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幻獣と

 翌日。鉱山の作業場に来たライラたちは、案内役の男性から触らないでほしい道具などを教えてもらい、中へ入った。

 通路の中央に板が敷かれていて、ごつごつした洞窟内のわりには歩きやすい。魔導具の照明があっても薄暗いけれど、作業員の多くは強い光が苦手で、普段ならじゅうぶんな明るさが確保されている。

 それほど奥へ入らないうちに、先頭を歩いていた案内役の男性が立ち止まった。


「あの右側の通路の先です」


 薄暗い通路の先を指さして、ここからはライラたちだけで進むよう促される。


「ここから幻獣がいる場所まで分かれ道はありません。もしも奥に逃げたら、引き返してきてください。動こうとしなかったので、ずっと同じ場所にいるとは思いますが……」


 案内役の男性は、薄暗いのにサングラスみたいな道具を装着して、壁際に寄った。ライラたちが強い光の魔法を使っても大丈夫なようにして、邪魔しないよう今いる場所で待っているつもりだ。

 ライラたちはゆっくり先へ進み、幻獣の気配を探る。

 周囲には土精霊がわらわら集まってきた。


『おしごといるます?』

『いしいっぱい?』

「鉱石をとりに来たわけじゃないから、大丈夫だよ」

『あそぶ?』

「ごめんね、今は遊べないの」


 優しく土精霊の光を撫でる仕草をして、ライラが申し訳なさを浮かべて微笑んだ。


『おとなしくするます』

『ごえー?』


 土精霊はおとなしく距離をとって、護衛の真似事を始める。

 鉱山で採掘される鉱石が枯渇しないのは、彼らのおかげだった。機嫌を損ねるわけにも、むやみに追い払うわけにもいかない。

 護衛ごっこを楽しむ土精霊を連れて歩いていると、幼い泣き声が聞こえてくる。大声ではなく、涙をこらえて喉を詰まらせたような、切ない泣き声。

 その『音』を、泣き声だと判断できたのは、ライラとレンだった。


「この泣き声って、幻獣の……?」

「こんな場所で子供が泣いてるのか?」


 レンは耳をぴくぴくさせ、心配そうにそわそわする。

 慌てて走り出しそうになるのをぐっと我慢して、気配を抑えてさらに先へ進んだ。

 歩きながら、ヨシュカはレンを見て少し首を傾げる。


「レンにも、泣いてるってわかるの?」

「なんとなくだけど。うめき声とは違う、ような感覚がする」

「俺には、電子音……じゃない、ええと……。魔導具の平坦な音、みたいに聞こえるから」


 ヨシュカが今のうちに耳飾りを出して身に着け、予備をサウラに渡しておく。


「違和感があるから、相手に持ってもらったほうが楽なんだけど……」

「渡していいものなら冒険者に貸し出せば、オレたちが来なくてもよかったんじゃないですか?」

「神の力は制限が……あ。ええと、使用には神殿の許可が必要だから、俺が見てないところで使われると困るんだよね」

「本気で提案したわけじゃありませんよ。こんなもの、失くされても困るでしょう」


 紫がかった銀髪をよけながら耳飾りをして、長い耳を軽く動かすサウラ。慣れない装飾品自体の違和感もあったが、すぐ気にならなくなった。

 なじんだことにほっとすると、耳に聞こえる泣き声に気付いた。


「……レンさんも普段から身に着けてるから、泣き声ってわかったんじゃないですか?」

「オレが最初に渡されたものは、ちゃんと返した。それに、はっきり聞こえてるわけじゃない」


 小声で話しながら歩いていくうちに、少しずつ泣き声は大きくなる。

 泣き声が大きくなるごとに会話の声は小さくなり、ついには黙って歩みを進めた。

 すぐ近くで泣いているようにも聞こえるが、通路に響いていて距離がつかみにくい。

 照明とは違うぼんやりした光が見えて、いったん足をとめた。

 ライラたちが気配を隠そうとしていても、ここまで近寄れば気付かれているだろう。

 三人を残して、ライラがさらに歩み寄る。土精霊は少し距離をとったままついてきた。


『ぁ――は、だれ?』


 ぼんやりした光を発しながらうずくまっていた幻獣が、怖がりながら音を出す。ライラが声をかけるより先に、そろりと頭を上げて目を合わせた。


『つれて、いかないで』


 腹の下に隠した何かを守るようにぎゅっと身をかたくして、ぽろぽろと涙をこぼしている。閉じていても大きな翼は震えていた。淡い金色の体毛は、どこも泥だらけだった。

 頭は毛の生えた竜にも見えるが、竜というには幼い。狼ほどの恐ろしさすら持っておらず、口が大きいだけで牙は小さかった。首が短い竜の全身に体毛を生やして、熊くらいの大きさにした感じだ。

 怪我をしているようには見えないので、ライラは一安心する。


「ここから連れ出してほしくない理由を、教えてほしいの」

『ともだち、つれて、いかないで』


 幻獣は同じように繰り返すだけで、その場から歩み寄ることも、後ろへ下がることもしなかった。

 ライラが一歩ずつ近寄っても動かない。


「あなたじゃなくて、友達を連れていってほしくない?」


 問いかけながら考え、幻獣の目を見たまま首を傾げる。

 ぴくっと反応して震えをとめた幻獣が、涙もとまった目をぱちぱちさせた。


『あの…………うん』


 幻獣が肯定した時にはライラが目の前に立ち、そっと手を伸ばしていた。


「触ってもいい?」

『え、う、うん』


 戸惑う幻獣を撫でたライラは、そのまま魔法で泥を落としてきれいにする。

 目に見える怪我はないけれど、回復魔法も使っておいた。


『あったかい』


 幻獣が少しだけ動かした翼の、ちょうど曲げ伸ばしするあたりの形状が変わった。青い角のようなものが生えている。出血がなくて見えにくかっただけで、本来生えているはずのものが折れていたようだ。


『なんで、どうして』


 ライラの目をじっと見つめて、自分の変化も、なぜ治したのかも、何もわからないといった顔でまたぽろぽろ泣き始めてしまう。


「元気になってほしいから」

『そんな、それは、できない』


 体が回復して元気になったとしても、無理なことだと、幻獣は弱々しく首を横に振った。


『ともだち……』

「あなたの友達を連れていかないって約束したら、あなたはここから動ける?」

『だめ……うごけない』


 弱く頼りない動きで、また首を横に振る。

 それから、目にいっぱいの涙をためて、ライラにすり寄った。

 これまで一方的に話すだけだった男たちと違い、ライラは『ともだち』と言ったことに気付いてくれたけれど、その『ともだち』は。


『ともだちが、もう、うごけない……』


 腹の下で守っていた『ともだち』は、精霊石だった。


『もう、はなせない。ここが、すきだったのに』


 泣きながらゆっくりとだが、ぽつぽつ話し始めた幻獣に寄り添うライラ。

 話を聞いていくと、幻獣が友達と呼ぶのは土精霊のことだった。土精霊は、飛べなくなった幻獣が雪でこごえないように、鉱山へ案内してくれた。

 仲良くなった土精霊が石から出てこなくなってしまったので、その石を持って行かれないように守っていたのだ。土精霊が消えてしまったことはなんとなくわかっている。それでも、鉱山が好きだった土精霊の入っている石を、作業員に回収されたくなかったという。

 話し終えても泣き続ける幻獣に、還ってしまった土精霊とは別の土精霊がくっついた。ここにいる土精霊に限らず、ほとんどの場合、精霊は大きな流れに還ることを悲しんだりしない。だから幻獣の悲しみを共有することはできないけれど、大切に思ってくれていることは感じている。


『だいじょぶー』

『ありがとー』


 のんびりした声でのなぐさめだったが、土精霊なりに真剣だ。

 ライラは幻獣の首に腕を回して抱きつき、泣きやむのを待った。




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