過去の浄化
ライラたちが投げ出された広い空間には、金緑竜の姿があった。
金緑竜はアンデッドになっても、瞳が腐り落ちた以外は生きた竜と変わらない姿で。ただただ呻く、呪いの声を漏らしていた。
『壊し……解放……』
病んだ竜の魔力に捕らわれ、苦しむダンジョンが解放を望んでライラに縋る。
アンデッドの金緑竜には魂が残っていなかった。竜の形をしただけの、残留思念でしかないもの。
呪いを撒き散らす身体さえ、実在した竜のものではないかもしれないほど、強い感情だけで動いていた。思念が朽ちた身体を蘇らせたのか、思念そのものが実体化したのか。そんなものは、全てを呪う金緑竜には関係無かった。
「あれには竜核がない。当時の竜なら消滅したか……眠りについているから、ただの残骸だ」
「でも、苦しんでる……違う、悲しんでるのに」
焼き払おうとするヨシュカを止めて、ライラが金緑竜に近付く。
腐り落ちて空洞になった金緑竜の瞳は何も映さない。けれどライラは金緑竜の目を見つめるように視線を向け、杖を取り出した。
アンデッドになった身体だけでなく、残留思念も浄化するために。
「無茶だ、散らしてしまったほうが早い」
また集まるかもしれない、世界を呪うために。ただ残されただけの感情に魂はなく、悲しみ続けるしかない。浄化魔法は、穢れを払えても思念を癒やすものではないから。
これが魂であったなら、浄化され癒されるかもしれないけれど。
「やってみて無理なら、その時に諦めるから」
ライラの浄化に反応して暴れだした金緑竜が、大きく口を開けて襲いかかる。
竜の姿に戻ったカイが間に入って、暴れる金緑竜に噛み付いた。ライラから離れさせ、攻撃を当てさせないように庇う。
「カイ!」
「それっておいちゃんの心配? こいつの心配? あー、おいちゃんのこと心配してくれてるならいいんだけど。一応止めるだけにしておくから。浄化するのに集中して?」
できるだけ軽く言いながらカイは苦戦していた。
カイもヨシュカも、過去の竜の暴走を思い出し、救えるものなら救いたい。相手がたとえ、抜け殻になった別物だとしても。
ただ焼いてしまえばいい、跡形もなく散らしてしまえばいい、そうわかっていても。口では残骸だと言い聞かせていても。
迷いが爪を鈍らせ、牙をためらわせる。
このままライラに無茶をさせるくらいなら、全力で倒してしまえばいいとわかっていながら。
ライラなら救えるのではないかと思ってしまう。ライラが救いたいと望むなら。カイは、ヨシュカは、昔彼らを救えなかったから。
今が昔を変えることはできないけれど、思い出して迷う手を動かして金緑竜を押さえ続ける。
もがくように激しくなる金緑竜の攻撃で、カイの傷が増えていった。ヨシュカが回復魔法を使っているが、流れ落ちる血が傷の深さを嫌でも知らせてくる。
「懐かしいねえ」
「あの時も、こんな感じだったね」
呟き合うカイとヨシュカに、金緑竜が最後の力を込めた尾を振るった。
金緑竜は弾き飛ばした二人から意識を外し、空洞の瞳でライラを見つめ叫ぶ。
憎しみを込めた呪いを吐き出すものではなく、アンデッドとは思えない力強い声で。
「――――」
さらり、さらり、輝く粒子となって崩れていく金緑竜。朽ちて黒くなることなく澄んだ色で舞い落ちていき、静かに頭を下げたようにも見えた。
カイとヨシュカは、気絶したライラを神殿に運び、目が覚めるのを待った。
過去に竜の暴走で金緑竜たちと戦ったことを思い出して、力なく項垂れる二人。残された思念が強い力を持つほどに、当時の竜たちは深い悲しみに自我を失っていたのだと。
「これで救えたとは言わないけど……まあ、浄化できて良かったよ。嫌でも懐かしくなる。あの頃のカイは……」
「笑うなよ? 身体が若返ると、はっちゃけるっつーか、なんかこう……」
「ああ、精神がひっぱられる感じ? 俺も何度転生しても慣れない。神様だって幼く感じるやつもいるし、実際の年月だってどうでもよくなるけど……相変わらず、だとも思えて、再会した時に年寄りくさくなってないと安心もするよ」
約三百年前、共に戦った時と変わらない。変わったところもあるだろうけれど、過ぎた時間と同じだけ年を重ねたようには感じられない。成長していないというより、通常の人族とは時間の感覚がずれていっている。
「カイはちょっと落ち着いたけど、過保護に磨きがかかったんじゃない? カイに教えられた時は……ライラ様を守るって約束した時は、地球でライラ様を守ることになるなんて思わなかったな」
「……保護者慣れしすぎて、お前だって過保護になってるじゃねえか」
「そうかもね。それに……俺は、このままでもいいんじゃないかって思い始めてるよ。ライラ様には笑っていてほしい、何も考えず自分が幸せなように過ごしてほしい」
神殿の一室でライラが目を覚ました時には、カイとヨシュカの傷も癒えていた。
ダンジョンの核は二人の手で壊され、土地の浄化はオスカーがいれば大丈夫と伝えられた。ライラはダンジョンも救えなかったと落ち込んだが、浄化は済んでいたこと、残すわけにはいかない場所と言われて思い出す。事前の話でも壊すつもりでいて、ダンジョンも壊されることを望んでいた。浄化されてからも望んだかはわからないが、壊さなければいけない場所に残りたいと言われても困っただろう。
「一応、解決ってこと……?」
首を傾げるライラの頭を、ヨシュカが優しく撫でる。
「一応じゃなくて、解決したと思っていいよ。そうそう、落とし穴は案内してくれたんだと思うから、壊す前にお礼は言っておいた。伝わったかわからないけど」
「言われてみれば、強引だったけど、連れて行ってくれたんだよね」
他の者なら無事に着地できたかもわからない落とし穴だったけれど、ライラたちは無事だったから助けられたと思えた。実際、帰りはわりと面倒だったとカイが愚痴をこぼす。
「そういえば今って昼? 夜? 私けっこう寝てた?」
「寝てたっていうか、気を失ったんだけど……今は夜中だよ。食事できそうなら用意してもらうから、食べたらゆっくり寝なさい」
「いっぱい持ってるから大丈夫。なんだかすっごいおなかすいてるし、どれくらい用意してもらえばいいかわからないから」
ライラはベッドから下りて、テーブルにサンドイッチやスープなど食べたいものを並べた。熱々の串焼きも香ばしさを主張して、食欲を刺激する。
「……食欲がないよりいいけど、食べすぎないように。ああ、運んだ後そのまま寝かせちゃったから、防具とか外してから休むんだよ」
「ひ、一人分じゃないよ? 一緒に食べよう?」
「これが一人分じゃなくて良かったよ。一緒に食べていいなら……あ、ローストボアのサンドイッチもある?」
「おいちゃんは酒も欲しいなあ。パーッと飲みたい」
飲んで気分を変えるに限る、と聞こえないように呟いて、カイはライラから受け取った瓶を開けた。ライラが出してくれなかったら自分で持っている酒を開けるつもりだったが。
柔らかい風味なのに強い果実酒を、グラスにギリギリまで注いで飲み始める。
「あ、お父様の分もチョコレート用意してたんだ。いつ会えるかわからなかったけど、収納しておけば期限は気にしなくていいからって思って」
「ありがとう。ああ……地球でも義理チョコしかもらえなかったの思い出した……」
「感謝のチョコなんだから、落ち込まないで……」
遠い目をしたヨシュカに呆れながら、ライラはコロッケも食べたくなってテーブルの上に追加した。肉がほとんど入っていない代わりに、刻んだ野菜が色々入っている揚げたてのコロッケ。
「なんか懐かしくなる味のコロッケだね。たまに作ると、台所で一つ先に食べてたっけ」
「刺激のキツイ麦酒がほしくなるねえ」
食べようと出したライラより早く、カイとヨシュカがコロッケを口に運んだ。
「まだソースもかけてない……」
「いらないくらい美味しいよ? サクサクしてて、何個でもいけそう」
「私の分まで食べないでね」
「なあ、麦酒は?」
「瓶のやつが二本だけなら、持ってた気がする。アクアがしゅわしゅわって……そういえば、アクアもおなかすいてないのかな」
ライラが呼びかけても反応はなく、少し不安になる。いつもなら真っ先に飲み食いしそうなものなのに。
「アクアはまだ寝てるのかな。一本は残しておかないと……」
「明日には出てくると思うよ。起きたら、王都観光でもしてからルクヴェルに戻る? 今回の件は内密にってことだから、盛大に感謝されたりもしないし。神殿の関係者にだって表向きの理由しか……病んだ魔力に蝕まれてるってことしか伝えていないらしいから。神獣の回復祝いだとか、謁見だとか言われたら面倒だったけど」
ヨシュカは想像だけで面倒くさそうな顔をした。
三人が食事をしているところに、神獣オスカーと国王ルーカスも入ってきて、面倒だと書いてあるようなヨシュカの顔を見る。
「そんなに嫌がらないでください。大賢者と呼ばれた頃から、公の場が苦手なのは知っていますが……」
「今回も助けていただき、ありがとうございます。まさか竜が出るとは。他の冒険者を入らせる前で良かった、貴方方でなければ無事には済まなかったでしょう」
オスカーとルーカスから改めてお礼を言われ、何か欲しいものはないかと聞かれるが誰も思い付かない。特に必要なものもなかった。
さすがに何もなしというのは困ると頭を抱えた結果、迷惑にならない金銭くらい受け取ってほしいと頼まれる。依頼として呼び出したからには、前もって用意していたものだ。
他の冒険者たちと違い、ライラたち三人には国宝級の剣も杖も必要ない。解決したのにお礼で困ることになって、ルーカスは溜息を吐いた。オスカーからの加護でさえ、すでに別の加護持ちである三人にはあまり興味がなかったのだ。
「今後、何か必要になったら遠慮なく言ってください。神殿に来ていただければいつでもお会いします」
「王都を観光するなら案内しますよ?」
国王より気軽に外へ出ようとするオスカー。
「食べ歩きしたかったけど、アルテンに行く用事もあるから。また今度、王都へ来た時にするね」
「珍しい食べ物がお好きですか? 神樹の実……持っていきます? 白くて驚くほど美味しい……だけで、特別な効能があるわけでもない、リンゴですが……効能もあったほうがいいですか?」
神獣が住む神殿の庭で育てると、白いリンゴになる。神秘的なリンゴだが薬になったりしないので、取引に来た竜をもてなすくらいにしか出されていないという。実は神獣が意図的に力を与えれば薬になるが、普段は放置して育てるだけにしていた。
ただ、回復薬の類もライラには必要ないため、味が美味というだけで嬉しいものだった。
「朝になったら収穫するよう、シュテフィに伝えておきますので。帰る前に受け取ってください」
シュテフィは神獣の世話係のようなものらしい。
収穫できる分だけ受け取る約束をして、ルクヴェルに戻る話になる。
「帰りは俺も途中まで運んでもらっていい? 一人でも、っていうか一人ならすぐ戻れるけど、疲れるんだ」
「そういえば、ポチに伝えた次の日には朝早くから神殿にいたよね……た、大変だね。小人族の村に戻るの?」
「そのつもり。リーベの近くで降ろして」




