胸騒ぎ
どんよりとした雲を見ながら、天気予報で降水確率は20%と言っていたから大丈夫だろうなどと考え、雅は学校に着く。
この日は寝坊はしなかったため、雅よりも遅く登校してくる遊斗、拓也とは会わなかった。
早めに登校して来た分の時間を勉強に充てる。「物理のプロセス」なる問題集を開き、試験対策を始める。教室にいる他の人のものも含め、シャーペンが立てる音が心地良い。
勉強というのは、人によっては楽しいものであるが、進学校の人間にとっても必ずしも楽しいものとは限らない。雅も同様であり、嫌いな教科はとことん嫌いであり、得意な物理以外は勉強する気がなかなか起きず、この日も物理に逃げた。おかげでますます物理の成績だけが上がって行く始末である。
勉強に集中していると、いつの間にかホームルーム直前の時間になっていた。ふと見渡すが、いつも余裕を持って登校してくる、同じクラスの奏海の姿がない事に気付いた。
珍しいな、遅刻か風邪かなと雅が思ううちに担任の赤上先生が入って来て、ホームルームが始まった。
「えーと、今日は高崎がウイルス性胃腸炎で休みなのと、川野が体調不良で休みだ」
雅は少し落胆し、前日までの奏海の様子を思い返したが、あまり体調が優れないという感じはなかった。不意に先週──5日前に、病院と駅をつなぐバスで話した時の事を思い出し、あの時は楽しかったななどとぼんやりと考える。やはり好きな人が学校を休むと、虚しい気持ちが襲って来るようである。
さらにその2日後。
「よう中村、やっぱり寂しそうだな!家にお見舞いでも行ってやったらどうだ?」
「そのぐらいにしとけ遊斗、雅泣いちゃうぞ」
「あのなあ……お前ら……」
雅の恋心はこの遊斗、拓也の二人には元々バレバレであり、二人して雅をからかってくる。
この日も奏海は休みであった。あまりまとまって学校を休む事はない奏海の事だけに、雅は少し不安になっていた。何せちょうど1週間前、脳の病気があると聞いたばかりなのである。休みが脳と関係ないと思っていても、無意識に心配してしまうものだ。
「まあ確かに休みは中学の頃からそんな多くない方ではあるけど、そんな心配しなくていいんじゃねーの?」
遊斗がもっともな事を雅に言ったが、心配云々の前に好きな人が学校にいないというだけでも少し気持ちは曇るものである。雅はそのうち来るだろう、とは思うもののやはり奏海の事を考えずにはいられなかった。もちろん学校に奏海がいる時はいる時で奏海の事を考えているのだが。
期末試験も近くなり、クラスの雰囲気も勉強ムードになる中、雅は少しぼんやりとしたまま過ごした。雅の気持ちに連動するかのように、連日天気は曇りが続いていた。
そして1週間後。未だ奏海は「体調不良」という形で、休み続けていた。「風邪」と言わない赤上先生に、雅は不安を通り越して少々の苛立ちすら覚え始めていた。雅は1週間ずっと空席だった奏海の席を見て、なぜか異様な胸騒ぎを覚え出していた。




