夢限②
振り返った雅の視線の先には、雅の兄が立っていた。
「雅?もしかしてもう一人って…」
「こっちが聞きたい、もう一人って兄貴の事?」
互いに見合わせて困惑する二人を見ていた男は、何かを言いたそうに黙っていた。
「まあいい、この男は説得できたのか?」
賢悟は男の方に向き直りながら雅に尋ねた。
「ちゃんと説得はできてないけど、思い直させる事はできると思う」
縁が亡くなった日から雅にとっては実質唯一の家族であった賢悟を雅は頼もしく思い答えた。
「何だ、いい加減にしてくれ。俺はもう言うべき事は言った。二度は言わせないでくれ」
男は近付いてくる賢悟に言った。
しかしそれを気にもせず、賢悟は言った。
「気持ちは分かる。俺にも愛する人はいる。その人を失った時の気持ちなんて想像もできない。だが、この世界であなたの妻が亡くなったのは事実だ。夢の中まで追い求めるのは、命への冒瀆だ」
賢悟は力強く言う。
「失ってもないのに分かるか。俺は──」
男の言葉を遮るようにして、賢悟は再び口を開いた。
「あなたのやってる事を見て、亡くなったあなたの妻はどう思うと思うんだ?」
「────」
直後、男は固まった。そしてしばらくしてうなだれる。
かなり狡い言い方である事を賢悟は自覚していたが、目的のためにはその言葉を発する事を厭わなかった。賢悟は、現実を見ていた。
そして賢悟は男に声をかけた。
「夢の先でも、全てが思い通りに行く訳じゃない。だったら現実で、残されたあなたの息子たちと少しでも有意義な時間を過ごしたらどう?」
このやり取りに、雅は強烈な違和感を覚えた。その違和感の正体が分かる前に、賢悟が雅に声をかけた。
「この女の子を夢から戻すぞ。この操作装置のデータを野田先生って所に転送して、そこから先は先生に任せる」
雅は野田と賢悟が知り合いであったのをこの時初めて知ったが、そんな事を言っている場合ではなかった。
「これでも医者の卵だからな。よし、転送完了…っと」
賢悟は野田に操作を委ねた。そして賢悟も雅も、部屋の中で座り込んだ男の姿を黙って見ていた。
長い時間の後、装置からピッという音が聞こえた。
「野田さんの操作が終わったんだ」
雅が言うと、同時に奏海が起き上がった。
「川野、大丈夫か!?」
雅が駆け寄ると、川野は困惑した表情で黙り込んだままだった。
「川野?」
脳をこれだけ操作された後では仕方ないかと雅は思っていたが、雅を虚ろに見つめる奏海の表情を見た賢悟の顔色が一変した。
「兄貴?」
賢悟の様子を見た雅は、心臓を素手で撫でられたような嫌な気持ちを覚えた。そして、奏海の第一声を聞いた雅は絶望する。
「あなたは、誰?」
──無理な操作の後遺症として記憶を失った奏海の姿を再度見て、雅は涙を流し、その涙が止まるのは遥かに後の事だった。




