餅の日
酔うか寝て過ごした白日が終わり、一日、二日と、飲んだり休んだりしている間に新年気分も抜けてきた頃。
三日は朝から、再び新年祝いで広場が盛り上がっていた。
新しい年を祝う、餅つきだ。
鬼人族の二人組が指揮の中心となって進み、餅が作られ、完成したそばから見物客に配られる。
餅つきの臼と杵には、ライラが地球のテレビで見たものより三倍は大きいものが使われていた。材料はもち米ではなく、丸い果実に近い見た目で、一つ一つはリンゴくらいの大きさがあった。
完成した餅を配り終えると、また餅つきが始まる。
臼にクリーム色の丸い材料をごろごろ入れて、大きな杵で叩いていく。杵を振り下ろす鬼人族の掛け声に合わせ、協力している熊の獣人族が身体強化も使ってひっくり返し、叩いて混ぜてと繰り返した。
ライラの想像していた餅つきとは違ったけれど、見ていて楽しい。去年は知らなかったので、今年初めて見る餅つきに興奮していた。
五度目で餅を受け取ることができて、六度目の餅つきを見ながら皆で食べる。
味は、すりおろし野菜とショウユダレ、ショウユとハナミツの甘じょっぱいタレ、甘く香ばしい豆粉、その三種類から選べた。
「……ん、むー……みたらしみたいな味……」
甘じょっぱいタレを選んだライラは、柔らかく伸びすぎる餅をうまく噛み切れず、頬にタレをつけながらがんばって食べている。
初めて食べるサウラとレンも、悪戦苦闘していた。
「野菜の味でさっぱりしておいしいんですけど……食べにくいですね……」
「フォークが抜けない……あっ!? つ、爪にっ!?」
レンは伸びすぎた餅が爪にたれて、焦れば焦るほどうまく取れない。幸い、やけどするほど熱くはなかった。
側ではカイが笑おうとして豆粉を吸い込み、盛大にむせていた。
カイの背中をさするヨシュカが、いったん自分の分の餅をしまって、冷たい麦茶を出す。
「大丈夫? 飲める?」
ヨシュカが麦茶を渡すと、奪うように受け取ったカイが一気に飲み干した。
気温は寒いけれど、人混みで熱気があり、麦茶の冷たさがすっきりしておいしい。熱い飲み物と違い一気に飲めるのも助かった。
「宿に戻って、落ち着いて食べたほうがよかったかな」
困ったように笑うヨシュカは、自分も麦茶を少し飲んでから、入れ替えで餅を出した。口では戻ってからのほうがと言いつつ、この場の雰囲気も含めて今のうちに楽しみたいとも思う。
餅の皿と、箸やフォークで両手がふさがるため、飲み物が同時に持てないのは不便だが。
「ああ、そっか……レン、ちょっとお皿出して」
「何をする気だ?」
レンは素直にヨシュカへ皿を差し出しながらも、理由がわからず首をかしげる。
「食べやすくできないかなと思って、ね」
ヨシュカは皿を受け取らずに、指先を添えて風魔法を使った。
皿の中で餅が小さく切れていき、隙間にすりおろし野菜がからむ。
「伸びる楽しみはなくなっちゃうけど、これで一口ずつ食べられるよ。……お皿まで切れなくてよかった」
「た、助かる。ありがとう」
嬉しそうに尻尾を振ったレンがお礼を言い、軽く頭を下げてから餅を食べる。
切れないか試したあとで失敗の可能性もあったことを呟かれたのは気になったが、成功したのだから感謝しかない。
「どうして先に自分の分で試さなかったんですか……」
「俺はこのまま食べられるから」
「そうですか……あ、オレの分もお願いします」
見ていたサウラが自分の餅も切ってもらえるよう頼み、皿を差し出す。
ライラは真似をして、自力で試していた。
「これなら、一口ずつ交換もできるね」
切った一つを箸でつまみ、ライラがヨシュカへ食べさせようとする。
「っ……おいしい。ええと……こっちも食べる?」
口で受け取ったヨシュカは、結局自分の餅も切ることになった。
豆粉が吹き飛ばないよう気遣い、餅にからめる。なるべく小さめに切った一つを選び、ライラに食べさせた。
「きな粉みたいでおいしい。あっ、カイも一口交換する?」
「いや、おいちゃんはやめとく……。こっちはヨシュカのと同じだから、交換しなくてもいいだろ」
「私は気にしないけど。そうだ、アクアも食べる?」
隠れていたアクアがライラの声でもぞもぞ出てきて、勧められた餅にかぶりついた。手に乗るくらい小さな動物の姿なので、アクアにとっては一口でも大きめなはずだが、伸びる間もなく吸いこまれるみたいに口の中へ消える。
『おいしいの』
「よかった。食べ終わったら、屋台も見ようね」
ライラは餅つき目当てで広場へ来たけれど、せっかくなら他の屋台も見たいし、食べたい。
熱中して餅つきを見ていたので朝食というには遅めの時間になり、そろそろ昼食でもいいだろう。
何を食べるかまでは後回しにして、今は目の前の餅だ。
「サウラさんとレンさんも交換する?」
「オレたちのは甘くないですよ? 味が混ざりませんか」
「大丈夫っ。いろいろ食べてみたい。それに、甘いのとしょっぱいのって、交互に欲しくならない?」
「まあ、そういう時もありますね……。はい、どうぞ」
サウラは皿をライラへ近寄せ、すりおろし野菜がこぼれ落ちないようにそっと口へ運ぶ。
思いきりよく大きな口を開けて頬張ったライラが、満面の笑みで頬を押さえた。
味わってからハッとして、ライラも皿を寄せるために持ち上げる。
動きに合わせてサウラもかがみ、甘じょっぱいタレを口唇につけながら食べた。同じショウユ系の味でも、甘みが強く全然違って感じられる。妙にくせになる味で、野菜の後味が残る口内で混ざっても不快感はなかった。
続けてレンとライラも餅を交換して味わう。
「同じ味だけどよかったのか?」
「うん。もう一口食べたかったから」
「気に入ったなら、もっと食べるか?」
「レンさんの分がなくなっちゃうよ」
なくなるまで食べなければいいことだが、交互に食べ始めたらとまらない気がした。
バランスのとれた甘じょっぱさも、野菜とショウユのさっぱり感も、どちらもおいしくて、一番は決められない。豆粉の香ばしいのに落ち着いた味わいも好みだった。
最初は伸びすぎる食感に驚いたものの、食べやすくなったおかげですいすい口に入ってしまう。苦戦しなくなっただけで柔らかさは残っていて、ちゃんと食感も楽しめる。冷めてきても柔らかいままだ。
それから全員が餅をたいらげたあと、温かい緑茶で一息ついてから屋台巡りへ向かった。
広場の餅つきとは別に、屋台でも餅を使っているところがある。ワイルドボアの肉と根菜のミソ汁に餅が入っていたり、串焼きにした餅だったり、ミルクシチューに入っていたり、揚げ餅になっていたり、気になる屋台が多い。
普段は唐揚げを売っている屋台で、春巻きに似た、チーズと餅の包み揚げも売られていた。
ピロシキにも餅が入っているらしい。パンを揚げる料理は、甘い揚げ菓子が多かったが、甘くないものも広まってきていた。パンで包む甘くない料理は焼くことがほとんどだったのだ。べたっと油っこくならないよう揚げるのは腕の見せどころ、といって今では受け入れられている。
ライラの腹が満たされる頃には、収納にもいろいろな料理が増えていた。さすがに、今日だけで気になった品すべてを食べることはできなかった。