初期装備・神器
九頭龍の話を聞いて、ライラはポチに相談していた。
『そうですか、それでお礼にと……。剣を頼んでみては?』
『剣?』
『ええ。ライラのスキルでも武器自体は制作可能ですが、九頭龍の神器は素晴らしいですよ。日本でも、ヤマタノオロチから出てきた剣のお話とかあったでしょう?』
違う個体ではあるが、九頭龍も体内で武器などを創れる。通常の鍛冶技術は必要なく、特殊な金属を扱うことにも長けているという。
神にならないかと勧誘しても断られ、せめて保護をという名目でこちらの世界に移住させたほど、力も強い。気が変わるのを待っているのですが、などとポチの愚痴が始まったあたりで、ライラは聞くのをやめた。
「お嬢さん? 何か私たちに叶えられる望みはありそう?」
「あの、剣をお願いしたいです」
「私の錬金術で? それとも、北の煌星から何か聞いたのかな? ……ああ、ごめんね、怖がらないで。私が感情的になってしまっただけ」
言いながら気持ちの整理をして、大きく息を吸う緑の。冷静になるよう首を振ってから、ライラに向き直ると頭を下げた。
「お礼と言ったのはこちらだ、喜んで引き受けよう。ただ、使う予定はあるのかい?」
「この世界には魔物がいるから、使うことになると思います」
「よっしゃ! 決まりだな!」
「緑のは剣のことに神経質すぎじゃ。さて嬢ちゃん、わしならどんな素材でも扱ってみせよう。使ってほしい素材はあるかの?」
ライラは少し考えて、素材をスキルで取り出した。
「これが、ダイヤより硬くて燃えにくいらしい、ウルツァイト窒化ホウ素。三千度でも溶けないらしいタングステン。あと、アルミ合金だけど、衝撃や金属疲労に強くて軽いジュラルミン」
なんとなくすごそう、と思った地球のものだ。
素材の説明を聞き、灰のが大喜びした。
「あと、武器といえば、ミスリル、アダマンタイト。って、あれ?」
確認のため鑑定したところで、違うものがあることに気付く。
ミスリルのつもりで出した素材は、リヒシル。説明を見ると、魔力適性が高い、魔剣への加工が他の金属に比べて円滑、使用者が魔力を流して使うことに有効、と表示されている。
『ポチ、またちょっといいですか?』
『ライラ。名前さえ呼べば、最初から話し始めても大丈夫ですよ』
『ありがとうございます。今、素材を出したら、ミスリルが別の名称の金属……リヒシルになって出てきました。スキルがうまく使えてないんでしょうか』
『ライラの想像したミスリルが、この世界のリヒシルと似ていたから、リヒシルが出てきたのではないかと』
『えっと、でも、アダマンタイトは同じ名称だったんです。ただ、竜鉱石の一種としか書かれてなくて』
『アダマンタイトは、とある転生者の願いが……アダマンタイトで作られた聖剣を持って勇者になる、でしたので、現存する一本だけ存在します。今出せたなら、その転生者が想像した聖剣と同じアダマンタイトだと思います。この世界では、他にない材質のため、竜鉱石の一種だと思われています』
三種類は地球から、想像したものは当てはめられて具現化した。その結果、リヒシルの存在と、アダマンタイトを持ち込んだ転生者の存在が知れた。
『ちなみに、聖剣は死亡時に回収予定です』
『アダマンタイトの人、まだ生きてるってことですか』
『ええ』
色々聞きたいことが増え、話が長引きそうになったところで、緑のから声がかかった。
「久しいね、北の煌星。お嬢さんから気配がするよ」
『今はただのポチでございます』
ライラを通して周囲に声が響く。
『また改めてご挨拶に……』
「こちらも聞きたいことが、山ほど増えたところだよ」
「そうじゃ。嬢ちゃんに変なことしとらんじゃろうな」
緑のに続き、ぐいぐい詰め寄ってくる灰の。他の皆も押し合いになりながら頭を寄せた。
驚いたライラが一歩離れると、ポチからの声が聞こえなくなった。
九頭龍はライラを威圧してしまったことに気付き、皆落ち込んだ顔で謝る。
「き、気にしないでください。あの、えっと、いっぱい材料ありますから、剣の話に戻りましょう!」
「そ、そうじゃの! 嬢ちゃんの持っとった素材も楽しみじゃ」
「体内には、生え変わりで抜けた牙や鱗もあるからな! それなら、剥いだり折ったりしなくても使えるな!」
灰のと青のが話にのり、他の頭もうなずく。結局、九頭龍の体の一部も使われることになった。もう変質していて体外に出せる状態ではないが、使うことに問題はないという。
そして山積みになった材料を、九頭龍が口から飲み込んでいく。胃とは別の器官に収まると聞いても、見ているライラは複雑な心境になるが、そういうものだと思うしかなかった。
「確認だよ。ウルツァイト窒化ホウ素、タングステン、ジュラルミン、リヒシル、アダマンタイト、あと鱗と、牙、血も使おうか。混ぜる割合は私たちに任せてね」
「はい。剣の見た目は、この世界で目立たないものにしていただけると助かります」
「これだけあれば、フェムトルトもフェアトルトもいらんのお……。古い竜鉱石は、ちっと使うかもしれんがの」
ライラが竜鉱石を書庫で検索すると、ドラグオーアが表示される。竜の住む場所で変質した鉱石、それぞれ異なる変質をするため一種に定まらないもの、と書かれていた。
含まれていた金属だけでなく、不純物まで全て変質した鉱石。混ざった状態なので自然の合金となり、非常に丈夫なものが多い。この世界には未知だったアダマンタイトも、丈夫さと不明さから竜鉱石に分類されたのだ。
「待ってる間に、着替えたりしておくので、ちょっとはじっこ行きますね」
移動中に装備品だけでも増やすつもりだったが、ここで着替えられるなら、ワンピースではないほうが動きやすいだろうと思った。崩れた岩に隠れてワンピースを脱ぎ、服をスキルで作って着ていく。
書庫を通販カタログのように使い、この世界の服を見ながら選んだ。唯一作っていたブーツはそのまま。生成りのようなシャツがゆったりと上半身を手首まで包み、ぴったりした黒革のショートパンツから色白の足が伸びる。
少しだけ見た森の様子から、冷えないようにマントも用意した。濃いカーキ色のフード付きマントは、ケープのように短めで、慣れないライラが足元を気にしなくてすむようにしたものだった。
「防具もあったほうが……この革鎧ならコルセットみたいでかわいいし動きやすそう。……全部黒でいいかな」
独り言を呟きながら、服の後は防具を選んでいく。他にも、アイテムボックスという名の無限空間収納があるにも関わらず、ウエストポーチなど。造形はともかく、決めた素材は珍しいものだ。さらに金具は、錆びにくいという記憶だけで、サージカルステンレスにした。
『ポチ。これくらいで大丈夫だと思いますか?』
『ライラ……何が大丈夫かはわかりませんが、安全性という意味でしたら、最初のワンピース一枚だって大丈夫でしょう。ステータスはシステム上の最大値なのですから。怪しまれない外見という意味でしたら、その……冒険者になるのでしたら』
冗談でもパン屋の娘には見えないし、商人にも見えない。
動きやすい服に防具まで身に付け、今まさに剣を作ってもらっているのだ。
『まだ住むところも考えていないので、色々見てからと思って』
『自由に旅をしやすいのは冒険者ですね。雇われでは自由がききませんから』
『そうですよね。なら、とりあえず冒険者っていうのは、記憶から先生が教えてくれた小説を参考に』
『待って、あ……。こほん。あまり参考にしすぎないでくださいね』
『最初だけです。実際にこの世界で暮らしてみたら、お話のようにはいかないでしょうから』
ライラはくすくす笑って答えると、九頭龍の様子を見に岩陰を出た。
そこには、心なしか広くなった空間と、真剣な顔をした職人のような姿があった。