白日。あけましておめでとうございます
十二月三十二日の二十四時、それは白日の零時。
「ファウリーケ! メルカナッソ!」
街には新年を祝う大勢の声が響き、白い花が空へ舞った。
年が変わる瞬間から周囲を流れ始める不思議な風が、新しい年を人々に実感させる。
投げられた白い花は風に運ばれて、にぎやかさを増した街の上へ。白い花を運ぶ風は冷たくないため、寒さが和らいで感じた。
年越し前の時点で歩けないほど酔っていたライラは、ヨシュカに抱えられながら白い花を見送る。
「そろそろ、歩ける……と思う、たぶん……」
「本当に大丈夫?」
「う、うん……」
「そう、大丈夫ならいいけど……ああ、気になってる屋台に行きたいんだね」
ちらちら周りを見るライラの視線で察したヨシュカが、しかたなさそうに微笑む。そっとライラを地面に下ろして、手を引いて屋台へ足を向けた。
ベルホルト兄弟にフェリーツィタスとソフィアを任せて、サウラとレンもあとをついて行く。
フェリーツィタスとソフィアもライラと同じく、一人で歩けないほど酔っている。年越しの瞬間に花を投げようと皆で広場に出てきたのはいいが、フェリーツィタスは噴水の端に座って、意識はあるけれど黙ったまま空を見上げるだけ。ソフィアは地面に座りこみ、噴水の端にもたれかかってうめいていた。二人ともかろうじて白い花を投げることはできたけれど、外に出て大丈夫だったのかと誰もが一目で心配するような状況だ。
そんな二人の側でアドラーもぐったりしているので、ノルベルトが呆れながら酒以外の飲み物を買うためにその場を離れる。残されたグライフがベルホルト兄弟と協力して、行き交う人に酔っ払い三人が踏まれないよう守る壁役になった。
「去年より酷いな……」
困った顔で呟くグライフの声に、ベルホルトは溜息を返すしかない。ベルンハルトは連れていた彼女に迷惑をかけたと謝罪して、慰められたり励まされたりと、似たようなやり取りを年越し前から続けていた。
零時へ変わる瞬間に間に合わなかったカイが戻ってきて、目をそらしながら頭をかく。
「あー、遅くなって悪い……」
獣王国にいるリュナと連絡をとっていたカイは、混雑で戻れなくなり、諦めて会話を繋いだまま年を越していた。一人で心細くはないかと気にしていたが、リュナはこのあと鍛冶屋の宴会に戻ると言って楽しそうだったらしい。鍛冶屋の女性に気に入られたリュナは、獣王国で元気にやっているようだ。
場合によっては年越しの時だけでもカイが連れてくるつもりだったのに、年齢や状況が近い冒険者仲間も偶然見つけて、自由に暮らしているとリュナから報告された。
「うちの子、自立早すぎ」
「カイさんの子じゃないでしょう……」
ちょうど戻ってきたサウラがカイの呟きを拾って、溜息を吐きながら肩をすくめる。
「そうだけどさあ……。あ、嬢ちゃんたちは?」
「屋台の行列に並んでます。人気がある串焼きみたいで……時間がかかりそうなので、伝えておこうと思って戻ってきたところです。ライラさんはヨシュカさんから離れないし、レンさん一人で歩かせるわけにもいかないし」
「まあ落ち着けよ。おいちゃんもなんか買ってくりゃよかったな」
話しながら周囲を見渡す。串焼き以外にもいろいろな屋台があり、ホットワインに限らず酒を売っているところも多い。白日は働かなくてもいいのだが、働くことを禁止されているわけではないので、稼ぎ時だとはりきる者もいるのだ。さすがに時間がかかる料理を出す店や屋台は少ないけれど。
名物のジャガバターを売る屋台も、今日は減っている。
その代わり、新年を祝う揚げ豆の屋台や、豆と芋の煮込み料理など、白日ならではの品もある。今いる噴水がある広場では、煮豆を詰めたワイルドボアの丸焼きが料理されている途中だった。
屋台での買い物を終えて噴水前に皆が揃ったあと、宿の大広間に戻って飲み直しが始まった。年越しの前から騒いでいた場所なので、すでに空の酒瓶が転がっていたり、酔いつぶれて外出できなかったエルフが残っていたりする。
宿の従業員は最低限いるけれど、緊急時以外は休憩時間みたいなものなので何もしない。大広間は貸し切ってあるので、好き勝手どうぞ、といった状態だ。利用客は白日ならそういうものだとわかっているので文句も出ない。
調理場も休みに入っているため料理は頼めないが、持ち込み自由だった。
従業員同士で新年祝いをしているところへ声をかけ、鍋を借りたので、ノルベルトが買ってきた煮込み料理を温め直す。
「飲み物だけ買うつもりが、気になっちゃって」
「わかるわー。っていうか言ってくれたら他のも頼んだのに」
復活したソフィアが笑いながらノルベルトを叩く。
「声かけても反応なかっただろ……」
「わ、悪かったわね……」
ソフィアは噴水の端にもたれかかっていただけで聞いていなかった、と思い出して目をそらした。
煮込み料理の他に、ライラが収納していた串焼きや揚げ豆は温かいままだったため、そのままテーブルへ並べる。
「米酒もあるんだけど、飲めそう?」
「ライラの米酒ならいくらでも飲むわよ」
頬に赤みが残るフェリーツィタスは、米酒を勧めるライラにくっついて、注いでもらうためにグラスを差し出した。
「あたしにも米酒ー!」
ライラは反対側からソフィアにもくっつかれ、板挟みのまま二人に米酒を注ぐ。それから自分の分もグラスへ注いだ。
「あっ、米酒はカイも好きだよね? 飲む?」
「飲む、けど。……嬢ちゃんは飲みすぎるなよ。またフラフラになっても知らねえからな」
テーブル越しに米酒を瓶で受け取ったカイは、そのまま確保して返さない。
返さなくても、ライラの手には二本目が出てきた。
「まだあるから、欲しかったら言ってね?」
「おいちゃんの話、聞いてた!?」
「き、気をつける……?」
「まだ酔ってるな……」
歩けるようになったからといって、ライラの酔いが完全にさめたわけではない。それはフェリーツィタスやソフィアも同じく。
もう一人ぐったりするまで酔っていたアドラーは、復活できずに畳へ転がされている。フェリーツィタスに手がかからなくなったベルホルトが、側で面倒を見ていた。
申し訳ないと思いつつベルホルトに任せておけるので、ノルベルトは温め直した煮込み料理を取り分けながらソフィアの近くで見張っていられた。たまに叩かれていても、今度こそいざとなったらとめる覚悟だ。
「まあ、今日は脱がせないだけマシか……」
ノルベルトが遠い目をする側で、米酒が減っていった。今のところ、フェリーツィタスとソフィアのライラに対するスキンシップは、控えめで済んでいる。おかげで少しは落ち着いていられた。
ただ、最後まで安心はできない。ノルベルトはグライフにも協力してもらおうと、助けを求める視線を向ける。他に頼めそうなサウラやレンは、ライラの向かいで飲むカイの酒に付き合わされていて、目が合わなかった。
グライフはノルベルトに向けて一つうなずいてから、もう座り方が不安定なライラに歩み寄って後ろから支える。
「三人まとめて倒れるつもりか」
ライラを押しつぶして倒れそうなフェリーツィタスとソフィアに声をかけて、間でライラを抱えて一緒に座り直した。
あきらかに困って「そういうことじゃない」という顔をしたノルベルトは、すぐに「見張ってくれるならもうそれでもいいか」と思い直して、おとなしく煮込み料理を食べることにする。
抱えられたライラ自身は特に気にせず、米酒を注ぎ足してへにゃっと表情を崩して笑った。
「グライフしゃんの子供もかわいいと思うっ」
舌が回っていないライラの頭を、ソフィアが思いっきり撫でる。
「今のライラが一番かわいい!」
「ひゃわっ、ゆ、ゆら、ゆらさな、ないでっ」
「私もそう思うわ……」
ソフィアに同意したフェリーツィタスは、グラスを握りつぶさないように気遣うあまりプルプルしていた。
名指しされたグライフからの反応はない。「何の話だ?」くらい言いそうなものなのに、静かなままだった。
向かい側でカイとレンまで静かになっている。サウラだけが少し首をかしげ、ふっと一瞬だけ笑みをもらした。
「あのグライフさんでも平然と対応できないことってあるんですね」
何を言われても動かないグライフの前で、フェリーツィタスとソフィアは勝手に話を続けていた。
「とにかく可愛いは正義よね」
「リュナちゃんだってかわいい。あたしは全部好き」
ひたすらかわいいものを語り方向の定まらない酔っ払いの会話は、終わりも見えなかった。