忘年会
宴会開始から三十分で、ソフィアが絡み酒を始めた。
参加しているのはライラたちの他に、宴会場となった大広間のある宿で暮らすソフィアの仲間エルフたち、グライフやアドラーとノルベルト、フェリーツィタスとベルホルト兄弟、アイテルもいて、ソフィアが声をかける友人知人のうち予定が空いていた者は集まっている。なので人数が多く大広間自体は賑やかになっているけれど、今のソフィア周辺は他に比べて静か。
一気に酔ってしまったのは、獣王国から持ち帰った強い酒のせいだった。カイが自分で飲むつもりで出した酒を、ちょうど近くに来たソフィアが見て取り上げ、グラスならまだしもジョッキで一杯を一度に飲み干したのだ。
「もうあたしにはお酒があればいいわ……」
強い酒で忘れたいことがあった、らしい。カイから奪った酒のあと、別の酒瓶を片手に飲み続けている。
「あと、ライラと、おいしいごはんと、ライラと、ケーキと……あとライラがいればいいわ!」
「私は何人もいないよ……?」
ソフィアの右隣でなぜか正座させられているライラは、絡まれながら注がれる酒を順番に飲み干して話に付き合う。左隣には、呆れながらも火酒を片手に付き合うフェリーツィタスが座っていた。
「フラれたからって、ライラに絡まないでちょうだい」
「好きでもないのにフラれたのよ!? 意味わかんないわ!」
左手で酒瓶をテーブルへ叩きつけるように置き、さらに右手でバシバシとテーブルを叩くソフィア。あと少し加減を間違えたら、テーブルが割れてしまいそうだった。
フェリーツィタスはソフィアの背中を撫で、溜息を吐く。
「ライラは恋バナとか……なさそうね」
「今のあたしの前で恋バナする!? 自分が結婚してるからって!」
「ソフィアはちょっと落ち着きなさい」
口では落ち着かせようとしていても、フェリーツィタスはソフィアが酒瓶から直接ごくごくと酒を飲むのをとめない。
「ねえ、ライラは好み……以前の問題っぽいから、もしもこの中で誰かと付き合うなら、誰がいい?」
周りから何かを吹き出す音や、むせて苦しそうな音が聞こえるけれど、全く気にせずフェリーツィタスは微笑む。
「一応言っておくけど、恋人になるならって意味よ? 買い物に付き合うとかそういう話じゃないからね?」
「う、うん……?」
穏やかじゃない微笑みに圧力をかけられて、戸惑いながらライラは首をかしげた。
周囲の会話が途切れ、間でソフィアも耳をかたむけている。
「私、恋人いたことなくて、恋愛経験ないし、わからなくて……」
「経験してみるまで誰だってないわよ」
口を挟んだソフィアが思いっきり溜息を吐き、ライラのグラスへこぼれるギリギリまで酒を注ぎ足した。
こぼさないようライラが慌ててグラスへ口を付け、ふさがって言い返せないうちに、フェリーツィタスからも困った声がもれる。
「恋人いたことなくても、こういう相手と付き合ってみたいとか、こういうことがしてみたいとか、想像したことない?」
言われてから、酒をこぼれない程度に減らしたライラがグラスから口を離す。
「えっと……物語で読んだことがないわけじゃないけど、その時は自分がって考えてなくて……。あっ、子供とか、家族とか、いいなって思ったことはあるけどっ」
「どうして恋人より先に子供と家族なのよ……まあでも、それなら……誰と家族になりたいとか、誰の子供が欲しいとか」
「ん……お父様?」
「パパと結婚したい、なんてセリフ、最近じゃ三歳児からも聞かないわよ。それって、未経験だから怖くない相手を選んでるだけじゃなくて?」
フェリーツィタスも酒がまわり、ソフィアとは別方向で絡み酒になりつつあった。
「ライラがろくでもないやつに持っていかれるよりいいけれど、このままっていうのも心配だわ。付き合ったら必ず結婚までいかないとってわけじゃないもの、いきなり先のことだけ考えないで、気になる相手がいたら付き合ってみるのもいいんじゃない?」
「その、気になるっていうのがわ――」
「アドラー以外なら応援するわよ? 他のやつでも、ライラが泣かされたら丸焼きにするけれど」
気軽な恋愛を勧めておいて、丸焼きにする気でいる。
「フェリ、あの、その、嬉し涙は、許してほしい、かな……?」
「やっぱり、改めてライラが誰かのものになるって考えたら、腹立たしいわね」
「えぇ……」
「もう、もしもでもなんでも、この中からも選ばなくていいわ。とにかく飲みましょ、ほら、こっちのお酒もお勧めよ」
自分の分とは別に注いだ火酒をライラに渡してから、フェリーツィタスはぼんやりしているソフィアを見た。
「ちょっと、大丈夫?」
「ライラの子供、きっとかわいい、毎日でも撫でたい」
ソフィアは勝手に子供を想像しておとなしかっただけだった。
「妄想から帰ってきなさいよ……」
何度目かわからない溜息を吐いたフェリーツィタスは、どこを見ているかわからないソフィアの頬を横から軽く叩き、途中で諦めて火酒を一気飲みした。空になったグラスを置き、テーブルに並んだ料理を取り分ける。
鍋料理は具材によってすでに火が通り過ぎているが、煮崩れた野菜もおいしそうだ。天ぷらや唐揚げ、コロッケなど、揚げ物もいろいろあって飽きない。
今日一番エルフが大盛り上がりしたのは、白米のままでもパサパサしないエルフ米の、おにぎりだった。
取り皿いっぱいに料理を盛ったフェリーツィタスは、その皿をライラへ渡す。
「ソフィアはほっといて、ライラもいっぱい食べて。食べないと大きくなれないわよ」
「成人してるから、伸びないんじゃないかな……」
フェリーツィタスから酒も勧められているのに子供あつかいされ、どうしていいかわからないライラは、とりあえず渡される料理と酒をせっせと口に運んだ。
「フェリは食べないの?」
「私も食べてるわよ? あっ、そういえば、あとでソバが出るって言ってたわね。食べすぎないようにしておかないと」
ゲルトランデのソバ粉を使った麺料理が出てくる予定だったと思い出し、いったん箸を置く。
「ガレットも作ってくれたらいいのに。ソバのほうがアキツキシマ料理の定番なのかしら」
ソバのことを考えながら、食べすぎないようにと言いつつ、火酒を注ぎ足す手はとめないフェリーツィタス。普通に話しているようでいて、酔っているから正常な判断はしていないようだ。
ライラもあまり考えず、次から次にと酒を飲んでいる。
二人の間で妄想にひたっていたソフィアが、急に立ち上がってカイに歩み寄り、倒れこむようにしがみついた。
「カイ様、さっきのお酒もっと出してー」
「もうねえよ!」
本当は隠しているだけだが、今の状況で出す気にはなれない。
露骨に舌打ちしたソフィアはカイから離れ、テーブルの酒瓶へ顔を向けた。
「思い出した、これー、アルテンのワイン、珍しい種類なのよねー」
「も、もう飲まないほうがいいんじゃねえか?」
強い弱いに関係なく、他の酒も隠しておくべきだったかと周囲が後悔しても遅い。カイがとめるのも無視して、ソフィアは嬉しそうにワインを抱えてライラのところへ戻った。
ライラの後ろから抱きつき、くっついたままワインを開けるソフィア。未使用のワイングラスをライラに取らせて、不安な手つきで注ぐ。
「ワインなのに、オレンジいろー!」
けらけら笑いだしたソフィアを見て、「絡み酒の次は笑い上戸か」とノルベルトが小さく呟いた。ノルベルトだけでなく、近くの男性陣は不安そうに見ているが、とめに入るタイミングがわからない。機嫌を損ねてもややこしいことになりそうだ。
ノルベルトと一緒に怯えているアドラーは、先程フェリーツィタスに名指しで「アドラーだけはだめ」と言われたようなものだったが、わりこんで何か言う勇気は出なかった。ソフィアかフェリーツィタスと同じくらい酔っていたら、何か言えたかもしれないが。
絡み酒の原因になった酒を出したカイは、出さなければと後悔している。それを隣のヨシュカが慰めていた。慰めになっているかは別として。
「忘年会そのものが忘れたい思い出になることって、わりとあると思う……」