六人で朝食を
お祝いをした翌朝、ライラとリュナは同じベッドで目を覚ました。
別れが近い寂しさもあり、布団にもぐってぎゅっとくっつく。
「リュナの尻尾、ふわふわ……」
「く、くすぐってえな、なのです……」
尻尾を触りすぎれば拒否されるが、ベッドを飛び出して離れたりはしない。
「……もう一度ルクヴェルに戻らなくていいの? せめて、依頼が少ない冬の時期は、一緒にいて……それからまた獣王国まで来ても……」
「心配いらねえ、なのです」
無事に両替ができたので、一人で冬を越せるだけの貯金がリュナにはある。昨日、冒険者ギルドで出した素材もそのまま買い取ってもらった。
子供だけだからといって宿を断られたりしないことも、事前に教えられていた。
出会っていなければ、まだ一人で旅をしている途中だったはずだ。
「大丈夫、なのですっ……」
リュナは耳をぺたんと下げ、頭をぐりぐりとライラの胸元へ押しつける。
「ね、くすぐったいよ」
「さっきのおかえし、なのです」
二人がくっついているところへ、アクアも出てきて間に挟まった。
体温と、体温がうつった掛け布団が、心地いい。
「もう少し、なのです……」
「うん……」
ゆっくりとリュナの頭を撫でながら、再び目を閉じた。
カイとヨシュカは、ソファーに座って二人の様子を見ていた。大きな声は出さず、眠気覚ましに温かい薬草茶を飲んでいる。
「おいちゃんが敷布団になるのも終わりだねえ」
「竜が敷布団扱いを受け入れてるってどうなんですか……今更ですけど」
着替えたサウラがソファーの近くで椅子に座り、自分が飲む分の薬草茶を注ぎながら溜息を吐く。
ヨシュカがティーポットを受け取って、目の前のコップに二杯目を注いだ。
「敷布団、ね。カイは枕じゃなかったの?」
小声で会話を交わし、くすくす笑っていると、レンが起きてきた。
体質に合わないと気付かず食べてしまった果実が原因で、昨夜から少し顔色が悪い。
「オレにも薬草茶を……」
「ああ、レンは他の飲み物にして、昨日と同じ薬を飲んでおいたほうがいいかも。この薬草茶とは同時に飲まないほうがいいよ」
顔色を見て心配したヨシュカは、収納していた薬と果実水を出した。
「ただの水のほうがいい? リンゴなら合わせても平気だし、苦味も減ると思うけど」
「果実水にしておく……」
苦味が減ると聞いて、レンは出された果実水を受け取った。
「今朝は少し冷えてるから、温かいものが飲んでおきたかったら、薬のあと。……それにしても……レンが獣王国で暮らすのは、他にも問題がありそうだね」
ヨシュカは念話石にそっと触れて、中立神殿へ連絡を入れる。
やりとりは口に出さなかったが、ふと溜息を吐いた。
静かになった部屋の中に、腹の音が響く。
「あさ、ごはん、なのです」
恥ずかしそうな声が聞こえて、もぞもぞと掛け布団が動いている。豪快と言っていい音は、リュナの腹が鳴った音だった。
ライラも諦めて布団をめくる。起き上がると、薄いシャツがずれて肩が見え、胸からころんとアクアが転がり落ちた。
「ごはん食べようか」
くすりと笑ってから、ライラはリュナを抱き上げて座らせる。
片手でアクアをすくい上げ、肩に乗せて人差し指で撫でた。
「下の食堂に行くか、それとも部屋でのんびり……?」
「ライラ、レンの体調がまだ落ち着かないみたいだから、部屋にしよう」
ライラに声をかけながら、ヨシュカがテーブルに食事の用意を始める。
エクレールで買っておいたサンドイッチや、塩コショウだけのスープだ。食材も珍しいものは使われていない。
先にサンドイッチを手にしたカイが、椅子へ移動してライラとリュナにソファーをゆずる。
「……ちゃんと野菜食えよ」
「わかってる、なのですっ」
朝食を皆で囲み、ゆっくり食べ始めた。
ヨシュカはスープを片手にライラを見る。
「ルクヴェルへ戻る前に、獣王国の神殿、あ、カナンのじゃなくて、神獣様のいる中立神殿なんだけど、その……寄り道してもいい?」
「え……レンさんもこっちに残ることにしたの?」
「いや、獣王国に残らなくても、立ち寄ってほしいって……」
このままレンが獣王国で暮らすことに決めれば挨拶に行く予定だったけれど、暮らすか暮らさないかに関係なく寄ってほしいと言われてしまった。
「ライラは早めにルクヴェルへ戻ったほうがいいかな?」
「ううん、私は大丈夫。パーティーまでに戻れば……ドレスは頼んであるし、招待状はギルドで預かってるって連絡あったから」
ライラは移動中に受けた連絡内容を思い出しながら、大きく口を開けてサンドイッチにかぶりつく。
神殿で何日も拘束されるわけじゃなければ、挨拶に寄るくらい問題なかった。
「あ、お父様は、また何か頼まれたりとか……?」
「今のところはないよ。……それより、リュナちゃんのことなんだけど、中立神殿に寄ってもいいなら、そこまで一緒に行く? 川の向こう側に出れば、こっちより唐辛子料理が少ないんだ。辛すぎる料理は苦手みたいだから……ああ、あっちは代わりにコショウが多いけど。リュナちゃんが獣王国に残るって言ってたのは、カナンに残るほうがいい?」
首を傾げたヨシュカを見て、リュナがスプーンをくわえたまま固まってしまう。
どの街で暮らすかは決めていなかった。
「う……あ……」
「ご、ごめんね。焦って決めなくても大丈夫だよ。村のある森に近いほうがいいならカナンが一番だし、ここは討伐依頼も多く出やすい場所にあるから……。あとで行きたいと思った時に移動しても」
「行く……」
「えっ?」
「一緒に行く! なのです!」
リュナは口から抜いて握りしめたスプーンでヨシュカを指して、ぱたぱたと尻尾を振る。
「辛くないほうがいい、なのですっ」
川を越えなくても辛くない料理だってあるけれど、唐辛子料理が少ない分だけ他の料理が増えるなら食べてみたい。
「……もう少し、いっしょにいられる、なのです」
赤くなった頬をぷいっとそらして、皿で隠すようにスープを流し込んだ。
そんなわかりやすい反応だが見ないふりをしておき、話を聞いていたサウラはレンに視線を移して微笑む。
「唐辛子料理が少ないなら、レンさんも向こう側なら暮らせるんじゃないですか?」
「それは……」
レンは助けを求めるような目をヨシュカに向けた。
「ええと……レンが体質に合わなかった果実は、向こう側で多く流通してるみたいだから、気を付けておかないと大変かもね……」
「ヨシュカさんはどっちの味方なんですか?」
「まずどっちの敵でもないよ……。サウラだって本気でおいていくつもりはないくせに」
「もし本当に暮らしたいと思えたなら、残るって言い出しやすいほうがいいでしょう」
必要以上に小声になって呟くサウラの顔には、これでも心配だってしていると書いてあるみたいだった。
「……表情がわかりにくいって嘘だよね」
ヨシュカがくすりと笑って目を合わせると、サウラはすぐに顔ごとそらして食事に集中した。
それでも急いで食べ進めることはしない。
今この時間が終わってしまうことを、もったいないと感じているようにゆっくり、エクレールで食べ慣れた味を六人で楽しんだ。