一人目の頂点その3
土が舞っているとは言え、別に俺が見えなくなったわけじゃあないので
油断せずに林などの姿を隠せる場所を選んで駆けていく。
[残り300m、相手は一切動いていません]
「300か、わかった」
流石にこの距離だ、音に気を付けた方が良いな。
足元や周りに気を付けつけて進む。
枝を踏んで音が鳴ったがためにバレるなんて古典的展開はごめんだ。
そよ風が流れる中を木に隠れながら進んだ先に一人の男が立っていた。
その姿はあの二人と対して差はなく、一発入れれば仕留められるな
って事は大技一発放てるだけで後は毛が生えたぐらいなんだろうな。
これなら、やれる……。
「……あれか?」
[はい、あれです。明後日の方向を見ているので、恐らくはこちらに
気づいていない様ですね]
「そうか……」
気づいていないのなら好都合だ。
向こうが先に不意打ちかましてきたんだ、こっちもやらせて貰う。
射程圏内に入るまで右へ左へ木の陰に移って行き、ついに射程圏内に入る。
[本当に不意打ちするんですね。そこはケンさんの世界の昔の人よろしく
やーやー、我こそはー…とかやるところじゃないんですか?]
アホか、こんな絶好のチャンスにそんな事やるわけないだろ。
やるのは相手の様子を見て呼吸を合わせて突撃し、一撃で仕留めるだ。
いつでも動けるように重心を動かし、相手を観察する。
何か魔法陣のようなもんを展開しているようだが…何をやってんだ?
「なるほど、そういう事か。あいつらも珍しく気が利くじゃん。
……さて、そこにいるんだろ?出て来いよ」
「……ッ!?」
突然、にやりと笑いながらやつはこっちに振り向いた。
…………何故、気づいた!?
その事に動揺するが……大きく息を吐いて落ち着かせる。
理由が見当たらない以上、ブラフの可能性もあるんだ。
馬鹿正直に出て行く心配は―――
「出てこねえか……じゃあ、あほだが可愛い後輩に手をだしたんだ。
事故って事でいいよな?」
笑みが消え、ただただ冷酷な顔に変わったと同時に風を斬る音が鳴る。
それを聞こえたと同時に即座にその場から跳び出して躱す。
やつが放った真空波は地面ごといた場所の木々を切断する。
俺は跳び出したことで転がりながら、奴の前に対峙する。
「なんだ、いるじゃねえか………
しかし、対峙してすら一切感じねえとは精度が高すぎるな…。
正直に言えば五体満足で済ましてやる、どこの国の出だ?」
どこの国か以前に世界からして違うんだが、それはおいておくとして
どうするか……はここまで来てるんだから答えは一つだ。
「どこの国も関係ねえよ」
「そうか……覚悟は出来てるってわけだな」
そう言うと風が目の前の奴に向かって集まっていくように感じた。
何か大技を使おうとしているのは明白だった。
俺はすぐさまやつを仕留めるべく足を動かし、距離を詰める。
厄介な攻撃を撃たれるのなら撃たれる前に仕留めれば良いだけの事
拳を握り締め、鳩尾に一撃入れにかかろうとしたところで拳の薄皮が切―――
[ッ!?ケンさん、ダメです!離れてください!!]
れ始めたところでアンジュからの指示が入る。
いつもちゃらんぽらんなやつが声を荒げることほど危険な事はない。
内容を理解するよりも先に拳を引っ込めて、大きく飛び退く。
握っていた拳を見てみると血が垂れる程に切り裂かれていた。
やつの今までの攻撃から考えられるに………
「……真空波か?」
[はい、彼の周辺を真空波が竜巻のようになって覆っています。
あれじゃあ、殴りに行けば拳はズタズタ――いえ、ミンチになります]
……おいおい、マジかよ。流石にそんなバリアは想像してなかったぞ。
バリアって言えば、攻撃は防ぐがそれ以外は無害が基本だろうに
攻撃しに行ったらしに行った部位を切り刻まれるバリアとか反則だ。
特に飛び道具なんてせいぜい、物を投げるぐらいしかない
俺にとっては王手飛車取り並に洒落にならん。
どうすりゃいい……。
「どうした、坊主。万事休すって顔をしているようだが……
まさか、俺が一発でかいのを撃てるだけで他はあいつらに毛が生えた程度
だって思ってたんじゃねえだろうな?」
野郎がそう言った直後、風が吹き荒れ、空が暗くなり始める。
まさか、天候すら操作出来るのか?
だとしたら完全に俺が知ってる魔術じゃねえ……。
[ケンさん、これは逃げた方が良いかと――]
「は…?馬鹿言ってんじゃねえよ!!ここまで舐められておいて
逃げるとか出来るわけねえだろ」
「誰に言ってるのかは知らねえが…未だに逃げられるって思ってんのが滑稽だな」
やつがそう言うと空気を裂く音が聞こえた。
また真空波か、何度も何度も面倒な……!!
一発目を後ろに飛び退いて躱したところで切り裂く音がいくつも聞こえた。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法のようだが下手すぎたら
いくら撃っても当たらねえんだよ。
二発目は右へと跳んで躱し、三発目はバク転して躱したところで
上から掃除機を起動している時のような音が聞こえ―――
[ケンさん!!空!空!!空!!!]
「空……?」
空を見ると雲の中から龍のように伸びた竜巻がこっちへ迫って来ていた。
待て!待て!?待て!!??
この距離でさっきの竜巻の様な攻撃などあいつ自身も巻き込まれかねない。
だからこそやってこないと高を括っていたのに、それ以上のものが来るのは聞いてねえ。
何を考えて実行しているのかはさっぱりだが、今は竜巻の範囲外へ逃げるべきだ。
「アンジュ、どこまで逃げればいい!!」
[え、えっと、ちょっと待ってくだ――ってケンさん!!止まって下さい!!!]
「は?」
止ま――――
アンジュの言葉に疑問を抱く前に前の地面が切り裂かれ、靴の先端を持ってかれる。
あの野郎、上の竜巻は注意を向けるためのブラフか!!
危うく、片足を持っていかれるところだった……。
「(…直前に気づいた?……いや、さっきの独り言からするに誰かとの通信で
たまたま躱せたあたりだろう。しかし、そうなると通信してるなら魔力消費は必須。
だというのに未だに魔力反応が得られないってのはどういう事だ?)」
ちらりとやつを見ると何かを考えているようだ。
何考えているのかは知らねえがぼーっとしてるってなら大チャンスだ。
「アンジュ、色々仕掛けるからあいつが纏ってる風バリアの解析頼んだぞ」
[わかりました、任せてください]
すぐさま切り倒された木へと向かい、それを持って奴に向かってぶん投げる。
投げられた木は回転しながら突っ込んで行き、電動ノコギリで切られるかのような
音を鳴らしながらおかくずへと変わって風によって霧散するかのように消えていった。
確かにあんなのに突っ込んだらミンチになるな……。
「まだやるか、その諦めない姿勢嫌いじゃないんだが……
時には諦めも肝心なんだぜ、坊主」
随分と勝ち誇った発言しだしたやつの両肩部分の空間が音を立てながら歪み始める。
今度は何をする気だ?そう思っているうちに二つの歪みは動き出し、襲い掛かって来た。
おおよそ、さっきの真空波と同じ類だろう。
が、空間が歪んでるせいで見える、見える以上は躱すのは簡単だ。
タイミングよくバク宙して躱し、次にぶつけるものを探す。
今度は二つ程度連続で投げつけるのもありか?
なんて考えているうちに後ろから風を切り裂く音が聞こえる。
後ろを振り向くと先ほどの歪みがすぐそばまで来ていた。
「ッッ!!!!」
即座にバク宙して歪みを躱す。
まさか、ブーメラン式か?
だとしたら、躱しても戻ってくる事を頭に入れなきゃならん。
正直、風バリアですら現状手の施しようがないってのに勘弁して欲しい。
「返ってくるだけって思ってるようだが、そうじゃないぞ。坊主」
そう言って、やつが指をくるっと回すと起動が変わった。
おいおい、操作出来るやつかよ。
苦笑いするしかないような絶望的な状態だが…これはチャンスかもしれん。
あれをうまい事誘導してあの風バリアを破るまで行かなくても
弱体化させられるかもしれない。