青年に憑いていった。その壱
木々に囲まれたお屋敷の奥座敷には、おべべを着た座敷わらしが住むという、物の怪は時な他愛のない悪戯を仕掛けたり、よる夜中に当主をそこへ呼び出し、相撲を取るのが楽しみであった。今は遠い昔の話。
常闇の夜の時が果てなく少ない、ザワザワと人が行き交い、常夜灯が瞬く街。車行き交う道の両側に整列している木には、きらきらとした、人工の青白い地上の星がある。
ふぃー、つまんないなぁ……と子供など起きていようが無い遅い時間、白いフリルとレースで飾られた、赤いふわふわなワンピースの女の子が木に巻かれた星を眺めていた。会社帰りのサラリーマン、腕を組み歩く恋人達、イヤホンをし黙々と歩く青年、時に警察官。だけど少女に気が付く者はいない。
「住みつける奥座敷ある家もさぁ、こっち、無いんだよね、ちょっとだけならふつうの家でも住めるんだけど、あんまり長く居着いたら家の運気吸い尽くしちゃうから、長居できなーい。はぁ、つまんないなぁ」
ブツブツ文句を言いながら、星から目を離すと行き交う車に目をやる。彼女の正体は、座敷わらしである。住んでいた田舎の大きなお屋敷が新しい若い当主の事情により、その屋敷が引払われると知り、引っ越しの時に、何も思わずに、ここ迄ついてきてしまった。そして新しい住まいは、わらしが思うものでは無かった。
「高い高ーい場所のマンショーンだったぁ、奥座敷無い!か、畳がない!相撲取れない!今のお金持ちあんなとこ住んでる、木の床ばっかだし、窓ばっかだし、イタズラしようにも、誰もちょこっとしか家にいないし……、家にいてもみんな別個の部屋だし、はぁぁ、昔にかえんないかなぁ、服までこっちのに変えてみたけど、どこにも住めないよぉ」
ぷく、と頬を膨らませて石ならぬペットボトルをカコン、と茶色いショートブーツを履いた足元で蹴り飛ばした、寄るべき場が無い哀れな旅ガラスの座敷わらし。
コロロロと回りながら滑り進むそれ、止まった先で、フこン!キュ!と軽くぶつかった音と鳴き声が、わらしに聞こえて来た。慌ててそれに近寄るわらし。
「あ!やだ!大丈夫?てか、お前なあに?」
わらしはしゃがみ込む、目の前には、小さな小さなモフモフとした毛玉があった。
「ボク、ナイなイ坊」
「ナイなイ坊?毛玉の名前なの?私は座敷わらし」
毛玉ちゃう、ナイなイ坊だよ!とぷゆぷゆと左右に動くと、少し怒ったような丸い目がちらりと見えた、あー、ごめん、それと蹴ったの当たっちゃってゴメンねとそれを手の上に乗せるわらし。
「へいき、痛くなかった、びっくりしただけ、ありがと、僕、道に落ちちゃったの、どうしよーかなーって思ってたの」
「ふーん、落ちちゃった?人間に取り憑いてたんだ。ふーん、悪い子なの?」
「クロイナイなイとちがう!シロイノ悪いことできない、ナイなイするだけ」
くるり、ぴょんと手の上で回り跳ねる坊。わらしはなんだか面白そうな奴だなと思う。
「ナイなイ、へえー、見てみたい、わらしイタズラ大好き、いひひひひ」
「くひひひ、僕もイタズラ大好き、仲良しになって、わらし、イタズラのお手伝いして」
僕小さいから動くの下手なの、と坊が話す。わらしに依存は無い、じゃぁ、適当に取り憑いてって、イタズラしよう!と言った。
「どんなのがいいの?」
歩く人を選ぶ、誰でもいいけど、イヤホンしてるのが面白いよと、坊が一人の青年を見つけて言う。じゃ、それについてこ、とわらしは坊と共に、音楽を聞きながらうつむき歩く青年の足元に、スルリと入り込んだ。