青年に憑いていった、その弐
マーンショーン!ふつうの!地の中でわらしが言う、憑いていった先は、ごくありふれたタイル張りの建物。
「ただいま……」
カチャカチャ、ガチャンと鍵を開けると一声かけて入る青年。並んでいる学校指定のローファーに、赤いスニーカー、革靴はまだそこには無い、
彼はハイカットスニーカーを脱ぐと、肩からデイパックをドサ、と玄関マットの上に置く、廊下の照明はつけない、代わりに携帯のライトをつけると、周りだけ白に照らされた廊下を歩き、ダイニングキッチンへと向かう。
冷えた室内、パチンと灯りをつける。腹が減ったな、と冷凍庫からピラフを取り出すと、皿に開けレンジにかける。
「おーかえりなさーいは?ここに二人、ニンゲンいるケドみんな部屋、つまんないなぁ、坊、つまんない」
足元からシュルリと出てきたわらしが、蛍光灯を背に受け浮かび、彼女のスカートのポケットの中に入っていた坊に文句を言う。
「じきに賑やかになるよぉ、僕を兄さんの肩に置いてぇ」
クリクリと目玉を白い毛の中で光らせて、わらしに頼む坊。ん!わかった!とそれに応じるわらし。レンジの前で待つ彼にフワリと寄ると、そこに置く。
ジー、ピピピ!と音が鳴る、アッチ!上着の袖口を使い皿を運ぶ青年、肩から腕をモジモジとつたい降りるナイなイ坊、肘迄来た時、イヤホンを押し込んだポケットに、ごそりと潜り込んだ。
食べよ、と携帯の動画を見ながらカチャカチャと食べる青年、途中冷蔵庫に向かい、ペットボトルの飲み物を取り出す。退屈だな、エイ!冷蔵庫の扉を閉めようとする手より先に、わらしがズンと押す、触らずともバタンと閉まるそれに少し驚く青年。
「イヒヒヒヒ、わらしちゃんやるぅ、ウヒヒ」
「キヒヒヒ、テレビてのつけちゃお、リモコンスイッチオンー!」
くるりと中を舞う、赤いワンピースがフワリと揺れる、ダイニングテーブルの上のリモコンを扱う、パッ!
「えええー?ななんで?どうしてついたの!」
ゴクンとジュースを飲むと、リモコンを手に取りそれを消した。おかしいなぁ、もう、と戸惑う彼を見て、ヒヒヒヒ、と笑うわらし。
「ウヒヒヒ、電気もパチパチパチパチー」
天井の蛍光灯がパパパパ、パ!
「あ?切れかけてるの?」
早く食って寝よ、と席に戻ると、ピラフをかっこむ青年、コクゴクゴクとそれをジュースで流し込む。皿をシンクに運んておかないと、母親がうるさく言うので、食事を終えるとそれらを運ぶ。
「えっと、イヤホン……、」
テーブルの上に置いていた携帯を手に取ると、辺りに目を泳がす。それが入れられているポケットがふこふこと動く。あ、そうそうと、手を入れる青年。
「ん?んんんん?あれ?無い!ナイナイ!」
「出た!ナイなイ!あるのにナイなイしてるう、クヒヒヒ!反対のポケットナイなイ、ズボンのポケットナイなイ!」
パタパタとあちこち叩く様に探す青年の様子が面白いのか、ケタケタケタと声立て空でわらうわらし。
「え、玄関?おかしい」
バタバタとリビングを出て、玄関に向かう青年、憑いていくわらし、そこで青年が、灯りをつけて、デイパックの外ポケットをゴソゴソと探っていると、
「お兄ィ、帰ってたんだ、何してるの?」
カチャ、ギィ……廊下の一つのドアが開いて、フリースのパジャマを着込んだ妹が顔を出すと声をかけた。
ん、ああ……、おっかしいな、やっぱキッチンかな?と生返事で答えると、バタバタとまた戻る、それに憑いていくわらしと兄の背を追う妹。
「んー、ナイ!ナイなイ!おかしいなぁ、ポケットに入れてたんだよ、あれ無いよー」
「あら、電気ついたからお父さんだと思ったけど、帰ってたの、何してるの、お兄ちゃんは」
「あー、美味しい、ん?イヤホンか携帯を何処かに、置き忘れたんじゃない?」
冷蔵庫からペットボトルを取りだすと、ゴクゴクと飲む妹、無い!おかしいなぁ?何処においたのと、あちこち探す兄。
「携帯手に持ってるじゃない、イヤホンでも無くしたの?よく無くすわねぇ」
「あ、ホントだ手に持ってるし、いいじゃん、イヤホン位ならまた買えば、バイト始めたんだし、ついでに私のワイヤレスも買ってほしいな」
母と妹の言葉に返事することなく、上着にズボンに、ポケットに手を入れ探す兄、イヤホンと坊が入っているそこは何か術でもかけられているのか、中のそれらには手を触れることが無い。
「えー!まさか落としたのかな?」
「線路によく落っことしてるよね、もったいなーい」
「落としたのなら仕方ないわよね」
「仕方無くないよ!あー、どうしよう、せっかく誕プレしたのにって怒られる」
二人の声にイライラと答えた青年、誕プレ、怒られるのワードに食い付く妹。タイミングを計ってピョコンと坊がポケットから飛び出した。シュルリと指し向かう人間達の間に入り、坊を拾うわらし。
「あー!あったぁぁー!良かったぁ、怒られないですむよ!」
三度も四度もポケットに手を入れたその後に、坊がいなくなり術が解けたのか、探していた物に手が触れた。そろりと握りしめ、取り出し確認をした青年、ぱっと弾けた笑顔、それはもう嬉しそうに声を上げる。
「ほほほほーん、バイトしてるから、何か怪しいと思ってたけど、そうかそうか、それはおめでとう、お兄ィ!ほらビールでも飲んで飲んで!」
は?何言ってんだよ、てかお母さんまで椅子に座って、何待ってるの?と聞く青年、妹がそれを兄に押し付けると、一口ジュースを飲んでから、ニマニマ笑いながら話す。ふありと蛍光灯の光を背に受け浮かび、その様子を眺めるわらしと坊。
「で、お兄ちゃん、可愛いの?その子、今度連れてきなさいな。お母さん気になる!」
「いやぁ。良かった、良かった。めんどくせーからって彼女作んなかったから、そっちの方かなって妹は心配していたのだよ」
「ほんとにねえ、あら、お父さんおかえりなさい。ちょっと聞いて聞いて、お兄ちゃん彼女連れてくるのよ」
「ん?賑やかだな、ただいま……、お?ついにお前も彼女が出来たのか?お父さんも心配してたんだよ、興味ねー、だったから男がいいのかとな、ワハハハ、とりあえずビール」
「ちょこっとお父さん頂戴!乾杯しなきゃ、ほらお兄ちゃんも開けなさい」
はいはい!と妹がネクタイを緩める父親に、それを取り出し手渡す。母親がグラスを水切りカゴから持ってくる、はぁぁぁ?な、なんでこうなる、そ、そりゃあ、モゴモゴと、ゴニョゴニョと誤魔化そうとする青年。
明るいダイニングキッチン、家族が集まり笑顔であれやこれ、話を交わしている。半時前迄は冷えた室内が、柔らかく温もっている。
キヒヒヒ、うん!楽しい!
わらしが赤いワンピをふありと揺らしてクルリと回る。
イヒヒヒ、ナイなイ楽しい!
白い毛玉の坊がフヨと毛を揺らしクルクルクルと回る。
「電気パチパチパチパチ!」
天井からスイッチに近づきおりると、ペチペチペチ!
パパパパパ!点滅する蛍光灯。
「あー、お父さん切れてるのかしら、蛍光灯」
「そういやさっきも……、テレビも勝手についたし」
「えー!やだー!ゆーれー?」
「そんなもの、い、いないよ、ほ、ほら兄ちゃん飲もう」
娘の幽霊発言に、言葉を引つらせた父親、親父ってば、そういや幽霊怖かったんだよな、とプシュッと缶を開けながら息子が笑う。それを受けて母親が笑う、娘も笑う、父親もバツが悪そうに、だけど幸せそうに笑う。
イヒヒヒ、楽しいの大好き。
坊が笑う、クルクルクル回って笑う。
キヒヒヒ、大好き楽しいの。
わらしが白い天井を、ふわふわ舞いながら笑っていた。
終、わ、り。