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地下の薬湯

 地下一階へ下りると、風呂の前で二人の女性神官がライラたちを迎えた。薬湯の用意をしている途中だと説明される。

 すぐに終わると言うので、着替えて待つことにした。男女の浴室に分かれているわけではないため、水着で入るつもりだ。

 本来の水浴びで使う際にも決められた服を着て入るので、着衣が禁止ということは元からない。

 ライラたちが着替えて女性神官のところへ戻ると、先程までいなかった一人の男性がゆっくりと振り返った。

 男物の落ち着いた服装だが、振り返った顔は妙齢の女性にも見える。


「ちょうど終わったところですよ」


 優しく微笑みながら発した声は、高いけれど男性寄りの声だった。

 一つにしばられた長い金髪を右肩から前に垂らし、細く白い指先を添える仕草は女性的だが、中身は無性別のはずだ。

 ヨシュカとカイは揃って呆れる。ここ中立神殿の神獣自らが、薬湯の用意をしていたのか、と。


「ラウシィエン様の用意した薬湯なら、効能は期待できそうですね」

「お世辞はいりません。ヨシュカを喜ばせるつもりで薬湯にしたわけではありませんよ」

「そうでしょうね」


 気にもせずヨシュカは微笑み返しておき、話が長くなる前に横を通り抜けようとした。


「わたしもあとからご一緒させていただきますよ」


 神獣ラウシィエンは目を細めて呟くだけで、女性神官を連れて去っていった。戸惑うライラが後ろ姿へお礼の言葉をかけるけれど、反応もしないまま。


「……どうして、神獣様がカイとお父様に殺気を向けてたの?」

「さあ? 以前から好かれてはいなかったけど」


 ヨシュカが首を傾げてライラから目をそらし、カイに視線を向ける。


「心当たりがありすぎてわかんねえよ」


 カイはわざとらしく肩をすくめ、溜息を返しておいた。

 こうしてライラに気付かれても、不安にさせても、関係ないとばかりに殺意を隠さずにいた理由はわからない。

 殺したいほど憎まれる理由なら、女神関連で心当たりが複数あるけれど。


「カイと俺以外も入るってわかってるのに、薬湯に毒を混ぜたりは、たぶんしないと思うから」

「たぶんって……も、もし何かあったら、すぐに解毒するからねっ」

「ありがとう。俺もいくつかは薬を持ってるから、対応できると思う。それより、今頭痛薬が飲みたいかな……」


 心配するライラの頭を撫でつつ、目を合わせないようにヨシュカは何もない壁を見つめた。

 眉間に少しだけしわを寄せたサウラが、後ろからヨシュカの肩を叩く。


「何かあってから対処するんじゃなくて、リュナさんもいるんですから事前に調べてください。大人でも問題になるようなら、一番影響があるのはリュナさんでしょう」

「ごめん、そうだよね」

「ヨシュカさんは何してもしぶとそうですけど。レンさんにだって何が影響するかわからない……もし即死だったらライラさんの解毒だって間に合わないんですよ?」

「サウラは自分の心配ってしないの?」

「っ……し、してますよ。なんですかその生ぬるい目は!」


 振り返ったヨシュカの顔を押しのけて、サウラはライラを連れて扉を開けた。


「さ、先に調べましょう。念のためアクアさんにも協力してもらって」

「う、うん。……あれっ?」


 ライラはアクアを呼び出そうとして足をとめる。

 名前を呼んでも、気配があるのに反応がなかった。

 何度呼びかけても変わらない。


「前にも、神殿内で出てこなかった時があったから……今回も?」

「頼めないならしかたないですね」


 サウラは自分の精霊を呼び出すのも諦めて、薬湯へ歩み寄り、ふちに膝をついた。

 濁った茶色い湯に、濃い赤色や黄色の花びらが浮かぶ。

 追いかけたライラも隣で薬湯に鑑定を使ってみた。

 湯けむりに異物が混ざっていれば手遅れだが、花の香りがするだけで目などの粘膜が痛むこともない。鑑定だけでなく解析までしても、毒は表示されなかった。


「大丈夫、みたい?」

「そうですか。まあ、違和感のある匂いもありませんからね」


 立ち上がったサウラが薬湯に足を突っ込んだ。


「えっ!?」

「入らないなら引き返しますけど、入るつもりなら何もしないわけにはいかないでしょう」


 驚くライラの前でもう片足も湯船に入れ、そのまま腰を下ろした。

 浮かぶ花びらが波に押され、ゆらゆら揺れる。


「痛みも、かゆみもないですよ。リュナさんにはちょっと熱いかもしれませんけど」

「私が先に入ろうと……」

「ライラさんに何かあったら、誰が治すんですか? ヨシュカさんの薬もありますけど、飲める状況じゃなくなったら?」

「即死なら間に合わないって言ったのは」

「オレは平気でしたから、それ以上体が冷える前に入りましょう」

「うん……」


 ライラも足で花びらをよけながら中に入り、サウラの横に座った。

 水中で段差になっていて、濁っていてわかりにくいが三段ほど先まであるようだ。

 段差を椅子代わりに足を伸ばし、花びらをつまんで見る。


「これが疲労回復? こっちが魔力回復……」


 呟くライラの後ろから、リュナがやっと入ってきた。

 ちょっと震えてライラの腕にくっつくけれど、今までの会話を聞いていたからといって怖いとは口に出さない。まだ少し不安なだけだ。


「お、泳ぐのはこんどにしてやる、なのですっ」


 ぱしゃぱしゃと尻尾で花びらを遠ざけ、足元に沈んでいた袋を蹴る。

 カイが側に入ってライラからリュナを剥がし、背後から抱えて座り直させた。


「足がつかねえなら連れてってやろーか?」

「あとでにしてやる、なのです……」

「はいはい。にしても熱くねえ? 大丈夫か?」

「ぜんぜんへーき、なのです」


 リュナは濡れた尻尾を自分でこすりながら足をバタバタさせる。

 レンとヨシュカも湯に浸かり、体を伸ばす。少しくらい熱くても、体にじんわり染みて心地良かった。


「レンを見てると、もずくが食べたくなるんだけど。あ、色は似てないよ?」

「色以外は似てる食べ物でもあるのか……?」

「とろろ昆布でもいい」

「でもいいってなんだ……どうしてライラまで笑ってる」


 困るレンには申し訳ないが、ヨシュカの呟きを聞いてライラも想像した。


「お、おいしそうだよ?」

「……それはなぐさめてるのか?」

「ごめ、ごめんなさいっ……だって……っ」


 一応笑いをこらえているつもりでも、ぷるぷる震えてしまう。

 我慢したって毛並みが揺れているお湯が視界に入る。目を閉じて意識をそらそうとしても、ついちらっと見てしまうのだ。


「触っても、いい?」

「いいけど……食べるな」

「ふっ、た、食べないよっ……」


 真剣に不安そうなレンに、ライラは冗談でも食べるとは言わなかった。


「おいしそうだけどっ」

「本当に食べないよな?」


 レンはライラから逃げるようにして、少しだけ離れる。


「やっぱり今は触らないでくれ」

「うん、わかったっ」


 大柄なのに今の瞳だけは小動物みたいで、追いかけないことにした。

 ライラは引っ込めた手で、揺れるリュナの尻尾を撫でる。

 自分が狙われると思っていなかったリュナは、驚いてばしゃばしゃと水面を叩いた。


「ふいうちよくない! なのです!」

「ごめんね、リュナがかわいいからつい」

「ほめてもだめ! なのですっ!」


 リュナが涙目でライラを見て、ぷくっと頬をふくらませる。

 その様子がかわいくて皆が笑ってしまったところへ、神獣の気配が近付いてきた。

 全員が一瞬だけ身構え、次の瞬間には違和感があった。本当に同じ神獣かと疑いたくなるほど、穏やかな気配には一切の殺意が感じられない。


「楽しんでいただけているみたいですね」


 穏やかで優しい微笑みは、作られた感じがしなかった。


「わたしの選んだ薬用植物は、肌に合いましたか?」


 あまりにも自然に、薄い布一枚で薬湯へ入って腰を下ろす。


「このあとは薬膳料理を用意していますよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 自然すぎて初対面と比べると不自然なのだが、ライラは戸惑いながらも感謝の言葉を伝えた。

 神獣はライラの言葉に喜び満面の笑顔を見せる。

 変化についていけず、ライラたちは皆ますます戸惑うことになった。




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