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カスタシス

作者: 緋高良介
掲載日:2009/05/07

担当編集者というのは、そりゃあもう本当に大変なもので。

担当してる作家のことを全て把握してないといけない、芸能界で言うならマネージャー。まぁそれよりも数倍大変な職業だけど。

作家の大半はそりゃまたデリケートで。頭と心が商売道具だから、少しの気持ちの辺境で無意識に作品に影響がでてしまうというもの。

ほら、俺担当してる作家様もそう。

「…………」

「なんかあったのか?」

俺が担当してる作家はまだ高校生で。まぁこの世界では決して珍しいものではないけど、彼は絵本作家で。

いつも後ろに束ねている、男にしては少し長い、肩に毛先がつくくらいの長さの髪を今はほどいている。

全てに無関心、というわけではないが、どちらかといえばクール。あまり自らぎゃあぎゃあ騒がない彼は、絵本作家であることを理由に勉強に手を抜くなんてことはなく、成績は一応クラスで上位はキープしてる。で、その彼が今、拗ねてます、おそらく。

さっきまで宿題をもくもくと済ましていた彼は今、テレビをじっと見つめてる。

テレビに釘付け、というよりもただ目に写るモノを視界に映してるだけ。テレビの内容なんかきっと頭に入ってないな。

「…由伊さーん、聞こえてますかー?」

「んー…」

目ぇ悪くするぞーと直接テレビを消す。

ふと彼を見ると、少し眠そうに目を細めていて。

「学校でなにかあったのかー?」

「…なんで?」

「些細なことにも気づけなかったら1年も担当続けてませーん」

「さっすがベテラン」

「一応まだ俺22なんすけど」

あとアナタでまだ2人目なんですけどーと嫌味っぽくというと、前歴あるだけでベテランみたいなもんだよと楽しそうに笑った。けどその笑顔は、どこか悲しそうで。

まぁ作家の心のスキンケアは日常茶飯事で。由伊がこうなるのは何回もあった。

「よし、コンビニにでも行くか。」

「今から?」

「甘いもの買いにくついでに新商品のデザートでもチェックしますか」

ん、と手を出すと、無言でその手を取って立ち上がる。春とはいえ、この時間帯はまだ少し肌寒い。ハンガーに掛けてあったカーディガンを由伊に着せる。体調管理はかかせない。

今の時間帯、人工の光は少なく、空の星がよく見える。

コンビニまで歩いていくのにも大して時間はかからないが、人気のないこの道を星を眺めて歩くこの時は、どこか落ち着ける。

「バレた」

「は?」

「絵本作家だってこと」

「クラスメートにか?」

「イエス」

由伊にしてはボロをだすのは珍しい。だから落ち込んでたのかと言おうとしたが、由伊から話すのを待った。

「学校でさ、うっかり数学のノートにネタと下書きの絵を書いてたのを忘れて、田崎に貸した」

「ら、指摘されたと」

「…偶然いた隣のクラスの田崎の友達の親が出版社関係の仕事で、気づかれた」

「マジっすか」

答えの代わりに、はぁーと溜め息を吐く。

基本作家はイメージ重視だとか知られたくないとかで作家の情報は非公開が多いが、由伊は完全に後者が理由で。近所にもクラスメートにも秘密にしていた。まぁ変に騒がれるのが面倒くさいというのも大きな理由だろうが。

「だからよろしく“蒼夜先生”」

「は?」

由伊のいきなりの発言に思わず足が止まる。はいはい何を言い出すんでしょうかこの子は。

「俺が絵本作家の蒼夜壬だってバレそうでね、だから従兄弟の兄ちゃんが絵本作家の“蒼夜壬”という設定にした。で、ユズヒトがその従兄弟の兄ちゃん。」

「あーなるほどー、っておいおいおいおい!!!」

「あー、やっぱ駄目?」

「や、そういうのはビックリするから、もう少し早く言ってくれ。素でこの子壊れたのかと」

「んな大げさな。ユズヒトにどう言おうかと考えてて」

あははと笑う由伊にどこか酷く安心した。普段から俺には仕事の事、高校の事、友人の事、結構なんでも全て話してくれるから、少し不安になっていた。

「ねぇユズヒト」

「ん?」

「ユズヒトは友達いるのか?」

「…俺って根暗に見えますかー」

「あ、や、そういう意味じゃなくて、」

「俺の友達は編集部のみんなだな。あとは学生時代からの親友。」

「俺がメール苦手だから、いつもメールもらってもなんて返事していいか分からず、ほとんどスルーしてしまうけど。それでも未だに友達だし、学校時代の友達もメールがくるよ」

「怒らないんだ、メール返さないのに」

「そんなんで友情が成り立たないんだったら、今の世の中みたいに信じられる人がいなくなるだろう?」

「…」

そうなんだ、と由伊が呟いて少しの沈黙が続き、ひたひたと道路を歩く二人分の足音が響いた。



「俺もメールとか苦手」

「うん」

「どう返信したらいいかで悩んで、でも友達を失いたくなくて、無難な言葉ばっか選んで、自分じゃなくなっていく気がして、」

「うん」

「それにみんなとの間に変な壁ができた気がして、機械越しでしか話さなくなるような気がして、」

「ふーん…」

「友達も多い方じゃないし、さ…」

「…」

また一人になったらどうしよう、て、ははって泣きそうな顔に苦笑いを浮かべる由伊を見て、全てを悟った。

あぁ、なるほど、そういうことか。

昔の由伊はもともと人付き合いが大の苦手で、身内にさえついその場しのぎの返答しかしないときも多かった。孤独を好んだ訳でもないのに、自分の対応で知らず知らずに孤独になりがちだった。

自分に手を伸ばしてくれるその手さえ、つい振りほどいてしまって。

今は仲のいい親友もいるし、優しい先輩もいる。その関係がまた知らず知らずに崩れてしまうんだろうと、それが不安になったんだろう。

「そんな由伊もみんな受け入れてるんだろう?」

「………」

「その友達だって、先輩だって、由伊のことを大事な親友だと思ってるし、なによりそんなことで離れてしまう人達じゃあないっていうのは、由伊が一番知ってんだろう?」

それに、今は今の由伊だよ、と由伊の頭をポンポン、と撫でる。

すっ、と少し顔を上げた由伊の肩を抱き寄せ、見えてきたコンビニにゆっくりと歩いた。

人との関わりや温もりを知らないのなら、これから感じればいい。

少なくても俺の前では、なんも飾らない素の由伊でいてくれる。

由伊の一番安心できる存在に、これからもずっとなってあげたいと思った。

「ユズヒトって兄さんみたいだね」

「それがいいのなら兄貴でいいけど?」

「…兄さんよりも母さんよりも落ち着く」

「あはは」

コンビニを出たとき、すでに空は早朝になりかけの早朝独特の空だった。



















そして家に帰った直後、そのまま二人で寝てしまい、起きたのは昼過ぎだった。

「昼ドラって意外と面白いね」

「たまには1日くらい高校休んでもいいだろ」

「てか起こしてよー」

「やー、気づいたら寝てしまっててな」

「あ、やっぱこの杏仁豆腐美味いなー」

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