男子会?
レンの質問に対して、ヨシュカは目を合わせずに口を開く。
「これに関しては説明義務があるから答えるけど……聖銀種本来の繁殖方法を知らなくても、天族なら子孫を残すことが可能だって言えるよ。他の種族でも、聖銀種の繁殖方法と共通点が多い種族となら、可能だと思う。この世界の種族は『外』から集まったけど、違う種族の間にも子が生まれているから」
「共通点と言われても……オレがいた世界でも聖銀種は、聖銀種の間でしか子を増やせなかった。陸獣種や森人種が妊娠するのとは違う。もう子孫は残せないと思ってた。……どの種族が相手でも、って話を聞くまでは」
詳しく聞くと、聖銀種の繁殖方法は特殊だった。
二人以上の聖銀種が聖殻へ力を注ぎ、その聖殻の中で新しい個体を育てる。これが妊娠期間みたいなもので、母体を必要としないため身体の動きが制限されない。
聖殻は聖力で形成された繭や卵殻のようなもので、個体の成長と共に殻も大きくなっていく。
他の種族でも、共存関係にあった妖精種は、妊娠せずに個体を増やす種族だったという。今はライラがレンの知る妖精種と違うことを教えられていても、無意識に妊娠や出産をしないものだと判断していた。
「もし聖銀種の子を残せるなら……。さっきのは、どの種族が相手でも子は天族になるから、子孫を残せるって意味だったか? それとも、聖銀種の子が生まれるのか?」
「聖銀種の性質を一部受け継いだ天族を生むことも、聖銀種を生むことも可能だよ。可能か不可能かだけで言えばね。レンの場合、実際に子孫を残すってなったら、神獣様に相談が必要だけど」
ヨシュカの話を聞いてレンは目を見開き、要相談と言われたところで尻尾をへにゃりと下げた。一度は見開かれた目もふせられ、しょんぼりとした表情になる。
「自由に暮らせるといっても、子を持つとなると問題になるか……」
「そんなに落ち込まないで。相談は必要でも、許可されないとは言ってないよ。大丈夫なら、相談した時に天族とのお見合いも考えてくれると思う」
「見合い?」
きょとんと表情を変えて首をかしげたレンを見て、ヨシュカは困って頬をかいた。
「ええと……レンの子を生む相手を、紹介してくれるってこと」
「ライラじゃだめなのか?」
「レンはライラをどう……いや、待って……。ねえ、レンは、というか聖銀種は、子を持つ相手との関係性をどう認識してる?」
「仲間や親友、恋仲になった者もいる。オレはまだ自分で子を育てたことがないけど」
「だからか……」
頭を抱えたヨシュカは、深い溜息を吐く。
レンは心配そうに耳を下げ、ヨシュカの顔をのぞきこもうとした。
「だから?」
「関係性が限られていないから、身近なライラとの間にって考えたのかと思って。天族も時と場合によって、特殊な繁殖方法でしか子孫を残せない種族を助けることがあるけど、ライラには子だけを理由に行動してほしくない」
地球での記憶や父親としての一面から、種族的に問題がないことだったとしても、簡単に首を縦に振れない。
顔を上げたヨシュカが、口調を落ち着かせて話を続ける。
「ライラは人族の性質も一部持っているから、他の天族と同じ結果になるとは言えない。それに……子孫を残すために必要な行為も、聖銀種の方法そのままってわけにはいかないかもしれない。そうなった時に、ライラに……自分の娘にとって、協力って理由だけじゃしてほしくない手段が必要になるかもしれない。ライラは話を聞けばレンのために協力してしまうと思う。でも、親としては反対したい。ルクヴェルには、結婚相手と子を持つ種族が多いから、周囲の目もある。レンも、番か複数の伴侶を持つ獣人族、と思われてるだろうね」
「そうか。番や伴侶? 以外と子を残すことは、望ましくないことなんだな」
世の中には子の存在を重視して結婚する立場の者もいるけれど、それでも結婚や、番や、複数だったとしても伴侶といった、感情も含む関係性を前提として子を生む種族が多い。
多いだけで他がないわけじゃない。種族によっては相手自体を必要としない場合も、聖銀種のように関係性を限らない場合もある。性別の問題も無関係な種族だっているのだ。
ただ、ヨシュカは人族の基準と父親の立場で、今のライラに子だけを目的としてほしくないと思ってしまう。天族というものを言い訳にもごまかしにも使うくせに、その性質を利用されたくはなかった。
「子だけが目的じゃない他の理由があれば……他の理由でライラ自身も望むなら、話は聞くけど」
「わかった。ライラと相談して聞いてみる」
「いきなりライラに話そうとしないで。まずは神殿に相談してから……ん? どうしてライラに相談しようと思ったの? レンが子孫優先で考えるなら、他の天族でも……」
「どうして……? なんとなく?」
思わず口から出たといった様子で、レン自身も説明に困っている。
「人族の性質を持っているから、って話はライラのことだけど。他の天族なら、聖銀種と同じく関係性を限定しないで、方法もほぼそのままを補助して……結果を心配することもないと思う。周囲を気にしないところで育てればいい。そういえば、黒狼族も新しい個体の増やし方が似てて、彼らも番を必要としていないから、協力してくれるかも」
「オレはライラが大丈夫なら、ライラに生んでほしい」
「無自覚? ただの人見知り? ああ今はいいや。ライラが話を聞いたら、他の理由とかの前に、協力するって言い出すと思う」
「協力だけが理由だと、周囲の種族にとっては望ましくないんだったな」
「そう。それに、ライラの場合は別の手段も必要になる可能性があるってことは……レンがライラに対して、妖精種を相手にやりたくない行為が必要になる、って可能性もあるからね?」
「わかった言わない。言えない。悪かった」
今度はレンが頭を抱え、慌てて尻尾を丸めてしまった。
ヨシュカは冷めた薬草茶とは別にティーポットを取り出して、気分を落ち着かせる香りがある香草茶の用意を始める。
「怯えるほど何を想像してるのか知らないけど……必要になるって決まったわけじゃないよ」
話がライラに伝わったら、いろいろ順番を飛ばして決めそうで、相談を諦めてほしかったから言ったところもあった。思った以上に怯えられると、それはそれで困ってしまう。
「ライラの前で態度に出さないでね?」
「うっ……がんばる」
レンは尻尾を丸めたまま、顔を上げた。頭を抱えなくなっても、耳はへちゃっと力なく潰れたままだった。
温かい香草茶がレンの分も注がれ、目の前に置かれる。
眉間にシワを寄せたカイがベッドから下りて、腕の鱗模様を撫でながら椅子に座った。
「ヨシュカ……やっぱなんでもねえ。……お茶」
話題に口を出すのをやめて、カイは自分の分の香草茶を催促するだけにした。
溜息も忘れていたサウラは空のコップを差し出し、無言でヨシュカへ香草茶を要求する。
「ええと……ヒビ入ってるけど、コップ替えようか?」
「このままでいいです」
サウラの手にあったのが上品なティーカップなら、ヒビではなく握り潰していたかもしれない。割らないように耐えたつもりが、力加減できていなかった。
全員に香草茶がいき渡り、温かいものを口にしているはずが落ち着かない。気分を落ち着かせるはずの香りは、今は気休め程度に感じるだけだ。
ふとヨシュカが、隣のサウラを見て首をかしげる。
「そういえば、サウラが本気でライラを口説かないのって、なんで?」
「っ……」
むせそうになった喉を押さえて、サウラは涙目になりながら声をしぼり出す。
「話題に困ったからって、それを聞きますか……」
「ごめん、気になって。あと、先延ばしにするなって言われたおかえし?」
「しかえしですよね」
サウラがヨシュカの座る側とは反対に顔を向け、香草茶を飲み直した。
「本気で言ったら、ライラさんは断らないと思ってるからです。……責任とか抜きで考えてほしい」
「ああ……断られる心配がなくていい、とは思えない……よね」
焦点の合わない目で、天井を見上げるヨシュカ。
ティーポット内で揺れる、茶葉の動きだけが穏やかだった。
茶葉がすぐ近くに見える距離でテーブルへふせたカイは、死にそうな顔になっている。
レンも死にそうな顔、というかこの世の終わりみたいな顔で、香草茶を持ったままブツブツ呟いていた。
「もしも必要なら、望まれてもできない。他の天族と……なら必要ない、でも……。オレはライラが……必要とは限らないって……あ、けど、結婚してないと、だったか」
呟く声がもれ出るだけでなく、そろそろ頭から煙も出そうだ。温かい香草茶が手を温めているはずが、震えている。
カイが自分も顔色悪いまま、心配でレンに視線を向けた。
「おい、大丈夫か? 何ブツブツ……」
「オレは結婚しないほうがいいのか!?」
「いきなり叫ぶなよ、ライラに聞こえ――」
浴室に続く扉が開いた音で、カイは言葉を強引にとめて息を飲んだ。叫んだレンも、叫び声に驚いたヨシュカとサウラも、揃って硬直している。
ライラはアクアを肩に乗せながら戻ってきて、動かなくなった皆の様子を見て首をかしげた。
「結婚できないの?」
最後のレンの叫び声だけを聞いていたせいで、きょとんとしている。
真っ先に笑顔をとりつくろったヨシュカが、ライラとアクアの分も香草茶をコップへ注ぎ、何事もなかったかのように手招きした。
「男同士の話で、レンをからかっただけ。気にしなくて大丈夫だよ」
ごまかすヨシュカの声に続き、ついにコップを握り潰したサウラは笑って肩をすくめる。
「ほら、女子会の話ってソフィアさんたちは秘密にするでしょう? オレたちだって男子会してただけですから」
「え、サウラさんっ、お茶が、膝にっ……」
「ああ、大丈夫です。自分で冷やせるので」
「コップがっ……」
「少し前にヒビが入っていたから、しかたないですよ」
「そ、そうなの……?」
心配するライラに向けて微笑み、サウラは服を凍らせる。さらに心配されることになったが、その騒ぎでなんとなくうやむやにすることができた。
三桁越えで男子って、というのは横に置いておく。女子会もそうだから。