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別れ、神殿出発

 出発の準備も整い、再び広間で神獣ラウシィエンと顔を合わせた。

 カイが竜に戻って飛び立てる広さの庭と、リュナが北側の街へ向かうために使う門は、別の場所にあるため、神殿内で別れることになる。

 ライラは寂しさを隠しきれない笑顔で、そっとリュナを抱き上げた。


「いつでも連絡していいからね」


 念話石も腕輪も、リュナに渡したものには、盗難や紛失を防止するための術式が刻んである。珍しいものを持たせることで何か起こらないか心配したが、何も渡さずにいて困ったことが起きるほうがもっと心配だった。


「困った時は遠慮しちゃだめだよ」

「心配しすぎ、なのです……」

「何か忘れ物とか」

「だ、だいじょーぶ、なのですっ!」


 鍛冶師に関する書類も、見るだけではなくそのまま受け取れたので、店の場所の地図や名前など覚えていられなくても確認できる。いざ現物を見せて断られたとしても、鍛冶師同士の繋がりで誰か紹介してもらえるかもしれない。以降の情報収集はリュナが自力でがんばるつもりだ。

 側で見ていたサウラは呆れたように溜息を吐きつつ、優しい手つきで心配そうにリュナの頭を撫でた。撫でながら視線はライラに向いている。


「そろそろ離してあげないと。いつまでも抱えていたら、宿を探す頃には真っ暗ですよ?」


 まだ日も高いうちから夜の心配をするのも過保護なのだが、リュナのことだから真っ先に鍛冶師を探して、宿探しはそのあとになりそうだと思っていた。

 邪魔しないよう気遣っていたレンも、サウラの発言で尻尾をそわそわさせる。幼いリュナが一人で夜道を歩くことになれば、街の中でも心配になってしまう。


「離れたくないのはわかるけど、何をするにも明るいうちにやったほうがいいよな」

「わらわはぜんぜん平気! なのです!」


 リュナはぷいっと顔をそむけたあと、頬を膨らませて不満を伝える。


「こどもあつかいするな、なのです」

「子供扱いも何も、まだ子供でしょう」


 手をひっこめたサウラが、困ったように肩をすくめつつくすりと笑った。

 リュナを下ろしたライラは、耳の体毛と髪の乱れを撫でて整え、不満の詰まった頬をぷにっと押す。


「ごめんね、リュナはもう一人前だよね」

「集め終わってるからな、なのです。……みんなのおかげで」


 成人はまだまだ先でも目標は達成しているので、もう一人前だとリュナは言い張りたい。皆の助力があったことも、感謝も、忘れていないけれど。

 今は獣化も未熟だと現状を受け入れた上で、それでも一人前だと強がらなければいけないから。

 ぎゅっと拳を握ったリュナは、表情をしっかり笑顔に変えて顔を上げた。


「また会うまでに、もっと……ライラより強くなってやる、なのです」

「楽しみにしてるね」


 リュナの涙目には気付かないふりをして、ライラも笑い返す。


「里にも、また行くって約束した、なのです」

「姉貴も楽しみに待ってると思いますよ」


 同じように気付かないふりをしたサウラは、黒花の髪飾りを取り出してリュナに渡した。


「せっかく会いに行った時に、入れないと困るでしょう。合流して一緒に行けば必要ないでしょうけど……まあ、一応です」


 里の者が見た時にサウラが渡した髪飾りだとわかるように、付与された魔力が花びらの上で氷の雫になっていた。今のうちに、髪飾りへリュナの魔力を覚えさせておく。


「落とさないでくださいね」

「わかった……ありがとう、なのです。い、いつかじぶんで行ってやるからな、なのですっ……」


 リュナはサウラをびしっと指差したあと、耳をそわそわさせながら背を向けた。カイとヨシュカにも別れを告げるために駆け寄る。

 少し離れたところでヨシュカと話していたカイは、駆け寄ったリュナに気付いて座り、目線の高さを合わせて抱きとめた。


「ったく……ちゃんと一人で寝れるのか?」

「問題ねえ、なのです」

「野菜食うの忘れるなよ」

「知らねえ、なのですっ」


 カイにしがみついたまま、ぺたんと耳を下げて尻尾を丸めるリュナ。最後にぎゅうっとめいっぱいの力をこめて抱きつき、涙をこすりつけて隠してから離れる。

 一人で立ったリュナの頭をヨシュカが撫で、何も言わずに微笑む。その少し眉尻を下げた優しい笑顔に、リュナも何も言わずぺこりと頭を下げることで返した。

 会おうと思えばまた会える、それはカイと一緒に移動してきたリュナが身をもって知っている。彼らにとって会えない距離になるわけじゃない。

 それでもやっぱり、どうしても寂しいと思ってしまった。


「……ありがとう。またな、なのですっ」


 寂しさを振り払って、リュナは扉へ向かう。

 人化していた神獣ラウシィエンが、扉の前で神官たちと一緒に待っていた。使用する門までの案内を神官に任せるため、指示をしてリュナを預ける。

 扉が閉まるまで、ずっとリュナは手を振ったまま出ていった。

 広間に残ったライラたちも、他の神官の案内で庭へ向かうことになる。

 神官に続いて皆が広間を出ていく中、ヨシュカが神獣ラウシィエンに声をかけた。


「リュナちゃんに何か起こった時は、神殿で保護してください。……カイの欠片だけでなく、ライラ様の血も口にしている可能性があります」

「それは……幻獣化して暴走しないように、監視したほうがいいということですか」

「監視までは……あくまで可能性なので……」


 出血するような怪我をライラが負うことは、自分から受けない限りはほぼない。しかし、防御力は体内魔力が身を守る壁も含まれる最大値のため、料理中にうっかり自分で切ってしまうなど、怪我をする可能性自体はある。さらに、使っている刃物は剣だけでなく包丁まで九頭龍が制作した品、特殊な性質を持つこの世界のアダマンタイト入りの合金だ。ライラを傷付けることは可能だった。

 舐めれば治るを実践するリュナが、うっかり怪我をしたライラの血を口にした可能性は、ないとは言いきれない。


「通常の獣化は補助する薬があります。足りなくなったら薬師ギルドに頼れるでしょう。効力が下がっても、それまでに少しは慣れるはず。……幻獣化しても暴走するとは限らない、本人が制御できるかもしれません。ただ、制御できたらできたで……周囲の目がどうなるか……。それで、何かあったらお願いします……と、伝えておきたかっただけです」


 ヨシュカも広間から出ていこうとした時、ライラが戻ってきた。


「お父様? いないから心配しちゃった。話の邪魔してごめんなさい、外で待ってるね」

「もう終わったから大丈夫、俺も行くよ。まきあげた、じゃなかった、分けてもらった薬用植物のお礼を言ってただけ」


 ライラを追ったヨシュカの背中に、神獣ラウシィエンは小さな声を投げかけるしかできない。


「そちらも、気を付けてください」


 何に、とは口にできなかった。

 小さな声量のわりにしっかりヨシュカへ届き、ひらりと手を振り返される。

 神獣ラウシィエンは丁寧に腰を折って頭を下げ、誰もいなくなった広間でしばらくの間そのまま見送り続けた。







 案内してくれた神官へお礼を言って飛び立ったあと、カイは名残惜しそうにゆっくり飛ぶ、なんてことはなく。

 むしろかなり速度を出して飛んでいた。

 結界があるため、手加減してもしなくても乗り心地はあまり変わらないが、急いでいるわけでもないのに。


「カイ、もうちょっとゆっくり!」

「あ? なんでだよ」

「お願い」


 ライラに声をかけられて、ほとんど変わらない程度の手加減をするカイ。

 ヨシュカとサウラは気にしていなかったけれど、レンが怯えている。レンは顔に出さずに、平然とした態度をとりつくろったまま、尻尾を丸めていた。


「周りを見ないで、果実水でも飲んでる?」


 草原のピクニックかと思うほど気軽に、ヨシュカは果実水や軽食を出して寛ぐ。


「ああ、見てない時は平気でしたよね」


 サウラも体を繋ぐ鎖を踏まないよう気遣いはするが、遠慮なく足を伸ばして果実水を受け取っていた。

 耳を下げたレンがヨシュカに寄り、同じ果実水を貰う。


「今も、平気だ」

「……そんなにくっつかなくて大丈夫だよ?」


 ヨシュカが困ったように笑い、レンの肩を叩いて体を離した。


「あっ……」


 レンの果実水を持っていないほうの手が、所在なさげに空中をさまよう。

 いきなりライラが抱きついたことで、さまよっていた手だけでなく体ごとびくっと硬直した。


「こうしていれば、怖くない?」

「い、いや、最初から怖くないけど」


 目を合わせられないレンは、ひたすら果実水の水面を見ることでなんとかごまかす。

 だんだん慣れてきたと思っていたが、そうでもなかったようだ。


「……じゃあ、私が寂しいから、くっついてる」

「ああ……尻尾のほうがいいか? 触り心地は違うだろうけど……」


 丸めていた尻尾をふさりと伸ばして差し出し、ライラの好きにさせる。


「……ありがとう」


 ライラは小さな声でお礼を伝えて、尻尾ごとレンを抱え直すと肩を震わせた。




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