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おじいちゃん

 九頭龍の体内で剣が作られている間、あまりに真剣な顔を並べた彼らを見てライラは声をかけることができずにいた。

 上手くいっているのか、いないのか。気になりながらも待つしかない。見つめていると、緑のがゆっくり首を上げて息を吐いた。

 直後、次々に安堵の息を吐いて首を上げ、九頭龍が騒ぎ出す。


「やったわい! こりゃあ最高の一本じゃ!」

「ここまでのものは初めてだな!」


 ハイタッチ代わりに、喜ぶ灰のへ青のが軽い頭突きをする。

 溢れる達成感と、喜びのあまりまだまだ作りたい、あれもこれも作ってみたいという衝動で大騒ぎだ。まずは祝い酒でも飲みたいという声も聞こえてきた。

 一目で成功したとわかり、ライラも安心する。

 牙に鞘の帯をひっかけた緑のが、頭をライラヘ寄せた。


「待たせたね、お嬢さん。おや? そちらも変わっているようだけれど」

「はい、着替え終わりました」

「ならこれも身に付けておくといい。剣を下げるものだよ。帯から鞘まで私たちの素材だから、長持ちすると思う」


 なんて贅沢な、そう声にならない声でライラが口をパクパクさせながら、鞘を受けとる。

 胴体の正面からは剣の柄がすっと出てきた。


「嬢ちゃん、落っこちる前に抜いてくれんかの?」


 灰のが首を下げて、剣が出ているところへ促す。

 ライラからは刺さっているように見えたので、痛くないようにと優しく引き抜く。剣は何の抵抗もなく手に取れた。

 見た目は目立たないものと頼んでいたライラでも、本当にここまで普通の剣に見えるものが出てくるとは思っていなかった。もちろん、剣自体が初めてのライラにとっては書庫で見ただけの普通だったが。

 いかにも神器と主張するように光っているわけでもなく、特別大きいわけでもなく。女性らしい手でもしっくりくる太さで、長さも振り回しやすいと感じられる。


「片手剣の、ロングソード?」


 書庫で得た知識から呟いていると、九頭龍から説明が追加された。


「色はちいとばかし白くなったがの。腐食無効、不壊属性といったところじゃ」

「ブレスも効かん」


 灰のは自慢げに顎をそらし、赤のが小声でつけ足す。

 さらに緑のが続けた。


「お嬢さんから受け取った素材の、どれよりも硬く、どれよりも魔力適応能力が高い、かな。材料が余ったから、短い剣もあるよ」


 まさかの二本目が出てきた。

 一本目を腰から下げて、二本目は鞘ごとアイテムボックスへ入れる。


「完成した合金は、素材に使ったものから……竜鉱石ウルツとでもしておこうか。言えないような素材も使ってしまったからね」

「地球での知識から持ってきましたから、言えないですよね。でも、言われなければわからないくらい、一つに混ざってるというか……とにかく効果もすごいし、本当にありがとうございます」

「核をどうにかしてしまうお嬢さんのほうが、すごいことをしている気がするけどね。そんなお嬢さんにも、納得してもらえるものになったようで、嬉しいよ」


 剣には盗難防止の術まで付与されているという。常にアイテムボックスへ収納して隠さなくても、装備する間も安心できるものだった。

 汚れを落とすくらいしか手入れすることがないのも、初めて剣を持つライラにとってありがたいことだ。

 いざとなれば魔法も使えるけれど、武器を持っているだけで一つ安心できる要素が増えた。


「お礼のお礼っていうのは変かもしれませんが、こんなにすごいものだと貰いすぎな気がするので、私からはお酒を」


 緑のとライラが話す横で、会話もそこそこに祝い酒と騒いでいた頭たちがぴたりと静まり、突然現れた樽へ視線を集中させる。

 酒樽を出したライラ自身より、高く大きな樽。それがいくつも並ぶのを見て、今までで一番大きな喜びの声が全体に響いた。

 漂う香りから、九頭龍にとって懐かしい日本酒だとわかると、灰のと茶のが我先にと頭を突っ込んだ。


「ああもう……。お嬢さん、悪いけどもう少しここに居てもらえるかな。これでは別れの挨拶も、落ち着いてできそうにないからね」


 別れと緑のに言われてから気付いたのか、目を丸くして空の樽を放り投げる灰の。


「なんじゃ、そう焦らずゆっくりしていけばいいじゃろ」

「夜だからな! 一人じゃ心配だもんな!」


 青のも、他の頭も、もう飲み終わった樽があるのかと誰も指摘しないまま、皆そわそわしていた。

 文字通り浴びるように酒を飲み、その頭をライラに擦り付けたせいで、用意したばかりの装備が酒臭くなる。大量の酒から漂う香りは強く、それだけで酔ってしまいそうだった。

 この世界でも元の世界でも成人しているライラだが、酒が飲める年齢であっても、今の体でどれくらい飲めるのかは全くわかっていない。


「せっかくだから、今のうちにいっぱい飲んでみますっ」


 この先誰かと飲む前に、飲める量を知っておいたほうがいいと、言い訳のように呟いてグラスを出す。

 美味しそうな匂い、飲んでみたい、そう感じている時点でライラは酒が好きなのだろう。


「いいぞ嬢ちゃん。ほれ、まだ新しい樽なら、頭も突っ込んどらん」


 嬉しそうな灰のが、無事な樽を教える。


「お、お嬢さん? 大丈夫なのかな」

「一応……倒れたらぼくが回復するから」


 心配する緑のと、回復すればなんとかなると思っている白の。

 つまみの代わりだと茶のが木を生やし、ライラの好みを聞いて果物を実らせていく。

 九頭龍が保存していた大きな肉も焼かれて。塩胡椒で味付けされた香ばしい匂いが漂う頃には、すでに酔っ払いができあがっていた。


「今ならどんなものでも作れそうじゃあ」

「そうかあ、嬢ちゃん……日本は大変じゃったな……」

「あ! おっきい肉がいい!」


 涙ながらにライラの話を聞く茶のの声は、自由に騒ぐ灰のと青のに挟まれて、聞き取りにくくなった。

 黙々と種無しザクロを皮ごと咀嚼する赤のは、すでに眠そうで、ザクロはライラのために作ったのだから残しておけと怒られている。茶のがいくらでも育てられるのだが、酔い潰れる前に頼まなければならない。


「お嬢さんにとって、今日が誕生日みたいなものだね」

「贈り物なら、僕は宝石が定番だと思う」


 緑のと黒のの声を聞き、灰のがはりきった。


「わしなら簡単じゃあ。嬢ちゃん、ちいとばかし、好きな石でも出してくれんかの?」


 何の話か聞こえていなかったのに、言われるがままに石を出したライラ。目の前で開かれた口の中へ、酔いもあってためらいなく放り込む。

 好きな石と言われて、すぐに浮かんだのは翠銅鉱。記憶にある自分の机に飾られていた、小さなものだった。


「見ておれえ」


 酒の回った灰のの声が響くと、地面から緑の石が生えてくる。ライラの渡した石と同じ色だが、大きさが違った。

 元は小さな結晶であるはずの石は、みるみるうちに大きく伸び、満足そうな灰のにぽきりと折られた。

 続いて飲み込まれる間にも、次の結晶が伸びて大きくなっている。


「竜結晶になっとるが、まあいいじゃろ。手伝え、緑の」

「増やしたウルツも使うの? 指輪に、腕輪に。玉璧を下げる紐は、髭でも使おうか?」

「ぼくの力も付与して……小さくて見えない……」


 九頭龍の巨体から見れば指輪など粒のようだが、それでもライラの親指の爪くらい大きな結晶がはまっている。結晶は存在感があって、宝石とは思えないほど硬い。

 他にも順番に吐き出される装飾品は、少し唾液が付いていたので、ライラは魔法で洗浄してから身に着ける。目の前で失礼だろうという行動は、誰も気にしていなかった。


「我からは、お小遣いを。硬貨になっていても、カパトルトもフェアトルトも我らにはただの素材なのだ。人里に行くならば、金銭の類はあって困るものではなかろう」


 紫のから硬貨の説明を受けてもよくわからなかったので、ポチに頼んで翻訳を調整してもらう。

 銅、銀、金は、色も似ていたため、硬貨がわかりやすくなった。他ももう少し大雑把にしたほうがいのか、とポチが悩んでいたけれど、ライラが調整できるものではないので任せた。

 貰った硬貨は銅貨と銀貨が多く、金貨も少しあった。九頭龍が以前森を移動した時に、気付いたら鱗に挟まっていたものだ。挟まっていた硬貨のうち、なるべく歪んでいないものを集めてある。


「私たちに何か頼りたいことがあれば、いや、いつでも好きな時に連絡していいからね。玉璧が念話石になっているから」

「ずっと一緒に住んでもいいんだけどな!」

「儂も寂しくなるが、世界を見るのも大切じゃろう。ただ、辛くなったらいつでも儂らのところへ来るんじゃ」


 この世界で出会ってから一日も経っていないのに、孫娘との別れを惜しむ祖父のような姿がそこにはあった。




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