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中立神殿

 獣王国の中立神殿は、川に囲まれていた。中立神殿の手前で川が左右に分かれ、ぐるりと周りを囲って反対側で再び一本の川に戻る。

 川と中立神殿を間に挟んで両側へ広がる街は、それぞれ領主が違い、名物の料理から違った。

 民の仲が悪いわけではない。

 竜の暴走のあと、海の近くまで避難していた獣人族たちは、虎を王として復興していった。

 魔国寄りにある山のふもとへ避難していた獣人族たちは、猿を王として復興していった。

 少しずつ生活できる土地が増えていき、二つの国が繋がった。

 国が一つになってからも、王は二人のまま。

 別の国とも言えるが、二人の王が協力し合って一つの獣王国だと認めている。

 中立神殿では、両側から半数ずつ選ばれた神官が働いていた。

 そう神官の話を聞きながら神殿内を案内されて、ライラたちは六人で泊まれる広さの部屋に入った。

 カナンを出たあと、街には下りずに直接この中立神殿の庭へ下り立ったが、出迎えた神官たちは飛青竜が来ることもあるため対応に慣れていた。竜の大陸から必要なものを運んでもらうために、竜が人化しなくても入れる庭が一つあるのだ。

 今はカイも建物内まで入れるように人化している。


「あー、広い風呂入りてえ……」

「飛ぶのに疲れた?」


 ヨシュカはカイが平気だとわかっていて聞く。


「カナンからここまでの距離で疲れたりしねえけど」


 カイも心配されているわけじゃないと知りつつ、一応答えておいた。

 たとえ疲れていなくても「疲れた」と言う時もあるが、扉の近くで待機している神官に聞こえて本気にされたら困る。

 ただ、広い風呂に入りたいというのは本心だった。


「ここも広いお風呂があったはず……」


 神殿内の構造を頭に浮かべたヨシュカは、使用許可を出す権限のある神官と交渉しに行った。

 カイは自分で言い出したくせに呆れて、肩をすくめながらヨシュカの背中を見送る。


「ここはヨシュカの自宅かっつーの」


 溜息は吐くけれど、やめさせたりはしない。ヨシュカの行動に驚いているサウラとレンはともかく、ライラとリュナが広い風呂と聞いて楽しそうにしているからだ。


「どのくらい広いのかなっ?」

「泳ぎたい、なのです!」


 リュナは勢い良く挙手しながら、ぶんぶん尻尾を振る。

 向かい合わせに座ったライラの頭上で、アクアも一緒になってわくわくしていた。


『いいおみずいっぱいなの』

「入ってみたいねっ」


 ライラは胸の前で手を合わせ、許可が出ることを祈った。


「あっ、そうだ、今のうちに……」


 書庫を開き、収納してあるものの一覧も確認する。

 子供でも飲める、ここでリュナと別れる前に渡したい薬を、ライラが自分で作れないかと調べ始めた。

 旅でリュナが探していた薬用植物のうち、リャシャシュリーユは再生力を高め、リコラスは体内魔力を活性化させ、シザシャは肉体を活性化させる。

 三種類以外との組み合わせで強い薬にもなり、赤いシザシャの酒だったら血行を良くする程度の弱い効能にもできた。

 獣化が苦手だと父親から言われていたリュナは、体に異常があるわけじゃない。言われてから改めて調べるまで気にしていなかったけれど、リュナは大きな力と子供の体とのバランスが整っていなかった。

 手持ちの素材とリュナの現状を合わせて考え、薬を選ぶ。


「えっと、これで、役に立つといいんだけど」


 ライラは持っていない器具の代わりに、小さな結界へ材料を放り込んでいく。

 魔法と錬金術もどきを使い、乾燥や加熱などいろいろな工程を短縮して済ませた。


「……液体になっちゃった……錠剤のほうが飲みやすかったよね」


 効果じゃないところを気にして首を傾げる。


「でも、完成したからっ」


 今回の薬作りは、求める薬を想像していきなり作っても良かったが、素材から作ってみたかったという個人的な理由もあった。

 完成したことで嬉しそうにしながら、結界から二十個の小瓶に薬を注ぐ。小瓶は直接作ったものを使っていた。


「リュナが獣化で困った時に飲んでほしい」


 作っている間のライラからもれる独り言を、ずっと不安そうに聞いていたリュナは、テーブルに置かれた小瓶を受け取っていいものか悩む。


「飲めばこまらなくなる、なのです?」

「たぶん。弱めにしてあるから、無理はしてほしくないけど。えっと、体を活性化させて、獣化した時の魔力変化に耐えられる、ようになる? はず?」

「せつめいがこわい、なのです……」


 リュナの表情は、自分のことを考えてくれたライラへ感謝して、嬉しそうにしている。しかし、どうしても薬自体には不安を感じてしまう。

 ライラが鑑定した結果では大丈夫なのだが、初めて作ったこともあって説明に自信が持てなかったせいで、怖がらせてしまった。


「赤いシザシャで、似た薬は作られてるから、薬師ギルドに相談しても大丈夫だよ。これは、私が自分でリュナに贈り物がしたかっただけ」


 今回はライラがリュナと一緒に採取していた素材を使ったけれど、獣人族向けの似た薬は他にもある。嵐牙族の体質に合った薬用植物だから集めていたのだろうと思って、収納してあった素材から使っただけだ。

 特にリュナの場合、元から幻獣化に適した素質がある。幻獣化の秘薬に使われる素材が体質に合わないわけがない。

 秘薬を使えば獣人族なら幻獣化できるわけではなく、嵐牙族だから幻獣化できる。今でこそ人寄りの外見をした種族だが、強い幻獣の血を引いた種族なのだ。

 一族の中でも、リュナは力の性質が昔の幻獣に近かった。

 成長が早く、早すぎたために肉体が追いついていない。


「……勝手なことして、ごめんね? 受け取らなくてもいいから。気にしないで」


 ライラは申し訳なさそうにしながら微笑む。


「っ……ちゃんともらう、なのです!」


 慌てて奪うように、小瓶をかき集めるリュナ。

 収納鞄にかたっぱしから入れていき、最後の一つをぎゅっと握った。


「だいじに、使うから、なのです」


 小瓶を握ったまま、腕で涙をぬぐう。

 お別れだからライラはこんなことをしたのだと思い、鼻の奥がつんとした。

 こんなに寂しいなら一緒に戻ればいいとわかっているが、それじゃだめだとも思っている。ちゃんと一人でいろいろなことをやってみたい。寂しいだけじゃなく、一人で自由にすることが楽しみでもあるのだ。

 風と嵐牙族は自由の民。祖父母も両親も言っていたその言葉を思い出し、泣きながら笑顔を見せた。







 戻ってきたヨシュカは、リュナのぐしゃぐしゃになった顔を見て驚いた。抱き合うライラも泣いていて、話を聞ける状態には見えない。

 離れたところにあるベッドへ座っているカイに事情を聞き、安堵の胸をなでおろす。


「二人が落ち着いたらお風呂へ行こうか。地下のほうを使っていいって」


 ヨシュカがヒラヒラと振った紙を見て、カイは首を傾げながら頭をかいた。


「地下?」

「水浴びをする場所なんだけど、春まで使わないからって……今の時期はお風呂として活用してるらしい」


 許可をもらってきたヨシュカも、話を聞いてすぐは神官相手にどう返事をすればいいかわからなかった。


「詳しく聞いたら、冬は火に関わる力が強くなるから発散のためにもなってるみたい」

「神獣でお湯沸かしてるってことかよ」


 カイはベッドへ寝転がって、体を伸ばした。


「前からそんなことしてたか? まあ、しょっちゅう会うわけじゃねえからな……知らねえだけか」

「どうだろう……俺も覚えてない」


 思い出すのを諦めて、ヨシュカはサウラとレンに視線を向ける。

 二人はライラとリュナに声をかけられず、困った顔のまま見ているだけだった。


「落ち着くまで待とうと思ったけど……。ライラ、リュナちゃん、お風呂行くよー?」


 はっきり聞こえるように声をかけ、ヨシュカは上着を脱いでベッドの上へ投げた。

 サウラとレンもようやくほっとして動き出す。

 涙をふいたライラとリュナは、手を繋いで立ち上がった。


「広いお風呂、楽しみだね」

「い、いっぱい泳いでやる、なのです……」


 恥ずかしくなったのをごまかし、リュナは繋いだ手を引っ張って少しだけ前を歩いた。




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