パーティー
大発生の魔物討伐が終わってから、ライラは後日いつものように気軽な足取りで入った冒険者ギルドで、領主からの招待状を受け取っていた。ギルドに登録していないカイの分もある。
大量の魔物を屠っておいて、討伐数が少なかったとは思わない。けれど、いざこうして招待状を貰うと戸惑ってしまう。
必要になったドレスは、フェリックスが「普段扱うものとは違い専門外だけれど」と言いながら、知人の店を紹介してくれた。
領主の屋敷で開かれる食事会、といっても立食形式の気軽なものだと説明されていた。
緊張はしていても、案内されるまま大広間へ入る。
「おいちゃんの腕、もげそうなんだけど」
「ごめん、まだ慣れなくて、歩きにくい……」
緑のグラデーションになったイブニングドレスと、ヒールの高い靴は、どちらも普段着やブーツと違って動きにくい。装飾品は九頭龍が制作したものを身に着けている。ライラは緊張もあって気付いていないが、たどたどしい歩みも周囲から見れば愛らしく、装いが驚くほど似合っていて視線を集めていた。
「カイの貴族みたいな服装も見慣れない……変ってことじゃないんだけど」
「そりゃーね、おいちゃんこれでも、国王にだって会ってるからねえ。じじいに言われて、嫌々着てただけなんだけどさあ」
小声で話しながら、ライラは先に来ている知人がいないかと、周囲を気にしていた。あからさまにキョロキョロするわけにはいかなくても、冒険者ギルドで面識のある者がいればと思ってしまう。
まるで貴族のようなカイをずっと見ているのも落ち着かない。普段から一緒にいるけれど、だからこそ見慣れない姿というのは違和感があった。
「なあ、嬢ちゃん。腕は握りつぶすもんじゃなくて、かるーく手を添えるだけでいいのよー」
カイはわりと本気で痛みをこらえながら、それでも顔には出さないようにしている。
とりあえず何か飲むなり、食べるなり、せっかく来たのだから少しくらい楽しもうと、カイが食事の用意されたテーブルを指す。
それでも動かないライラに、真っ赤なドレスを着たフェリーツィタスが歩み寄ってきた。
「やっぱりライラも来てたのね。何も食べていないなんて珍しいじゃない」
「フェリ、よかった……緊張しちゃって」
前世の記憶でもこのような機会はなかった。なんとなく、どうしても他とは違った緊張感があるのだ。
「ベルホルトとベルンハルトも、兄弟揃って来ているわよ」
「知り合いがいて安心した。ロアたちは……他の知り合いは、遅れてくるって聞いてたから」
「グライフも知り合いでしょ? 一緒に来なかったの?」
「ギルドマスターと同じ馬車で向かう、って言ってたような……」
「覚えていないの? ふふっ、そんなに前から緊張していたのね。珍しいところが見られたわ。可愛い」
からかってくるフェリーツィタスに促されて、食事の用意されたテーブルへ足を運ぶ。
カイは二人から離れて、目の届く壁際に酒を持って寄りかかった。
アクアは姿を隠したきり出てこないが、異常があったわけでもないので気が向いたら出てくるつもりなのだろう。いつものように肩にでも乗っていれば、少しはライラが緊張せずに済んだかもしれないのに、呼んでみても嫌がるだけだった。
「このキッシュ美味しそう」
「ライラが好きそうな白ワインもあるわよ。あら、火酒もあるわ」
選んでいるうちに緊張もほぐれ、一緒に料理を食べる。
一口サイズに盛られた生ハムやローストビーフのようなもの、ポテトサラダ、宝石のように丸くキラキラした野菜のグラッセ。
白ワインも三種類ほど飲み進め、赤ワインにも手を伸ばす。
笑って「飲みすぎないようにね」と呟くフェリーツィタスも、色気のある胸元をほんのり赤くして、何杯目かの火酒を空にしていた。
ある程度胃が満たされると緊張も落ち着き、ライラは酒を片手にカイのところへ戻る。
カイは大柄な獅子の獣人に話しかけられたところだった。
「ようこそお越しくださいました。王都でお会いして以来ですね」
「ええ。本日はお招きいただき、ありがとうございます。ギルドに登録していない身ですが、よろしかったのでしょうか?」
「もちろんですとも。カイ様のご活躍は耳に届いております。素晴らしい従者をお連れだとか。その方が冒険者で、さらには共にご活躍なさったと……。それが無くとも――」
「お待ちください、グォンダレオン卿。私は、従者など連れてはいませんよ。……あの方には私から頼み込んで、傍に居る許可をいただいています」
カイがライラに気付いて視線を向けると、追うように獣人の男もライラを見た。
側に歩み寄ったライラは、カイの言葉遣いが普段と違うことに何か言いたいのを飲み込んだ。裾は踏まないよう少しだけ持ち上げ片足を後ろに引き、もう片足の膝を軽く曲げ、再び緊張した背筋は伸ばしたままそっと頭を下げる。
「ライラ、この方がレーベウス家当主……現領主、グォンダレオン卿。レオルカナン・レーベウス」
「お会いできて光栄です。私たち、本日をとても楽しみにしていました」
「こ、こちらこそ、ご出席いただけて光栄です。お二人のような方をご招待できたことは、レーベウス家が国からグォンダレオン辺境伯の任をいただいて以来、一番の栄誉と言えるでしょう」
ライラの仕草や容姿に見惚れていたレオルカナンは、戸惑いを強引に隠した声で返す。
「本来ならばもっと早くご挨拶すべきところを……」
レオルカナンが申し訳なさそうに眉を下げて、周囲に目を向けてから話し始めた。今回の催しは貴族同士の集まりと違い、順に挨拶をしてからではなく、出席者がある程度料理などを楽しんだ後で顔を出すようにしているのだという。少しでも気兼ねなく過ごしてもらえればといった考えだ。
話の途中、レオルカナンは誰かに気付いた様子で手招きをする。
呼ばれた獣人が二人、ライラたちのところへ来て頭を下げた。
「ご紹介いたしますね。息子のライモンドと、リカルドです。二人とも、こちらの方がライラ様、アーディ一族のカイ様だ」
「俺は前線で会っている。いやあ、あの時はほんと助かった」
豪快に笑ったリカルドの顔には、確かにライラたちも見覚えがあった。率先して群れに飛び込んでいき、指示を出していた獅子の獣人だ。
「リカルド、その態度は失礼だろう」
「うぐっ。兄さんと違って慣れてないんだ。すまな、すみませんでした」
「いえ、お気になさらず。ライラも私も、敬われるような身分を持たない立場で、この街の暮らしを楽しませていただいていますから。……街へ入ってすぐに呼び出さなかったのは、グォンダレオン卿のご配慮でしょう?」
貼り付けたような笑みを浮かべるカイに対して、恭しく下げそうになる頭をぐっと固定して微笑み返すレオルカナン。
カイは今後もあまり過度な待遇をしてくれるなよ、と言外に釘を指している。
「で、ではこのあたりで……引き続き楽しんでいってください。ご要望があれば使用人へ――」
「お心遣い感謝いたします。どれも素晴らしい品ばかりで、満足していますよ」
にこやかに三人を見送って、カイは酒のグラスに口を付ける。
ライラがじっと見上げている視線から、気まずそうに目を逸らして一気に酒を飲み干した。日頃の態度も演じている部分が大きいとはいえ、違う一面を見られるというのはどことなく気まずい。
「カイって――」
「言わないで。おいちゃん似合わないことして恥ずかしいから」
カイがライラから逃げて別の酒を取りに行こうとしたところへ、ベルホルトたちを連れたフェリーツィタスが戻ってくる。
ベルホルトとベルンハルトは慣れない服装で居心地悪そうに苦笑いしていたが、ギルドマスターのベルナルドは服装以外いつもと変わらない雰囲気だった。後ろを歩くグライフも落ち着いていて、皆同じように青い酒のグラスを手にしていた。
普段は見られない男性陣の正装姿をからかうフェリーツィタスが、ライラの前に立つとそれまでの話をやめ、グラスを差し出した。
「珍しいお酒が出てきたから、ライラたちの分も持ってきたのよ。きれいな青でしょ? 果実の色なんですって」
「ありがとう。揺らすときらきらするんだね、初めて見た」
不思議な酒に気を取られて、話題がそれたことにカイは安堵の溜息を漏らす。もっとも、後で何を言われるかわからない不安は残っているが。
それから酒と料理の話や、大発生の日に直接会いはしなかったが皆ライラのことは見えていたなど、色々な話を聞いた。
ライラは見られていたことも恥ずかしいが、今日の格好を褒められたことが今は一番恥ずかしかった。
そうして話題の最後に、ベルナルドが思い出したように「そういえば」と呟いた。
「これでSランクの申請が通るのは確実だろうが、どうする? 何かあった時に、誰に依頼をすればいいか判断しやすくなるから、更新してくれると助かるってのが本音なんだがな。前にも言ったように強制はしねえ。ただ、今のままだと、ここにいるやつらの中でライラが一番下のランクだ」
それぞれにAランク、Bランクの冒険者たち。ライラはCランクだ。
ルクヴェルにいる間は、ギルドマスターのベルナルドがライラのことを認識しているため、難易度の高い依頼に同行を願うこともできるだろう。けれど、依頼にランクの制限があればライラだけで受けることはできない。
「断りたい指名依頼は断ればいい。受けたい依頼が受けられないって、制限がなくなると思ってくれれば。って、今する話じゃなかったな。すまねえ、難しい顔はやめて、帰ってから気楽に考えてくれ」
つい真剣に説得を始めてしまったベルナルドは自分の頭を叩いて、表情を切り替える。他の者にも挨拶してくるという言い訳で、その場を離れていった。
悩むライラに、フェリーツィタスが微笑みかける。
「とりあえずSランクになってみて、嫌だったら辞めちゃえば?」
「フェリはAランクなんだよね? 無茶な指名依頼とか断ってる?」
「んー今のところ、無理難題っていうのはないわね。それでも内容に納得いかない仕事は断っているもの。あまり気にすることじゃないわ」
そもそも今現在、Aランク冒険者を集めてもどうにもならないような事態は起こっていない。
「別の街にいるSランク冒険者は、いつも寝てばっかりいるって聞いたわよ。それで私より強いっていうんだから、羨ましいものね。ライラも、今だって彼より働いているんだから、ランクが変わっても今まで通りでいいんじゃない?」
他のSランク冒険者のことも気になったが、寝てばかりという噂通りなのか、何をしているかといった情報は他になかった。
同じようにいつも寝ているつもりはないが、寝ていても大丈夫なものならとライラはうなずく。他のランクには無理だからと指名依頼を断れないのでは困ってしまうが、強制されることはなく、内容に納得できなければ受けない場合もあると知れて、安心もできた。誰かのためになるならできる限りのことはしたいので、今は制限がなくなるという利点を受け入れようと思い、申請が通れば更新しようと思う。
まだ悩みは残るが、返事は今すぐでなくてもいいのだからと後回しにして。
フェリーツィタスと一緒に、新しく運ばれてきたシャンパンタワーとケーキに意識を向けた。
「早く確保しに行きましょ!」
「う、うんっ。どのケーキにしようか迷っちゃうね」
ライラとフェリーツィタスに見惚れる視線が集まっていることも、気付かないまま二人ではしゃぐ。
置いて行かれそうになった男性陣は、楽しそうな二人が煩わしい思いをしなくて済むようにと、それぞれに周囲を気にするはめになった。




