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怪談で始まる怪談

作者: 緑色の蛙

 

 ここは都内の大きな病院、その五階の一室。

 初夏のある日。電気を消してカーテンを閉めて、それでも外からの夕陽が部屋を赤く染める頃。

 ――廊下に出るとそこは薄暗くて妙に寒い。彼氏のお見舞いに来た帰り、その女子高生は不気味に思いながらもその廊下を進んでいった。

 異変に気づいたのは一分程歩いた頃だ。さっきからどれだけ歩いても視界に広がるのは薄暗い廊下だけ。突き当りも曲がり角も階段も見えてこない。

 大きい病院だからといって流石にこんなに長い廊下があるわけがない。第一来た時だってこんなに歩いてないはずだ。

 怪訝に思い、一度立ち止まって後ろを振り返った。同じように長い廊下が続くだけ。

 どう考えてもおかしい。そう思って近くの病室の戸を開けた。

 誰もいない。六台のベットは全て綺麗に整えられている。一度頬を張って痛いことを確認すると、廊下に出て周りを見渡した。やはり同じ景色げ広がるだけで、変わった事と言えばさっきよりも若干寒く感じることだろうか。あまりの不気味さに背筋が冷える。

 バックから携帯を取り出した。

 圏外。その表示を見て、息が詰まる。言葉が出ない。

 自然と涙が零れ落ちる。今感じているこの感情は、ホラー映画を見ている時なんかに湧き出る、ホラーと言う概念によって人間がいだく感情と同じだ。

 違うとすれば、自らが傍観者ではなく演者としてその場にいること。もっとも理不尽に役割を与えられた演者だが。

 気づいたときにはもう遅い。無限ループの廊下。誰もいない病室。もはや逃げ場も助けもなかった。

 そして、突然電気が消えた。ただでさえ薄暗くて不気味だった廊下は、もう真っ暗で別世界のそれ。

 全身から嫌な汗が吹き出し、鳥肌が立つ。目の前は長い廊下が続いてるだけだとわかっているのに前に進めない。

 座り込みたい衝動を抑えて立っていると、ピチャッと汗が落ちる音がした。顎から、指先から、滴り落ちた汗は自分の足元の床に跳ねてピチャッ、ピチャッ、ピチャ、と。

 感覚が麻痺したのか、いつの間にかその音は自分の後ろの方から聞こえるように錯覚。

 否、錯覚ではない思わず振り返った。目の前にはびしょびしょに濡れた白い服の長髪の女。その女は妙に光っていて、妙に透けていた。その髪の奥の瞳は、がらんどう。

 一目散に逃げ出した。真っ暗で終わりのない廊下をただ走って走って走って。

 一瞬後ろを振り返った。女は目と鼻の先。走ってなどいないのにピッタリと後ろを付いてくる。もはや動いてさえいない。衣も髪も揺らさずただ自分の後ろにピッタリと。眼球のはまっていない瞳は自分をしっかりと捉えて。

 夢だと思いたかった。でも違う。ずっと走って肺が痛い。足は今にも攣りそうな感覚。ちゃんと感じてしまう。

 走って走って走ってひたすら走ってもう何も考えられなくなって、転んだ。

 目を開けると薄暗くも明かりがついている。

 そこはおそらくナースステーション。しかし無人だ。廊下とは違う少し開けた空間。周りを見渡しても人はいない。そしてびしょびしょの白い女もいない。

 このあまりの突然さはむしろ恐怖でしかない。

 あの女は一体どこに行ったのか。それは――

 「お前の後ろにだぁぁ!」

 「きゃーー!!」「うわーー!!」

 夜でも暑いこの夏に、怪談を楽しむ四人の絶叫が病室に響いた。

 


 懐中電灯で下から自分の顔を照らし怪談を披露した中野彩(なかのあや)は満足そうに部屋の明かりをつけに行く。椅子に座って聴いていた岡田真司(おかだしんじ)小野寺奈津子(おのでらなつこ)はブルブルと震えていた。

 俺、山田翔太(やまだしょうた)は、夏休み早々交通事故にあった。彼らはお見舞いに来てくれた高校の友人で、夏だし怪談でもやろうという流れになったのだ。

 話の展開が読めてあまり怖くはなかったのだけれど。

 楽しい楽しい夏休みから一転。六台のベットが並んだ病室に一人、足を吊って退屈だった俺には良き娯楽であり励ましにもなった。

 もう時期日が沈む。

 「今日は来てくれてありがとう。楽しかったよ」

 「いいんよ、いいんよ。友人が大怪我して駆けつけるのは当然のこと」

 「治ったら海行こうぜ!」

 「お大事にね」

 そうして今日は解散の筈だったが尿意が来て皆で連れションする事になった。

 勿論男女は別のトイレで。

 真司に車椅子を押してもらって病室を出ようとした時。

 「なんかさっきの怪談のあとだと廊下出たくねぇな」

 そんな何気ない一言がフラグになるのは、もうお決まりの展開だったのだろうか。この時はまだ、俺たちが怪談の登場人物になるなんて思ってもいなかった。

 


 「彩、さっきの怪談ってどこから持ってきたの?」

 「ん、あー、実はね、この病院に伝わる怪談らしいですよぉホホホッ。あ、男子戻ってきたな。よし、スッキリしたことだし翔太を病室に戻して今度こそ帰ろう」

 そうして病室に戻ってきたものの、なんだか様子がおかしい。

 「あれ、お前の部屋ここだよな」

 最初に病室に入った真司はある筈の俺の荷物や見舞いに持ってきてくれた品がないことを指摘する。

 「部屋……間違えたんじゃないかな?」

 「そうだね! 全く誰だね間違えたのは」

 青ざめた顔で言う奈津子に彩はまだ事態に気づいていないのか、元気に賛同する。

 それからいくつか部屋を見て回ってもやはり俺の病室はなかった。それだけじゃない。俺の病室どころか、どこの病室にも人がいなかった。

 どう考えてもおかしい。廊下が一段と寒く感じるのは気のせいだろうか。廊下がずっと遠くまで続いているように見えるのは気のせいだろうか。

 俺は携帯を確認した。

 ――圏外。

 気のせいではない。もう分かっているはずだ。

 この病院に伝わる怪談。それはフィクションではなかったのだろう。

 「えっと、これ……もしかして」

 ようやく気づいたのか彩の顔も引きつってきた。奈津子は放心状態。真司は俺に引っ付いてブルブルと震えている。

 「おおお落ち着こう。こんな時にこそ冷ちぇいに」

 一番落ち着きがない彩に言われても困る。

 なんとか気を張って対策を立てる。話では後ろから液体の滴る音が聞こえるようになって、振り向くとそこに女がいるという。だが今ここには四人いる。ならばお互い背中を預けて女が来ないか確認し合えばいい。

 さっそく俺と真司が並んで奈津子と彩に背中を預ける形になる。だがこんな事をしても意味があるのだろうか。もし女が現れても、逃げたところで廊下は永遠と続いている。もちろん人はいないから助けなど望めない。

 「な、なぁ、どこでもいいから部屋に入らないか? 電気つけて皆で雑談でもしてれば何か変わるかもしれねぇだろ?」

 真司が提案する

 「そそそうだね。いい考えだ。じゃ、じゃあこのままの陣形でそこの部屋に入ろうか。」

 彩が賛同する。雑談をするテンションにはなれないが俺と奈津子も同意した。

 そうして俺達が動こうとした時。

 突然真っ暗になり、頭が濡れた。頭上から何かの液体が落ちてきたように感じる。皆硬直しているようだ。一斉に上を見上げると。――女

 びしょびしょに濡れた白い長髪の女。その瞳はがらんどう。妙に透けているが白く光っていて暗くてもよく見える。天井に逆さまな女はさも重力が上向きに働いている様に髪も服もこちらに垂れてこない。

 悲鳴と共に俺たちは走り出した。真司は俺の車椅子を押して全力疾走。

 どうやら分断されたらしい。彩と奈津子は逆方向に逃げていった。

 俺は真司に車椅子を押してもらったまま振り返った。女はこちらを追ってきている。動く動作はなく。髪も服も揺らさず。真司の後ろにピッタリと並んでいる。眼球のはまっていない瞳と眼があった。思わず目を逸らす。

 真司の息が切れてきた。そろそろ辛そうだ。

 「真司、俺の事はいいからお前は先にいけ。」

 あれ、これ俺が死ぬの確定のセリフじゃね? と思うが、真司にこれ以上無理はさせたくない。

 しかし

 「ふざけるな! 俺はお前を見捨てねぇ! 必ず一緒に逃げるんだ! それと、死ぬ時も一緒だ」

 泣けることを言ってくれる。こんな奴と友達になれて俺は幸せだ。が、今はそんなことを言っている暇はない。とにかくこの女から逃れる方法を探さなくては。

 もう一度振り返った。女はまだ真司の後ろにピッタリと並んで追ってきている。いや、あれは追ってきているのだろうか。真司の体力を消耗してさっきよりも遅くなっている。それなのに女は俺達を襲ってこない。

 「おい、あれ」

 真司の声に前を見ると薄っすらと明かりがついた開けた空間が見える。おそらくナースステーション。

 俺はもう一度振り向いた。女がいない。

 「真司、止まれ」

 急ブレーキに車椅子から放り出されそうになるがなんとかこらえる。

 薄暗い開けた空間。話に出てくるナースステーションだろう。話の流れだとこのあとまた女が現れて、その先は分からない。俺と真司はひたすら周りを見渡した。背後を取られないようにひたすら。おそらく無駄な行為だろうけど。

 突然反対側の廊下から足音が聞こえてきた。こちらに向かって走って来ている。

 真司に周りを警戒させ、俺は暗闇から向かってくる何かに意識を集中させた。

 薄っすらとシルエットが見えてくる。

 あの女ならまた逃げて来た廊下を引き返すしかない。

 「二人ともー! 無事だったかー!」

 しかし現れたのは廊下で別れた彩だった。

 感動の再開だが警戒は怠らない。暫くの間、三人で周囲を確認し合っていたが、真司の様子がおかしい。

 「も、もうだめだぁぁぁ!」

 真司は絶叫して逃げてきた廊下をまた走って行き、廊下に出てすぐの病室に入っていった。俺と彩も真司を追って病室に入る。

 真司は窓を開け外に逃げようとしていた。しかし、ここは確か五階だったような。俺達は真司を止める。彩が飛ぼうとしていた真司を羽尾いじめにして引き戻す。

 窓の外を確認するとやはり地上と十数メートルほど高さがある。これで死ぬかと言ったら絶対とは言えずとも危険だ。

 「もうだめだ! 助けて! 嗚呼あぁァァァ!」

 真司は床に転がってジタバタと暴れている。平静を保てていない。

 「落ち着くんだ! 皆で逃げるんだろ! 死ぬときは一緒だろ!」

 死にたくはないが真司は俺の言葉で少し落ち着いてくれたらしい。

 病室の電気はついていないが月明かりが差していてぼんやりと明るい。俺達は病室の中央に集まって警戒した。真司はまだ呼吸が洗いが、正気は保っている。彩も真司の背をさすりながら目を瞠る。手足は震えているのに、強いやつだ。

 無理やり動かした腕と血が溜まってきたのか足に激痛が走る。皆体力の限界だ。これ以上逃げるのは無理かもしれない。もう出てこないでくれと願ったのが間違いだったのか。

 ――バンッという音に窓の方を振り向くと。いた。外から窓にベッタリと張り付いた女は、空っぽの瞳でこちらを凝視している。 

 俺達の短い悲鳴があがる。

 本当にこいつは人を絶望させるのがお上手だ。

 ガラスが割れ女が中に入ってくる。俺達が取れる手段は唯一。逃げる。が、病室の戸が開かない。

 もう逃げ場がない。助けもない。できるだけ女から距離を取ろうと後退っても、壁に阻まれて無意味。

 女はと滑るようにゆっくりとこちらに近づいてくる。髪も服も揺らさず。空っぽの瞳はしっかりと俺達を捉えて。

 俺達との距離がニメートル位のところで女が止まった。ただじっとこちらを見ている。

 もしかして、この女はただついてくるだけで襲ってこないんじゃないか。だから廊下で逃げているときも後ろにピッタリ並んでついてくるだけだったんじゃないか。そんな可能性を見出した刹那。――女が両手を広げてバタバタと迫りくる。

 そして――

 本物の恐怖の悲鳴が月の沈む病室を震わせた。

 


 目が覚める。そこは病室で、俺は足を吊って寝ていた。太陽光が差して部屋が明るい。ベットの隣の椅子では真司と彩がベットの端に頭を預けて寝ていた。

 嫌な夢を見た。なんだか心臓の動悸が激しい。

 二人も嫌な夢を見たのか、起こすとお互い顔を見合わせ、良かったー、とだらしなく泣いた。

 あまり良く覚えてない夢の内容を三人で共有すると、面白いことに、僕達は同じような夢を見ていた。

 怪談なんかやるからだと、三人でで笑ったあと、真司と彩は親からの心配と怒りのメッセージに気づき、急いで帰っていった。

 看護師が持ってきた朝食を食べる。ひじきの質感が夢に出てきた女の髪の毛に似てなくもない。

 何を考えているんだとかぶりを振って、窓の外を見た。

 雲一つない晴天だが、外はとても暑そうだ。走って行く真司と彩の姿が見えて思わず笑ってしまった。

 最悪の始まり方をした夏休み。だけど、この夏休みはきっと楽しくなる。そんな気がした。

 

 

 ――そういえば、もう一人誰かお見舞いに来てくれていたような。

 ――そういえば、もう一人誰かと一緒にお見舞いに行ったような。

 そんな懸念は誰も口に出さなかったが、実際姿を消した人物が一人。

 ――小野寺奈津子は初夏の夜、誰からも忘れられた。

 怪奇現象。未だに科学で解釈できない原因。それは、被害者の記憶も存在も全て無かったことにされるからかもしれない。この夏、もう既に身近な誰かがいなくなっているかもしれない。

 

       

        (この作品はフィクションです) 

  

 

 

  

  

 



最後まで読んでいただきありがとうございます。

公式企画のページを見つけて書いてみました。

未熟な語彙や文章ですが楽しんで頂けたら幸いです。

ちなみに僕はお化けとか信じないタイプです。ていうか信じたくない。怖いからね。

感想、アドバイス、などなど頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後のオチがいいですね。 好みにもよりますが、ところどころで適宜改行して下さると読みやすいです。
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