屋台完成、祖父襲来
お好み焼きの屋台がついに完成した。嬉しそうに尻尾を揺らす狐獣人のフェリックスからその話を聞いたのは、ライラがルクヴェルに戻った次の日だった。
フェリックスのいる店に入るなり、屋台について力説が始まって暫く、ライラはただ聞くしかできない。
「屋台の作りはこれくらいにして、次は材料だね。ライラが採ってきた、根っこみたいなものが……なかなか仕入れの目処がたたなくて大変だったよ。色々試したら、ヤマトイモが一番美味しくなって、かつ森で群生地も見つけたって報告があったから、用意できた。ヤマトイモなら足りなければアルテンからも少しは仕入れられるから、これでやっと開店できる」
ケンタウロスの村で仕入れたお好みソースに似たものも、安定した代用品を探したり、新たにソースを開発するところから頑張ったそうだ。ソースはスープに入れて味の深みを出したり、炒め物に使ったりが主だったため、たっぷり塗ることを想定して受け入れられやすいものにするのが大変だったという。
フェリックスとカールは、お好みソースに似たものそのままでも好みだったようだが、用意できる量が少ない。
ようやく開店の目処が立ったところで商業ギルドに基本のレシピを公開して、制限はかけず、使う材料によって競ってもらえればいいと決めたようだ。
「ヤマトイモは先にうちが仕入先を確保したから、ふわふわ感なら負けないつもりだよ」
「あ、ソースと一緒にマヨネーズをかけてもおいしいよ。それと、川魚のカツオブシをふりかけたり。猫獣人さんなら詳しい人が見つかるかも」
材料に違いがあっても、加工食品の方法としてなのか、カツオブシという呼び方をされていたものを思い出す。以前行った店で使われていたのだから、探せばルクヴェルで手に入るものだろうと考えて提案してみた。
目を輝かせたフェリックスが食いついたところで、ライラが質問責めにされないようカールが間に割り込む。
「フェル、それくらいにしておけ。ライラが困ってるだろ。ああ、でも他に、ライラに聞きたいことがあったんだ。今川焼きの鉄板? みたいなやつって、どういう作りなんだ?」
今度はカールが、フェリックスを黙らせてライラに話を始める。お好み焼きの屋台について進めていくうちに、今川焼きも食べたくなったという。今川焼きと大判焼きの違いも聞かれた。
丸いのが今川焼き、大判小判に似せた楕円のものが大判焼き。大判焼きが円形に戻ってからも名前だけ残ったせいで、結局は同じようなものになっているから好きな呼び方でと説明しておいた。
地域による違いはわからないため、カールの食べたいと言っているものなら今川焼きのレシピで大丈夫だろうということになる。小豆餡が難しそうなので、カスタード系だけになりそうではあったけれど、話していくとライラも食べたくなった。
カールはお好み焼き同様に、今川焼きを写真でしか見た記憶がないらしく、興味津々だ。
「焼くのに使う、鉄板みたいなやつの作りが説明できなくて、制作の依頼を出せないでいるんだよ」
「それなら、一つ見本があれば複製を頼める?」
ライラはカールの前で、今川焼を焼くための型を出した。スキルによってその場で出したが、魔法で収納していたように見える。
「この型と、レシピの紙を渡すから、完成したら私にも食べさせてほしいな」
「い、いいのかよ……まさか貰えると思ってなかった。教えてくれるだけでも助かるのに……ありがと。こっちで憧れの日本名物が食べられるなんて嬉しい」
「私も食べられたら嬉しいから、うまくいくといいね。他にも、肉まんとかピロシキだったら、今あるもので作れそうだし、食べ歩きしたくなるよね」
「ああ、そういえばそうだよな。肉まんはジャガバターの店で、ピロシキは揚げ物屋の店で、試し売りから始めてもいい」
別の商売の話を始めた二人を見て、フェリックスがしっかりメモを残していた。
自分が食べたいからと、ライラは話したもののレシピを出していく。お酒を受け取るために店の方へ来たというのに、うっかり忘れそうになるほど屋台と新しい料理の話で盛り上がってしまった。
「二人とも、パンを丸ごと揚げるなんて面白いね。揚げドーナツなどの揚げ菓子があるのだから、生地が揚がってまずくなるわけないと思うけど。どうしても甘味が多くなるから、パン屋よりも、唐揚げなどの揚げ物屋で試すっていうのは賛成だよ」
「油に溶け出した味が混ざるもんな。ギルドの酒場にレシピ持ち込むって手もあるぞ、フライと同じ要領で作って……つまみにはならなくても、近場への携帯食になるんじゃないか?」
フェリックスとカールの雰囲気が、世間話から本格的に仕事の話になる。
のめり込んでしまう前にライラが声をかけて、お酒を受け取り店から出た。レシピさえ渡してあれば後は任せられる。
店の外で串焼きを食べながら待っていたカイと一緒に、次は冒険者ギルドへ向かう。ダンジョンの温泉について詳しい情報が聞きたかった。
ライラたちが冒険者ギルドの中へ入ると、ギルドマスターのベルナルドが強張った顔を僅かに緩めて迎え入れた。緊張しきった顔に、やっと僅かな安堵が宿ったというところだ。
ベルナルドがぎこちない動きになるほど緊張していたのには、訳がある。
「ライラの祖父だと名乗る者が来ている」
「え……おじいちゃんが?」
どう見たって冗談を言う表情ではないベルナルドから、祖父と名乗る者が来ていると聞いてもライラは信じられない。九頭龍は人化できないのだ。
ギルドの中に九頭龍の気配も感じられない。ならば、偽物なのかといった不安も過る。
「今、ギルドにいるんですか?」
「別室で待ってもらってる。さすがに受付や酒場じゃ、ちょっとな」
「あの、ものすごく気を遣ってるみたいだけど……」
何に対してベルナルドが気を遣っているのか、いまいちわからない。本物か偽物かわからないライラの祖父だからか、というよりは、訪れた相手そのものが扱いに困っている感じだった。本物だろうと偽物だろうと、いや、偽物だったとしても丁寧に扱わなければいけないような相手のようだ。
「とにかく、会ってみてくれ。ライラが会えばわかるだろ」
「そうだよ。私と会ってもわからないなんて、言わないでね」
ベルナルドの真後ろから声が聞こえた。
誰も立っていなかったところからの突然の声に、聞いていた全員が身構える。
「おや、物騒な気配を向けないでほしいね。それとも、こういった挨拶がお好みかな?」
姿を現した男の気配で、周囲の空気が物理的に重くなったような感覚が満ちた。
男は、祖父と名乗るにはかなり若く見え、背筋もスラリと伸びていて長身。冒険者が集まる場に似合わない学者のような服装ながら、学者と呼ぶにはたくましい。
男が微笑んでいるだけなのに、ライラとカイ以外は皆息を止めて、その場を離れたいのに動けずにいた。
カイはほとんど影響を受けていないにも関わらずガタガタ震え、ライラに助けを求める視線を向ける。
ライラは、カイの視線に気付く前に、駆け出した。
「おじいちゃん! 冗談になってないから、怖がらせないで!」
ガシッとライラがしがみついた直後、威圧感のある雰囲気は一瞬で散った。
「かなり手加減したつもりだよ。まだこの体に慣れていないせいかな、ごめんね」
ギルド内を恐怖に陥れたけれど、おかげで九頭龍の気配が感じられた。先程までは全くわからなかったのだ。
九頭龍は、人化はできない。そこで、別の器を用意して、器に意識を移してルクヴェルに来た。本体はライラと出会った巣穴に残っているし、ルクヴェルに来た器の中は一首だけ。どうにか会いに行けないかと試行錯誤した結果、今の状態になった。制限されているとはいえ、ある程度の力も使える。
「一応、この体の時は翡翠と呼んでほしいかな。安定しているのは私だけ、他はまだお留守番ってところだね」
「どうしてルクヴェルに?」
「会いたいだけではだめかい? もう少し待っていてとお願いしたよね。会いに行く準備はずっとしていたよ。まさか、急ぐ理由が……こんなに早くできるとは思っていなかったけれど」
翡翠は目だけが笑っていない笑顔でカイを見る。
空気が元通りになったはずのギルド内で、他の者たちが動きを取り戻しているのに、カイだけはまだ震えていた。
「まあ……君ならしかたないのかな」
今度こそ圧力のある空気は完全に解れ、青ざめたカイが全力で素早く土下座した。
種族ごとに特有の謝罪方法というのもあるが、種族を問わず謝罪が伝わるとして広まった共通のやり方だよ、と笑顔で翡翠がライラに話している。
カイは土下座を無視されたところで関係ない、態度で示しておくことが大切なのだ。
「少し、見させてもらったよ。今まで通りでかまわない、皆には私から話しておこう。ところで……ギルドに来れば会えると思っていたけれど、今日は何の用事で来たのかな? あまり邪魔になってはいけないからね」
「あっ、温泉のことを聞きに来たんだった。せっかくだから、翡翠おじいちゃんも一緒に行こう?」




