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第十六話「出撃、関内 愛里彩を攻略せよ」

 警察署の取調室で、カツ丼を箸でつついていた。


 グレーの壁、蛍光灯の白い光。向かい側には中年の刑事が座っている。


「罪を認めなければ出さない」

「証拠は揃っている」

「素直に白状した方が身のためだ」


 そんな脅し文句を聞き飽きるほど聞かされていた。

 その時だった。


「白石、釈放だ」


 看守の声に振り返ると、刑事が複雑な表情で立っていた。


「え?」

「証拠に不備が見つかり再調査となった」


 俺は目を丸くした。昨日まであれほど強気だった刑事たちの態度が一変している。


「つまり……俺は無罪?」

「現時点では容疑不十分だ。ただし、捜査は継続する」


 警察署の外に出ると、夕日が俺の顔を照らした。自由の空気がこれほど美味しく感じられるとは思わなかった。


 しかし、完全に解決したわけではない。関内愛里彩が被害届を撤回しない限り、この問題は続く。示談が成立しなければ前科がついてしまう。そうなれば、高校は退学、就職も絶望的だ。


 この保釈中になんとか解決しなければならない。


 翌日の朝、携帯電話にメールが届いた。送信者は麗良だった。


 件名:【緊急】関内愛里彩について

『すまない、ショウ。父との対決が間近で、直接話はできないが、関内愛里彩について調べた。添付ファイルを見てくれ。彼女は非常に危険な人物だ。一人で会いに行くのはやめておけ。今は動けないが、必ず助けに行く、レイラ』


 添付された資料の内容は衝撃的だった。


 関内愛里彩、十六歳。堀恋高校一年生。


 表の顔:地下アイドル「LASH」のボーカル。今秋にはメジャーデビュー予定。

 しかし、これはすべて偽装された仮面だった。


 裏の顔:冷酷な策略家。

 愛里彩は計画的に無実のサラリーマンを痴漢に仕立て上げ、示談金を要求していた。ターゲットは必ず家庭を持つ中年男性。家族にバレることを恐れる彼らは、泣く泣く金を払うしかなかった。


 資料によれば、被害者は少なくとも十二人。総額で一千万円以上の不正な利益を得ていると推測される。


 なぜそんなことを? 家も金持ちそうだし、アイドルとしても成功している。


『お金が目的ではありません。愛里彩にとって、これはゲーム。他人を支配し、屈服させることに快感を覚える――サイコパスの典型的な行動パターンです』


 完全なモンスターじゃないか……。


 麗良の心配も分かる。しかし、俺は決意を固めた。

 麗良は父親との重要な戦いの最中だ。俺のことまで心配させるわけにはいかない。


 自分の問題は、自分で解決する。



 横浜市内の高級住宅街。


 午後の陽光が石畳の道を照らしている。周囲の家々は、どれも億を超えそうな豪邸ばかりだ。手入れの行き届いた庭園、輸入車が並ぶガレージ。


 愛里彩の実家は、レンガ造りの洋風建築だった。まるでヨーロッパの古城を思わせる重厚な佇まい。


「普通にブルジョアじゃないか!」


 痴漢冤罪を繰り返してまで小遣い稼ぎをする必要など、まったくない環境だ。やはり愛里彩にとって、これは金儲けではなく娯楽なのだ。


 近くの電柱の陰に隠れて、愛里彩の帰りを待つ。春の風が吹き抜け、どこかの庭から花の香りが漂ってくる。


 それから約二時間――ついに愛里彩が現れた。


 夕暮れの光の中を、ツインテールの美少女が歩いてくる。学校の制服を着て、軽やかな足取り。一見すると、どこにでもいる普通の女子高生だ。しかし、俺にはもう彼女の正体がわかっている。


 人の皮をかぶった悪魔だ。


「あら、もう出てきたんだ」


 電柱から飛び出した俺を見て、愛里彩は一瞬驚いたが、すぐににやりと笑った。


「ああ、出たさ。誰かさんのおかげで、とんでもない目に遭ったよ」

「そう、その誰かさんには困ったものね」


 愛里彩の口調は軽やかで、まったく悪びれる様子がない。


「このアマあああ!!」


 俺は怒鳴りながら愛里彩に向かって走り出した。


「キャーこわい! お巡りさん、痴漢よ、逮捕して!」


 愛里彩が甲高い声で叫ぶ。その声が高級住宅街に響き渡った。


 まずい!


 慌てて急停止する。もし本当に警察が来たら、保釈中の身である俺は即座に逮捕される。


「て、てめえ……」

「ふふん、私はか弱い女子高生で、あなたは痴漢容疑で捕まった男。自分の立場がわかった?」


 愛里彩は勝ち誇った表情で、俺を見下ろしている。


「それにさ、私、こんなの持ってるのよ」


 愛里彩が学校鞄から黒い物体を取り出した。スタンガンだ。先端からバチバチと青白い電流が迸る。


「それで、私に何か用――って、わかってるわ。被害届を撤回してほしいんでしょ?」

「……ああ、その通りだ」

「いやよ。私、怖かったんだから」

「少しお前のことを調べた。痴漢冤罪を繰り返して大金を巻き上げているな」


 愛里彩の表情が一瞬変わった。しかし、すぐに元の余裕の表情に戻る。


「証拠はあるの?」

「あ、ある」

「あるなら見せて」

「今、ここにはない」

「そう、嘘ね」


 愛里彩は勝ち誇った顔で言った。俺の表情から、嘘を見抜いたのだ。


「……示談にしてやってもいいよ」

「本当か?」

「ええ、五十万」

「はあ? ふざけんなあ!」

「じゃあ、この話はなし。バイバイ~」


 愛里彩は手をひらひらと振って、家に向かって歩き始めた。


「待て、待てって!」

「話を聞け。いくらなんでも学生がそんな大金持ってるわけないだろうが!」

「親に泣きつけばいいでしょ」

「親に迷惑はかけられない。冤罪なのはお前が一番わかってるだろうが?」

「はあ~やっぱり学生は貧乏ね。おじさんたちは金払いよかったのに」


 やっぱりやってんじゃないか!


「そうね~じゃあ五万円でいいわ」

「本当か?」

「ええ、負けてあげるんだから、他にもしてもらわないとね」


 嫌な予感がした。


「無罪の俺にこれ以上何をさせるんだ」

「とりあえず土下座してよ」

「土下座だと!?」

「そうよ。さっきから愛里彩のこと睨んでて、むかつくんだよね」


 ふざけるなと言いたかったが、穏便に済ませるためだ。


 俺は地面に座り、頭を下げた。石畳の冷たさが膝に伝わる。形だけ、形だけだ。


「これでいいか?」

「まだよ。次は、私の靴を舐めて」

「はあ?」


 愛里彩が足を前に出してくる。制服に合わせた黒い革靴が、俺の目の前にある。


 こいつ、下手に出ていたら、どこまでもつけ上がってくる。


 紫門たちからのいじめに比べれば……自分にそう言い聞かせて、愛里彩の足元まで這っていく。


 靴の比較的きれいな部分に、ちょんちょんと舌を当てる。革の冷たい感触と、かすかな土の味。


「こ、これでいいかよお!」


 その光景を見た愛里彩はニンマリと満足そうに笑って――


「やっぱりやめた」

「は?」

「愛里彩の気が変わったの。やっぱり五万なんてはした金で示談なんてしないわ」

「てめえ、靴まで舐めさせて、嘘かよ!」

「だからなに?」


 完全に舐められている。いや、文字通り舐めたのは俺の方だが。


「悪事をばらすぞ」

「ばっかじゃない。私のバックには、小金沢グループの紫門さんがついているのよ。あんたのような小物がいくらわめこうが、無駄よ」


 小金沢グループ! やはり愛里彩は紫門の手下だったのか。


「て、てめええ!!」

「おっと、だめよ。おいたしちゃ」


 俺が殴りかかろうとすると、愛里彩がスタンガンで威嚇してくる。


「く、くそ。ご、五十万かよ」

「ううん、百万に値上げした」

「はあ?」

「さっき愛里彩を襲おうとしたから、ペナルティよ」


 こいつは……こいつは……


「百万ぽっちで示談できるのよ。いいじゃない。それに比べてサラリーマンのおじさんたちは、金払いいいわよ」


 愛里彩は過去の「戦果」を自慢げに語り始めた。


 涙を流しながら悔しそうに金を払うサラリーマンたち。家族を養うために必死に働く父親たちが、この悪女のせいでどれほど屈辱を味わったことか。無実なのに、家族にバレることを恐れて、こうして屈辱的に靴を舐めさせられたのだろう。


 善良なサラリーマンの人生を狂わせた罪、お前の人生で償わせてやる。


 こうなれば最終手段だ。愛里彩のDNAを手に入れなければならない。


 しかし、愛里彩はスタンガンを持っている。無理やり髪の毛を抜きに行っても、反撃されたら終わりだ。


 考えろ、考えろ……


 そうだ、一つだけ方法を思いついた。非常に情けないやり方だが……


「わ、わかった。払ってもいい」

「ふうん、やっと自分の立場を理解できたみたいね」

「ああ、ただやはり百万は高い。で、できれば、条件として……」


 俺は意を決して言う。


「靴ではなく、直に足を舐めたい。それなら払ってもいい」


 愛里彩は一瞬、何を言われたかわからずきょとんとしていた。その後、腹を抱えてげらげらと笑い出した。


「うひゃっはっははは!! なによ、変態。ああおかしい。愛里彩って魅力的すぎるもんね~わかる、わかるわ」


 計画通りだ。


 愛里彩はルックスに絶対的な自信を持っている。完全に油断している。スタンガンを鞄にしまい込んでいるではないか。


 愛里彩はひとしきり笑った後、靴を脱ぎ始めた。


「ふふ、本当はもっとお金を取ってもいいんだけど……サービスよ」


 生々しくソックスを脱いでいき、素足を露わにする。夕日に照らされた白い足が、石畳の上に置かれた。


「はい、足指の裏まで丹念に舐めなさい。愛里彩の足を舐められるなんて、一生の幸運ね」


 あとは、舐めながら隙を見て髪の毛を引っ張るだけだ。


 愛里彩の親指を口に入れる。悔しいが、全然嫌な臭いがしない。それどころか、この状況に少し興奮している自分に嫌気が差す。


 とにかくやるぞ……


 舐めながらチャンスを伺う。だが、まだ距離が遠い。もっと近づいてくれれば……。

 

「なに、さっきからぼーっとしているの。ほらもっと喉の奥まで使ってやるんだよ」

「うぐっ」


 愛里彩に足を喉まで突っ込まれて、むせてしまった。


 ゲホ、ゲホ!


「なに、むせたの? だらしないわね」


 愛里彩がサドっ気を出して俺の顔を覗き込んできた。


 これはチャンスだ!


 時間が止まったように感じた。愛里彩のツインテールが、目の前で揺れている。夕日を背に、アッシュブラウンの髪が輝いている。


 今しかない。


 右手が動いた。考えるより先に、身体が反応していた。


 指が髪を掴む。絡みつく。そして——


 思い切り引いた。


 ブチブチブチッ!


 髪の根元から毛が千切れる感触が、指先に伝わった。


「いったああ!!」


 愛里彩の絶叫が、高級住宅街に響き渡った。さっきまでの余裕の表情が、苦痛と驚愕に歪んでいる。


 俺は立ち上がった。握りしめた掌の中に、アッシュブラウンの髪の毛が何本も絡みついている。


 これで勝てる。


「何しやがる、てめええ! せっかくブローした髪が!」

「ばあか、ひっかかったなあ!」


 舌を出して愛里彩を煽る。


「くそ餓鬼、くだらないことしやがって。もう絶対に許さない。示談なんて絶対にしない。社会的に抹殺してやるよ」


 愛里彩は口汚く罵るが、もう気にしない。


「覚えてろよ、悪女!」


 愛里彩がスタンガンを取り出そうと鞄に手を伸ばすが、もう遅い。

 捨て台詞を吐き、俺はその場から全力で駆け出した。


 夕暮れの高級住宅街を、髪の毛を握りしめて走り抜ける。背後から愛里彩の罵声が聞こえるが、振り返らない。


 これで、ブレインウォッシュを使える。

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[一言] わからせおじさんの粛清対象みたいなヒロイン
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