願いは一つ
「では、記入できる紙をお渡ししますね。感覚でペンも動かせるようにしましょう、そのままでは難しいでしょうから」
あっさり希望を受け入れられて、きょとんとしているうちに紙とペンが現れた。
紙に個体情報の項目らしい文言が浮かぶ。
名前、年齢、種族、各能力値、スキル、ギフト。スキルと翻訳されているのは、能力や体質、魔法など使える力全般だ。
「名前も自分で決めていいんですか?」
「都合上、器が十八歳くらいになりますので。親が名付けをする、赤子からではないのです」
とりあえず、年齢に十八と書いて他の項目を見た。
名前の欄には、ライラ、とだけ書く。姓はない。なんとなく、日本人らしい名前は避けた。
「……素敵なお名前ですね」
「ライラックの花が好きだった……ような記憶があるので。転生先で違和感があるなら、変えますけど」
種族は人族を選び、能力は最大値に。スキルには、記憶にある便利そうだと思うものを思いつく限り書き込んでいく。行った先で、何があっても大丈夫なように。
定番のアイテムボックス無制限に始まり、全属性魔法、鑑定、解析などなど。名称が思い出せないものは効果をそのまま書いて、欄が埋まっても裏に追加で書いていった。
「さっき、冒険者と翻訳されるお仕事の……って言い方だったから、異世界言語翻訳もスキルに……。先生の小説にはもっとすごいのあった気が、あとは……」
記憶から一つでも多く取り入れようとしているのか、重複も増えてきた。
「ライラさん」
「さん付けなしでお願いします。あっ、無理なスキルとかあったら、後で消しますから」
「ライラ、口を挟んで申し訳ありませんが……。何でもわかるやつ、というのは、書庫の閲覧権限をシステム上の上限まで付与しましょう。すごいの作るやつ、それは道具作るやつなど他いくつかまとめて、錬金術に含めます。あとは現存スキルに無い創造、回復薬生産を新設しましょう。通常の生産と違い……薬草などの材料からではなく、薬自体を生産するようなスキルが希望という意味ですよね?」
どこからか取り出した別の紙に、ポチが内容を整理して書いていく。
何でもとは言っていたものの、存在しない能力まで使用可能にしてくれるのかとライラが驚いているうちに、紙は綺麗な文字で埋まっていった。
「さすがに表示すると困るものもありますので、こちらで管理しておきます。ギフトに加護を付与するので、スキル欄に表示されないものはそちらに含まれているということで。表示されないだけで使用は問題ありませんから、ご安心を。あと……この、ポチと一緒……って、どういう意味でしょう」
「一緒に転生先へ……は無理なら、会話だけでも、お願いします」
「…………念話のスキルもあるので、加護にこちらへ繋ぐ権限を付与しましょう」
地上へ行くためには、今見えている姿と違うものになってしまう。現在の小さな獣を模した姿が仮初なら、実体化するための肉体も仮初の何かを使うしかない。
行けるものなら、と言葉にすることなく、ポチはやんわり同行を拒否した。
「忘れていました、異世界言語翻訳という能力は……名称を言語翻訳にしておきますね。転生が完了すれば、貴女が生きる世界は、貴女にとって異世界ではなくなるので」
話を変えるために次の項目へ急いで進めていく。
「ポチさん、その、翻訳ってどんな感じになりますか?」
「私もポチとお呼びください。言語は今こうして話している感覚です。言葉だけでなく文字も含めて。種族特有の言語も対応します。物質や魔物などの名称も、知識に近いものがあれば実在に関係なく……大雑把に」
「ええ……」
「そういえば、日本語は一人称が多いですが、英語ではI、といった違いは雰囲気で」
スケッチブックのようなものを取り出して、説明しながら文字を見せる。
「似た言葉や、音はどうなりますか? 子供の竜、子竜、古い竜、古竜、みたいな」
「子はチャイルド、古いはオールド、このように言語が違えば似ていないものもあるので何とも……。同じでも、例えば雨と飴など、すでに発音の違いで認識しているでしょう。生活していて、意思の疎通に問題があれば教えてください」
それから、ライラの問いかけにいつでも対応できるよう、専用の分身ポチを用意するところまで約束させて。やっと次に進めるのだった。
「各能力値が最大値、スキルに全属性……内容にもばらつきがあるので、種族は精霊族とのハーフに変更しても大丈夫ですか?」
「えっと、見た目が変わらなければ大丈夫です」
慣れない姿形になって困るよりは人間のほうが、というつもりでライラから出た言葉にポチの表情が曇る。
「地球で生活していた時の外見が希望ですか?」
見た目が変わらないというのは、年齢こそ若返るが髪色などもそのままという意味か、と。
「あっ、見た目が人間のままならって意味で……。でも、お父様は……森野先生は白い髪でも気にしないでくれたし、思い出でもあるから、自分の髪を嫌いになれなかったので……大丈夫ならそのままで。足はさすがに、魔物もいる世界なら歩けるようになりたいですけど」
「そうですか。では、人族と精霊族のハーフ。髪は白……。髪以外に変化が出てしまいますが、全く同じにならないのは、転生後の世界へ適応する際の調整だと思っていただければ」
光が集まって繭の形になり、中に人型の姿が透けて見えた。
ぼんやり見える、鎖骨を隠さない程度に伸びた白い髪。十八からと話していたわりには幼さのある顔。瞳の色は瞼が閉じていて見えない。
記憶にある姿と似ているのか思い出そうとするが、鏡を見た覚え自体が少なかった。
身長は成長期を終えた頃でも百六十に届かなかったと思う。これから生きる世界では小柄なのだろうか、それとも平均より大きかったりするのだろうか、また聞き忘れていた、などと思考が巡る。
「一応、使用する種族に報告しておきますから、人族の方は父親みたいなものですね」
「えっ、その人いきなり十八歳の子持ちになるんですか?」
「相手の心配ですか。事前に、使用する可能性がある種族で話せる者には許可をいただいておりますので……。ただ、一緒に暮らすわけではありません。それでも、何かあった時には力になってくれる人だと思いますよ」
声を聞きながら、自分の器になる肉体を見つめているうちに、ライラの意識は再び眠るように落ちていった。
悲しみに囲まれながらも恨まず、優しさを忘れなかった彼女が再び生ある世界へ。
「今度こそ、悲しまず……。ただ、世界を愛せますように」
その声は、大切な母親に、姉妹に、娘に、恋人に。
大切な相手に、どれほど想っているか伝える時のような、心底優しい声音で。
残されたポチは静かに祈って丸くなった。
「もう少し、ですから……」