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第十九話「暗殺者アリッサ・ビーデルの葛藤(中編)」

 携帯電話の通話を終える。


 警察には、誤解だったと説明した。

 あれは、故意ではなく電車の揺れによる事故。パニックになり訴えてしまったが、後で冷静になると間違いだと気づいた。


 結果、警察をはじめ関係者に多大な迷惑をかけてしまった、反省していると締めくくった。


 涙ながらの説明が功を奏したのか、少し説教されただけで、無事被害届は撤回された。


 これでショウ様の痴漢容疑は晴れた。経歴に傷はつかず、警察に追われない。

 後は、ショウ様の痴漢冤罪動画だ。


 ショウ様がさも痴漢をしてたかのようにみせた動画が残っている。流出する前に回収しないといけない。


 今までの動画は、共犯の美香が管理している。うまく騙してショウ様の動画を削除させよう。


 問題は、小金沢紫門へ送った動画分だ。

 奴は、執拗にショウ様を付け狙っていた。そうそうに動画を手放さないだろう。


 どうすればよい?


 色仕掛け、力ずく、すり替え……。


 いくつか方法を考えたが、どれも決定打に欠ける。多分にリスクを含んでおり、百パーセント成功するとは言えない。


 どの手段が最も効果的か?


 こういう難問に直面した時、ショウ様から的確なアドバイスを頂いていた。

 ショウ様なら必ずや素晴らしい案を考えてくださるだろう。

 一度ショウ様に相談を――って何を考えている!


 ショウ様にあれだけの無礼を働いておいて、どの面を下げて会いに行ける。自分がしでかした不始末は、自分で解決するのが筋だ。


 それに昨日のご様子では、ショウ様は前世の記憶がお戻りになっていない。今、私がのこのこ会いに行けば、敵意を剥き出しにし、お怒りになるだろう。相談どころの話ではない。


 前世の話をして、事情を説明するという手もあるにはあるが、こんな荒唐無稽な話を信用して頂けるわけがない。


 新たな詐欺と思われるのが関の山だ。


 あぁ、本当にどうすればよいのだ?


 アリッサは、昔から考えるのがあまり得意ではなかった。逆に記憶を取り戻す前の私、愛里彩は得意だったが……。


 そうだ。昔の私、愛里彩ならどうするか?


 ……

 …………

 ………………


 ……色仕掛けだな。


 多少、いや、かなり思う所はある。だが、愛里彩は、この手の方法が大の得意であった。

 学校のクラスメート、【LUSH】のファン、芸能関係者……。

 様々な男を手玉に取り、愛里彩に奉仕させていた。


 携帯の電話帳は、メッシー君、アッシー君、財布君とフォルダに分かれている。記憶を取り戻す前とはいえ、我ながらよくやったものだ。


 記憶を取り戻しアリッサとして生きようと誓ったが、ショウ様のためなら今一度、愛里彩に戻る。


 思い出せ。


 愛里彩の思考を、自在に男を操縦し、虜にする方法は……?


 意識を深く沈め、心の奥底に封印していた愛里彩の人格を呼び起こす。


 まるで汚泥の中に手を突っ込むような不快感が全身を襲う。

 でも、ショウ様のためだ。


「私は世界で一番可愛い」「男なんて簡単に騙せる」「みんな私に夢中」——そんな醜悪な思考回路を再起動させる。


 キャハ! ウフゥ!


 作り笑顔を見せる。


 鏡に映った自分の顔が、一瞬で別人のように変わった。邪悪で計算高く、男を食い物にする悪女の顔に。


 愛里彩は、常に思っている。

 世の中の女は、二種類しかいない。超絶かわいい愛里彩か愛里彩以外のブスか。


 うん、こんな感じね。

 自分ながら反吐が出る性格だが、この女の特性は利用できる。


 まずは、紫門に連絡だ。

 携帯を取り出し、ラインを入れる。


 ……。


 反応がない?


 かなり媚びる文を送ったのに……。

 経験上、愛里彩に虜の男なら、数秒もしないうちに返信がくるはずだ。


 では、直接電話しよう。


 ……。


 繋がらない。


 電波の届かない場所か、電源がOFFになっている。


 もしかして着信拒否?


 いや、拒否られてはいないはずだ。


 紫門は、愛里彩を気に入っている。

 少なくとも一度も抱く前に、無視はありえない。


 ただ単に忙しいだけか……。

 とりあえず待機だな。


 その間に、美香への対策を行う。

 美香に連絡し、後日会う約束を取り付けた。

 美香を騙し、動画を削除する。美香がゴネたら実力行使も辞さない。


 それから数時間後……。

 携帯の着信が鳴った。


 携帯のディスプレイを見る。

 紫門からだ。


 すぐさま応答ボタンを押す。


「もしもし」

「愛里彩か? 俺だ。紫門だ」


 っ!?


 紫門の声を聞いた瞬間、全身に電流が走った。

 記憶の奥底から、忌まわしい過去が一気に蘇る。


 ……この声、知っている。


 どこまでも傲慢で、どこまでも嗜虐な悪魔の声を、知らないはずがない。


 我が主君ショウ様の敵だ。


 シモン・ゴールド・エスカリオン。


 ヴュルテンゲルツ王国の東部ワイインを領土に持つ大公。国の重鎮かつ王女の婚約者という身でありながら、裏で帝国に繋がっていた男。数多の罪なき女性を慰み者にし、民をいたぶり悦に浸る暴君。


 そうか。それでショウ様を執拗に狙っていたのか!


 前世からの因縁だ。記憶を取り戻さずとも、ショウ様が憎くて憎くてたまらないのだろう。

 怒りで手が震える。いや、震えてはいけない。今は愛里彩として演じ切らねば。


 深呼吸をして、声のトーンを意識的に明るく調整する。


「どうした?」

「ううん、なんでもない」


 電話の様子から、シモンは前世の記憶を取り戻していない。

 記憶が戻っていれば、ショウ様の懐刀と呼ばれたアリッサに何らかのリアクションがあってもおかしくないからな。


 ひとまずは僥倖。アリッサではなく愛里彩としてふるまえる。


 でも、この悪魔と話をするだけで胃液が喉まで込み上げてくる。必死に嘔吐感を押し殺す。


「それより、紫門さん、電話が繋がらなかったから心配してたんですよ」


 甘ったるい声音を作る。愛里彩特有の、男を骨抜きにする猫撫で声だ。


「悪いな。携帯が壊れて新しいのに変えてたんだ」

「そっか。よかった。紫門さんに嫌われて無視されているんじゃないかって思ってました」

「ふっ、愛里彩にそんなひどい真似はしねぇよ」

「うれしい♪ それで愛里彩、紫門さんにお願いがあって――」

「わかってる。メジャーデビューだろ? 約束は守る。感謝しろ」

「ありがとー」


 今更メジャーデビューにかけらも興味はない。

 だが、ここは素直に礼を言っておく。


「ただな愛里彩、事務所にお前をねじ込ませるのに、けっこう苦労したんだぜ。もう少し見返りが欲しいところだ」

「見返りですか? サイン上げましょうか?」

「けっ、サインはモテない豚野郎にでもくれてやれ。せいぜい夢見させて金を巻き上げてやれよ」

「うふっ、悪い人だな」


 作り笑いの下で、歯を食いしばる。頬の筋肉が痙攣しそうになるが、声だけは甘く保つ。


「くっく、それはお前もだろうが。それより、そろそろいいだろ、な? 次のデートは、朝まで付き合ってもらうぜ」

「……」


 下種が! 前世から変わらない。女と見れば、見境なく襲う獣め!


 手が無意識に拳を握っている。爪が手のひらに食い込んで痛みを感じる。

 そろそろ身体を要求してくるのは、記憶が戻る前からわかっていた。


 前の私は、できるだけ値をつり上げて抱かれるつもりだった。今の私は考えるだけでおぞましい。

 記憶が戻って本当によかった。


「なぁ、いいだろ? 服でも宝石でも欲しいものなんでも買ってやるよ」

「ありがとう。嬉しい。そういえば、私、欲しい服があったんだ」


 胃の奥から込み上げる嫌悪感を必死に押し殺す。


「あぁ、好きなだけ買ってやる。だからな?」

「うん、いいよ。次のデートはそうしよう」


 微笑みながら肯定した。

 反吐が出るが、我慢する。冷や汗が背中を伝うのを感じる。

 これもショウ様のためだ。バカで浅はかな女、愛里彩に徹する。


「決まりだ。後で連絡する。それと愛里彩に頼みがあるんだ」

「うん、なに?」

「前にもらった白石のヘタレ動画があるだろ? もう一度送って欲しい」


 再送?


 あぁ、携帯が壊れたからか。でも、機種変更して、データ移動しなかったのか?


「うん、いいよ。でも、データ移動しなかったの?」

「……事情があってな。データが消えたんだよ」


 携帯が壊れて、データが消えたのか!


 これは重畳、データを取り戻す必要がなくなった。


 いや、まだだ。

 SDカードとか他の記憶媒体にデータが残っている可能性がある。

 念のためだ。データが本当に残っていないか確認しておこう。


「紫門さん、SDカードにデータが残っているんじゃないですか?」

「残ってねぇよ。写真、メール、電話帳、データ丸ごとパァ~になっちまったんだ」

「すさまじい壊れ方だったんですね」

「あぁ、今思い出すだけでも腸が煮えくりかえりそうなぐらいな」

「何があったんですか?」

「……お前には関係ない」

「いいじゃないですか、教えてくださいよ」


 敵の情報は、できるだけ収集しておきたい。少し食い下がってみる。


「その話は、したくない。それより次のデートの話をしようぜ」

「え~聞きたい、聞きたい」

「うるせぇ、てめぇも俺を怒らせたいのか!」

「ち、ちょっと!?」


 突然、紫門が怒鳴り声を上げた。

 この男の本性は、よく知っている。怒鳴り声を聞いてもさほど驚くことでもないが、外面のよいこの男にしては珍しい。


「いいか! 男が、言いたくないと言ったら聞くんじゃねぇ! どいつもこいつも女のくせにやたらと俺に逆らいやがって」


 ブチ切れている。


 この言い様から判断するに、シモンの携帯を壊したのは女か?


 シモンの外面の良さと抜け目のなさは知っている。

 ただの女ではシモンを出し抜けない。


 データが全損するほど携帯を壊す、シモンの外面を壊すほどブチ切れさせる、そんな女は限られている……。


「おいコラ、聞いてんのか!」


 考察は後だ。

 シモンを落ち着かせなければ、これ以上情報収集できない。

 とりあえず平謝りだな。


「ご、ごめんなさい。許してください」


 嘘泣きは、愛里彩の十八番だ。

 声を震わせ、今にも泣き出しそうな声音を作る。

 嗚咽交じりにひたすら謝る。


 シモンはそれでも怒鳴るのをやめないが、ここで言い訳を言ってはいけない。

 相手が落ち着くまでひたすら謝り続ける。


 そして……。


 頭が冷えたのか、シモンの口調に落ち着きが見え始めた。

 ここだ。ここで言い訳を入れる。


「ごめんなさい。紫門さんを不愉快にさせた奴がいるなら、そいつに復讐するんでしょ? 愛里彩も紫門さんのお手伝いをしたいと思って……だから」


 健気に、優しく、相手を気遣うように……女の武器をフルに使う。

 電話越しでなければ、上目遣いで涙も流していただろう。


「ちっ、それならそう言え」

「本当にごめんなさい。決して紫門さんを困らせようと、しつこく聞いたわけじゃないんです」

「……まぁ、俺も怒鳴って悪かったな」


 よし。紫門の機嫌が元に戻った。

 愛里彩は、こういう男と女の修羅場を何度も経験している。

 心にもないことをペラペラと……我ながら本当に感心する。


「私も無神経なことを聞いてごめんなさい」

「いや、俺も入院中でイライラしてたからよ。仲直りしようぜ」

「はい、喜んで」

「ふっ、お前は相変わらずいい女だぜ」

「ところで紫門さん、入院しているんですか?」

「あぁ、こうなったら腹を割って話す。お前にも協力してもらうからな」


 それからシモンにこれまでのいきさつを聞いた。

 シモンは現在、歯を折られ、タマを潰され、緊急入院していると言う。


 タマにかんしては二度潰されたとか。


 途中、笑いをこらえきれなくなったが、耐える。あくまで心配げに聞くのだ。

 そして、その喝采すべき所業をなしたのが、草乃月財閥の一人娘、草乃月麗良というのだ。


 草乃月麗良……。


 恐らく前世のレイラ・グラス・ヴュルテンゲルツだろう。


 ふっ、あの馬鹿姫も記憶が戻ったのか。


 いつもショウ様を振り回す嫌な女だったが、こうなると頼もしい。


「それで具体的にどう復讐するんですか?」

「あいかわらずだな。そんなに楽しいか?」

「えぇ、人の不幸を見るのは、私の趣味ですから」

「くっく、本当に悪い女だぜ。だが、まぁ待て。あれで財閥の娘だからな。下手に手をだすと、しっぺかえしをくらう。やるなら慎重に、綿密な計画が必要だ」

「えぇ、いいじゃん。がんがん行きましょうよ。私もあらゆる手段を使ってお手伝いしますから」


 あの馬鹿姫に目を向けているうちは、ショウ様へ危害は加えないだろう。


 馬鹿姫はいい囮になる。


 シモンが馬鹿姫に目を向けているうちに、私が貴様を殺す。


「頼もしい限りだ。だが、今はおあずけだ」

「え~そうなんですか」

「我慢しろ。その代わりお前が喜びそうなイベントを教えてやる」

「なになに?」

「俺も入院してなければ、参加できたんだがよ。まぁ、現場はビデオで抑えるから。あとで一緒に楽しもうぜ」

「……意味深ですね。どんな内容ですか?」

「あぁ、それはな――」


 ……感情を押し殺し、通話を切る。


 シモンめぇえええ!!!


 あと、ちょっとで激高し、叫び散らすところだった。

 愛里彩の仮面が剥がれ落ちそうになる。必死に自制する。


 あいかわらずの下種野郎だ。


 シモンは、息のかかった愚連隊に命じて、ショウ様の妹ジャスミン様を襲うらしい。

 シモンの話から、あの馬鹿姫は父親との権力闘争に明け暮れているという。


 馬鹿姫の助けは、間に合わない。


 私が、お助けせねば!


 できるか……今の身体で?


 自分の腕を見下ろす。


 細い腕、細い脚。


 モデル体型を維持するために、極力飯を食べてこなかった愛里彩の身体。


 前世のアリッサとは別人のように華奢で頼りない。


 その場でジャンプをする。


 天井には遠く及ばない。せいぜい五十センチほど宙に浮いただけで、前世の跳躍力とは雲泥の差だった。


 くっ、低い。

 圧倒的に筋肉が足りない。


 前世の私なら……。


 大人の身長と同じ高さの塀を軽々と飛び越えることができた。

 闇夜でも昼間のように景色を見ることができた。


 気配を消し、獲物の接近を感じとれた。その鋭敏な感覚は、忍び寄る刺客の衣擦れの音すら聞き逃しはしなかった。


 今の貧弱な身体で戦えるか?


 机の引き出しに入れていた定規を取り出し、剣舞してみる。


 いやッ! とぉお!


 ブンブンと振り回す。前世の剣技を思い出しながら、基本的な型を試してみる。


 しかし、イメージ通りに身体が動かない。筋力が足りず、バランスも取れない。

 一、二分ほどしたら息がきれてきた。


 きつい。


 今まで動かしたことがない筋肉を使っているせいか、スタミナ消費が激しい。前世の戦闘スタイルを維持できそうにない。


 イメージ通りに身体が動かないのだ。

 ただ、身体の柔らかさと敏捷性は、まずまずの動きだ。


 ダンスをしていたのが、救いか。


 とにかく今の身体能力では戦えないのがわかった。防具と武器が必要だ。

 前世なら素手でも十分戦えたが、今は違う。道具に頼らざるを得ない。


 何かないか?


 まずは防具……クローゼットを開けてみる。


 なんでこんなに?


 ブランドの服が山ほどある。


 流行りのコートやスカートにブーツ……。


 一度も着ていない服もある。


 はは……。


 前世、憎悪の対象であった貴族そのものの生活だ。親がいて、家があって、金銭に恵まれている。そんな恵まれている現状に満足せず、遊び感覚で犯罪に手を染めていた。


 今の私を昔の私が見たら、どう思うだろう?


 きっと殺したにちがいない。残忍に無慈悲にえげつない方法で殺されていた。


 はぁ~ため息がでる。


 とにかく防具だ。

 こんなブランド服よりも鎖帷子が欲しい。


 クローゼットの中を探し、とりあえず動きやすそうな服に着替える。


 後は、武器だ。

 愛用だった短剣があれば……。


 愛里彩がそんなものを持っているわけがない。護身用のスタンガンのみである。


 手持ちの武器でなんとかするしかない。


 机や棚をひっくり返し、めぼしい物をバックに詰めていく。


 部屋を出て、階段に向かうと妹の加奈がいた。

 先ほどきまずい別れ方をしたばかりだ。


「あ、加奈」

「……」


 声をかけるが、加奈は無視して通り過ぎようとする。


「あ、待って!」

「しつこい。さっき言ったのは、脅しじゃない。本当だからな」


 加奈がナイフを向けて威嚇してくる。

 その刃は小さいが、十分に人を傷つけられる鋭さを持っている。


 肉親に刃を向けてくる……並大抵の憎悪ではない。


 まずは、今までの行為を謝ろう。


「ごめんなさい。悪かったわ」

「ふ~ん、性悪女もナイフは怖いようね」


 加奈がナイフをちらつかせながら、にやりと暗い笑みを浮かべた。

 その表情は、復讐の快感に酔っている。まるで獲物を前にした狩人のような目つきだ。


「えぇ、怖いわ。だからやめて」

「だめ、絶対に許さない。お前を刺すことは決定よ。ふふ、せいぜいスキをみせないことね」


 加奈は勝ち誇った顔で、その場を後にしようとする。

 その背中には、もう姉への愛情など微塵も感じられない。完全に敵として見ている。


「待って。そのナイフは渡して」

「警告はしたよ」

「加奈、私はあなたに酷いことをしてきた。自覚している。すぐに許してくれるとは思ってない。でもね、それとこれとは話は別。ナイフを持ち歩くのはやめなさい」


 アリッサの心から、妹を救いたいという強い想いが湧き上がる。

 この子も、かつての私と同じように闇に堕ちかけている。放っておけない。


「あはっ、もしかして説教してるの?」

「お願い。武器を持っていると、自分が強くなったように思える。でもね、それは間違いよ。最後は、あなたがあなた自身を傷つけてしまう」


 前世、ショウ様から頂いた尊い言葉だ。

 そのまま加奈に伝えてみる。


 スラム育ちの暗殺者だった私が人間の心を取り戻すきっかけになった言葉だ。

 加奈の心は、闇に包まれている。

 ショウ様に救われた。

 今度は私の番だ。誰かを救いたい。それが自分の妹ならなおさらだ。


 加奈にもこの思いが届けばいいが……。


「聞いたような口をきくなぁああ!!」

「ち、ちょっと!?」


 加奈の顔が一瞬で狂気に染まった。

 目が血走り、口元が不気味にゆがんでいる。まるで別人のようだ。


「今更ビビっても遅い。むかついた。今日あんたを刺すことにした」


 どうやら品行方正なショウ様とクズの愛里彩では、言葉の重みが違ったようだ。

 私の言葉は加奈の心に響かなかった。


 加奈が狂気の目を宿して、襲い掛かってきたのである。

 ナイフを握る手が震えている。それは恐怖ではなく、興奮による震えだった。


 長年溜め込んだ憎悪が、ついに爆発する瞬間だ。


 このままでは、本当に刺されてしまう。

 だが、反撃すれば加奈を傷つけてしまう。

 ジャスミン様を救いに行かねばならないのに、ここで時間を取られるわけにはいかない。


 どうすれば……!

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