村一番の美女
「村が見えた!」
ゼロスの声で走る速度を少し落としたものの、入口の見張りを無視して村の中まで入っていく。
抱えられたライラがようやく地面に立ったのは、その後のことだった。
「族長! 早かったですね」
「途中で、治癒薬を持っている方に会ってな! ケイロン! その方から受け取ったら、すぐに治療を再開しろ!」
帰ってきた三人に気付いて駆け寄る者たちの前で足を止め、ゼロスが指示を出す。
ライラは用意されていた箱の中に、治癒薬の中級を五本、上級を五本、アイテムボックスから出したように見せてスキルで作った。
「どうも、お嬢さん。空間魔法? それとも魔導具? 落ち着いたら研究でも」
「ケイロン!」
「そんなに大声出さないで下さい、族長。患者はさっき呼吸が安定しましたよ。では、中級を三本、上級を二本、使わせていただきます」
「あの、私は返してもらえなくても大丈夫なので、残りは保管しておいてください」
村の治癒薬が足りなくなっているということは、もう予備が残っていないということだ。
「ありがとうございます。お嬢さんの手持ちに余裕があるのでしたら、他にも売っていただきたいですね」
「師匠? ご自慢の金髪を丸刈りにされたくなかったら、急いで治療に戻ってくださいねー」
「いつものんびりしているくせに、アスクレーは人使いが荒い弟子だねえ。お嬢さん、残念ですが……次はゆっくりお話したいですね」
ひらひらと手を振りながら去っていくケイロンは、治癒薬が手に入ったことで治療の終わりが見えたのか、軽い足取りだった。
その後ろ姿を見ていたライラの視界に、すごい速さで長い金髪の女性が飛び込んでくる。
「父さん! なんで族長が一番に飛び出していくのよ! 兄さんも! どうして止めないで一緒に行っちゃうのよ!」
「落ち着け。オレはアスクレーだけでは心配で」
「他の人が行くって話だったでしょ!」
女性は元から凛々しい目元をさらにきつくして、クラトスの反論も最後まで聞かずに怒鳴りつけた。
「俺は族長だからこそ!」
「父さんも言い訳しないで!」
腕を組み、土埃が舞うほどの力で前足を地面に叩きつけると、口ごもらせた二人から視線を逸らしてライラに向き直った。
すっと女性の目元から険しさが減り、凛々しいだけになった立ち姿は、まとう魔力も澄んでいて美しく目が離せない。
「見苦しいところを見せたわね。アタシはアーロイ、よろしく」
「ライラです、よろしくお願いします」
「こどもらしくない話し方ね?」
「一応、十八です」
ここまで一緒に来た三人も含めて、聞いていた全員が沈黙した。
「失礼したわ、同い年なのね。もっと気軽に話してほしいのだけど」
ライラが幼く見えるだけでなく、アーロイは年上に見える。それは種族の違いや顔つきの他に、体型によるものだ。ライラだって普通には成長した胸だが、防具で隠されていて、アーロイは目立つ服装をしている。それだけではないほどに一方は重そうだったが。
「どことは言わないが、妹は一族の中でも目立つから、気にするな」
「うわー、僕ここまで抱えて来ちゃいましたー。成人女性になんてことをー」
ガツ、ゴス。そんな二つ分の鈍い音がして、投げられた石がクラトスとアスクレーに当たった。
「はあ、失礼したわ。同い年なら、もっと気軽に話してちょうだい」
二人の発言を聞かなかったことにしたアーロイが、にこやかな笑顔で繰り返す。
触れてはいけない何かを感じ取って、ライラも笑った。
「うんっ」
「それじゃあとは男どもに任せて、一緒にお茶でもしましょ? 食事も用意するわね」
「ありがとう。ほっとしたらおなかすいちゃった」
「たしかキノコのマリネがあったから、サンドイッチにするわ。ワイルドボアの肉は平気? 少しだけど、クッキーとバタークリームもあるのよ」
意識的に振り返らないようにして、族長の家でもあるアーロイの家へ向かう。
寛いで食事をしながら、体を休める。
アーロイの手料理は、どれも美味しくて話が弾む。肌がなめらかになるキノコの話から始まり、髪がサラサラになる月下草と種無しザクロを交換した。
竜の実とも言われるザクロは、普通なら種が気になって食べにくい。高価な品だが、竜族以外には食感が不評だった。ライラの持っているものが種無しだと知ると、アーロイは月下草を多めに渡すほど喜んでいた。もともと味そのものは好評で、高価だが美容に効果もあり、問題なのは種だったのだ。
月下草は葉だけでなく、この時期にとれる花の香油も貰った。
「そういえば、父さんたちとは森で会ったのよね? 一人で何してたの?」
「昨日の誕生日で十八になったから、街に行こうと思って。おじいちゃんのところから出てきたの」
「九月十七日生まれ? アタシ先月の三十二日だから、同い年ってだけじゃなくて、誕生日も近いのね」
「同い年なのに、アーロイは十八で村一番なんてすごい」
「弓作りだけよ。手荒れがひどいから、美容品は手放せないし……それでも好きなんだけどね」
もう何度目かわからないお茶のおかわりをして、ジャムを多めに入れた。
鮮やかな赤い液体は、目でも楽しめる。甘酸っぱい香りと味は冷めても美味しい。
「ライラは、カルカデ気に入ったの? 出しておいてなんだけど、酸味が苦手って人もいるのよね」
「え? この酸味がいいのに。ローズヒップのジャムも好きっ」
「ジャムは今だけね。来月から本格的に収穫だけど、一年くらい保存できるように乾燥させるの。気に入ったなら、カルカデだけでも持ってく?」
「こんなにおいしくいれる自信ない……箱じゃなくて、アーロイがいれたお茶を持っていってもいい?」
この後、ライラの作った水筒へカルカデを注ぐ作業が始まった。
「さすがに疲れたわ……」
そう呟くアーロイが溜息を漏らす頃になって、ようやく族長たちが家の中に入ってくる。
ゼロスとクラトスだけでなく、ケイロンとアスクレーも一緒だった。
憂いのない皆の表情からは、治療が無事に終わったことがわかる。口々にこぼす言葉を聞いていると、治療よりその後の話が長かったようだ。
「先に治癒薬の代金を渡しておく。その代金とは別に、村一番の弓職人が作った品から、好きなものを選んでもらいたいと思っている」
「アーロイの弓ですか?」
「ああ、もう妹が弓を作っているって聞いていたのか」
ライラとしてはすでにカルカデを貰い、交換とはいえ月下草と花の香油も貰っている。これ以上受け取って良いのか、悩んでしまった。
「お嬢さんは、弓以外のものがお望みですか?」
「いえ、弓が嫌とかじゃなくて、貰いすぎだと思って」
先程までのアーロイとのやりとりを話し、今貰っているもので満足していると伝えた。
それでも、邪魔にならないのなら気持ちとして受け取ってほしいと頼まれる。刃物はあっても弓はまだ持っていなかったので、アーロイのことも考えて受け取ることにした。
「部屋にすごいの置いてあるから、すぐ持ってくるわね。誕生日のお祝いだとでも思えば、貰いすぎなんてことないわよ」
ほっとする男たちより、弓が好きと言っていたアーロイが一番嬉しそうだった。疲れはどこへいってしまったのかと驚くほど、軽やかな足取りで奥の部屋へ入っていく。
アーロイの入っていった部屋から不思議な音がしてくるけれど、ライラはなるべく気にしないようにした。
「今度はどれを暴発させたのだ!」
「煙が無いから、まだ大丈夫……だと思うが」
「うわー、また治癒薬が必要なんてことに、ならないといいですねー?」
「私は低級が二本だと思います」
四人の不安になる会話を聞いて、念のためにライラは治癒薬を作っておくのだった。