに操られていたから俺はシオンの気持ちが少しわかるような気がする。


両親を見て話し始める。


「2人が出ていったあと2人を探して旅に出ました。

その間中ずっと2人のことを心のどこかで恨んでました。

それを乗り越えられたのは俺には姉がいたからです。」


グレイスを見る。


何も言わずに俺を見ているグレイス。


「みんなが俺に隠し事をしていてみんなを信じられなかったとき、俺を助けてくれたのはグレイスだった。

1人で不安だった時に助けてくれたのはルドルフだった。」


1人1人の目を見て話していくが、ルドルフは見つからない。


気を取り直して話を続ける。


「俺が道を踏み外さなかったのはみんながいたからです。

シオンには誰もいなかったから、道を踏み外しても誰も助けてくれなかった。

もし責められるなら、すべての元凶であるシオンの父親を責めるべきです。」


一番落ち込んでいる姉を見る。


「今すぐ許せとは言いません、それでも責めないでやってください。」


思いのたけを打ち明けた。


後はみんなに任せる。


喋り終えた俺はシオンをベッドに座らせる。


そのまま格子越しにみんなを見ていた。


誰も何も言わずに沈黙だけが漂っていた。


扉が開いて誰かがやってくる。


「辛気臭い雰囲気は終わりにして、皆さんお食事にしませんか?」


いつもの怪しい服装にエプロンを着てやってきたルドルフ。


みんなうつむいたままルドルフに言われるがまま外に出ていく。


「ほら、お2人も。」


そう言って扉を開ける。


「でも・・・」


何かを言わなければいけないが、何も思い浮かばない。


「子供が何かをしたときに、怒るのが大人です。

誰かが何かをしてしまった時に許すのが友達ですよ。」


そう言って杖で俺の頭を叩く。


「友達がいないユウキ君には難しすぎましたか?」


そう言って笑いながら逃げていく。


俺はシオンの手を取り牢屋の外に連れ出す。


みんなが待つ部屋に、シオンと2人で入っていった。

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