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収穫祭

 たくさんの料理が焼けたり煮えたり、揚げられたりする音と香り。出店で客寄せする活気のある声、そこに集まる賑やかさ。

 街の広場も通りも、そこかしこが普段以上の盛り上がりだ。

 収穫祭の月末二日間は、ある者にとっては稼ぎ時で、ある者にとっては仕事など二の次で楽しむための時間。

 いつもは静かなレストランも、店の前に料理を並べて。普段から大きな声で売り子をしている者は、いつも以上の声を発して。皆が秋の恵みを喜び、笑顔で溢れている。


「揚げ虹キノコとポテト、なにかの唐揚げタルタルソース、コーニャロのスープ。コーニャロって煮ると豚足みたいな食感なんだ。サラダだとコンニャクみたいなのにね」

『ふたたまねぎのまるあげなの』

「ま、麻婆豆腐? 丼物だけど米はチャーハンなんだ」


 目移りしてしまう、選びきれない多くの料理。ライラは迷いながら、食べたいものを買っていく。

 近くの店先でワイルドボアが丸焼きにされ、削ぎ落とした肉をパンに挟んで売っていた。

 ガルモッサの串焼きは、塊一つが手のひらほどもある肉を三つも刺して焼かれ、できあがるそばから客の手に渡る。


「串焼き五本で」

「あいよ!」


 周りが騒々しくても慣れているのか、かき消されそうになる注文をしっかり受けるおじさんは、そこらの冒険者よりたくましい体で軽々と大量の肉を持ち上げた。

 焼きたてを受け取っていると、カイが戻ってくる。


「あ、いたいた。おいちゃんホットワイン買ってきたけど、嬢ちゃんも飲む?」

「シナモン入り……じゃない、その派手なピンクの棒は何?」

「これも香り付けの一種? あ、おいちゃんは普通ので、こっちはリンゴジャム入りだから嬢ちゃんのね」

「まだ飲むって言ってないのに……飲むけど」


 嬉しそうに受け取って、一緒に空いた椅子を探す。けれど、広場に用意された臨時の席はどこも埋まっていた。

 これだけ賑わっていればしかたがない。料理をアイテムボックスへ避難して、ホットワインで温まりながら次の店へ足を向けた。


「ハナミツは今が最後だよー! 次は春までおあずけだー! 買った買ったー!」

「窯焼きプリンでーす! 生クリーム二倍サービスしてまーす!」


 売り込みに誘われ、ライラは思う存分買い物を楽しむ。

 毎年恒例だという収穫祭で盛り上がるのは、食べ物の店がほとんど。だが、一部は装飾品や魔導具の店も露天を出していて、その場で家族に贈り物をする姿や、光る玩具の魔導具を持った子供が走り回る姿も見られた。

 身長一メートルほどの小柄な兎獣人が、混雑の隙間を器用に走り回って食材を運んでいる。その行く先に、見覚えのある姿があった。


「フェルさん、カール」

「おや、ちょうど良かった。新しい発泡ワインの試作があるんだけど、どうかな?」

「シャンパンみたいで、うまいんだ」

「いただきます……おいしい。うん、シャンパンみたい」

「以前より刺激が強めになっているけれど、このくらいのほうが好評みたいでね。カールが言うシャンパン? っていう名称で売り出そうと思っているよ」


 試飲だけでなく、未開封を一本譲ってくれた。

 仕事に戻る二人を見送る。


『しゅわしゅわなの?』

「おいちゃんは冷やして飲みてえなあ」


 シャンパンを開けるのは、宿に戻ってからと決めて。

 数種類のチーズやコーニャリの実、オレンジやパイラス、山盛りマッシュポテトを、シャンパンのお供にと買っていく。

 すでにサラダやサンドイッチ、カップ入りパンケーキにアップルパイだけでも、何日かけて食べるのかという量が収納されていた。


「嬢ちゃんなら心配いらねえだろうけど、ちゃんと全部食えるのか?」

「ふ、冬に引きこもっても安心……とか?」

『くっちゃねなの』

「冬眠するみてえだな」


 笑いながら串焼きをかじり、次の飲み物を買う。

 ホット白ワインに、シナモンの効いたオレンジとリンゴのジャムを入れてもらった。

 隣の店でもスコーンを注文する。


「キュウリって、サボテンみたいなのから生えてたんだ。何度も食べてるけど知らなかった」

「お、ワイルドガゼルの煮込み。あの鍋で最後みてえだな」

「買う! 牛肉みたいでわりと好きなの」

「ネムキャルってそんな美味えの?」

「あれは私的に乳牛のイメージっていうか……食べたことない」


 つい牛肉に例えてしまったライラだが、外見が牛っぽい家畜はミルクが主で、肉はあまり出回っていない。

 牛乳と言ってしまっても通じるので、この世界ではネムキャルが牛なのだろう。

 ルクヴェルは、生クリームにバターやチーズといった乳製品が豊富で、香辛料も森でコショウが採れたり多種多様な輸入品も多い。だからこそ、味わいの違うたくさんの料理が楽しめた。

 ライラの気に入っていたカルカデは、村からの輸入量が少ないのかほとんど見かけなかったけれど。

 記憶では暑い地域でしか採れない食材や時期の違うもの、初めて見るものもあって、どれも美味しかった。


「あとは、やっぱり白米が食べたくなる……」

「うんうん、わかるわー」

「ソフィア? いつの間に?」


 独り言のつもりで呟いた声に反応があって振り返ると、冒険者ギルドで顔を合わせるエルフが立っていた。ライラの歓迎会をしてくれたうちの一人で、会うといつも話しかけてくれている。


「声かけようと思ったら、白米って呟いてたところよ。懐かしいわー」

「懐かしい?」

「前はねーそのまま食べても美味しいお米があったのよ。今はパサパサで、パエリアとかチャーハンには合うんだけど……。炊いただけだといまいちね。エルフ米をちゃんと育てられる人がいなくなっちゃったから」


 それを聞いて、書庫で調べたライラは三冊の本を作り出した。


「あの、農業ギルドに話をすれば大丈夫かな、エルフ米の育て方……」

「わかるの? え、その本って。……うん、食べられる実りはないけど、研究用にまだ残されてるって話は聞くから、なんとかなるかも?」


 戸惑いながらも、ソフィアの知っていることを教えてくれた。エルフたちの間では今でも食べたいと思う者が多く、つい最近も話題になったところだという。

 エルフ米が使われていた加工食品は、代用品や新しい品種でどうにかなったものの、そのまま食べられる白米としては上手く育っていないらしい。

 ルクヴェルで育てられるかはわからないが、農業ギルドに情報を持ち込めば、他の街でも育てられる場所が見つかるかもしれない、と。


「今の時期は、農業ギルドも忙しいでしょうけど。そうだ、今度アルテンまで護衛の仕事があるから、そっちのギルドに届ける? 友達のお兄さんが働いてて、エルフ米の研究もしてるって聞いたわ」

「お願いしてもいいの?」

「あたしだって食べたいもの。無理なら届けるなんて提案しないわよ」


 本が三冊あればかさばるものだ。護衛する時の邪魔になるのではと心配したけれど、ソフィアはエルフ米のためならと張り切っている。

 必ず届けると約束して、清々しい笑顔で手を振り走り去っていった。

 これで美味しい白米が食べられる日が来るかもしれない、とライラも嬉しくなる。アキツキシマは昔の日本に似ていると聞いていたが、米はどうしているのだろうと考えたところで、炊き込みご飯ならあったと思い出す。

 しっかりとした味付けで、定食になっていたり、依頼で街を出る冒険者向けにおにぎりとして売られていた。

 和食が恋しくなったところに、うどんの香りが漂ってくる。

 肉がどっさり盛られたうどんや、キノコの天ぷらなど、アキツキシマ料理が中心の屋台だ。

 カツ丼もあったが、汁が多めで米のパサパサをごまかしている。エルフ米が流通すれば、これが改善されるかもしれない。改めて早くエルフ米が成功することを祈った。


「汁でごまかせない天丼とか、楽しみだよね」

『あたちもたべてみたいの』


 今はうどんで天ぷらを食べようと、ツルツルタケ天ぷらの温うどんを頼む。

 出汁は、乾燥した昆布に似ているものが、屋台の奥に見えた。

 そういえば海ってどのくらい離れているのだろう、とライラは首を傾げる。宿に戻ったらもっと大きな地図を見てみようと決めて、目の前のうどんに集中した。


「おいちゃんは米酒が楽しみだねえ。今あるやつも嫌いじゃねえんだが、薄めなんだよなあ」

「火酒かワインばっかり飲んでるもんね」

「いやあ、この街の火酒は好みでねえー、ついつい」


 火酒はドワーフのレシピによってかなり違いがあるようで、ライラから見ればルクヴェルのものはブランデーが多かった。これがラムやウォッカみたいなものもあるのかと思うと、楽しみが増える。

 ワインやジャスミン茶は、アルテン産が多い。酒にも色々あるように、別の街へ行けばジャスミン茶も紅茶以外があるという。

 さらに屋台を巡り、気になる度に買っていく。


「バクダンジャガイモ! バクダンジャガイモのジャガバターだよ! 秋だけ! 今なら漬けキャベツおまけだよ!」

「ジャガバター三つ、バターも多めで」

「お嬢ちゃん! うちの赤いコーニャリは、しっかり熟してて甘いよ!」

「えっと、大きい袋で二つ」


 黄色のコーニャリはアセロラジュースのような味だったが、赤く熟したものは酸味が抜けて、甘く煮たさくらんぼをゼリーにしたような味だった。


「コンニャクゼリーなのにモチモチさせたみたいな、不思議な食感……。名前が似てるコーニャロは野菜なのに、こっちは果物なんだね」

『もっとなの』

「アクアは赤いほうが好き? これも旬が終わるみたいだし、今のうちに買っておこうか」

『いっぱいなの』


 追加で十袋買うと、ジャムを二瓶くれた。小さな瓶に入った赤と黄の二種類のジャムは、皮まで使って色を着けることで、材料にしたコーニャリの熟し具合がわかるようだ。

 店の前を離れてすぐ、紅茶を使ったジャスミン茶を見つけて、冷たいものを買った。


「宿のご飯も楽しみなのに、食べられるかな」

「おいちゃんと運動する? あっちでナキドリ掴みゲームやってて、成功したらエッグタルトもらえるらしいよー」


 主に流通しているタマゴを産む鳥で、かなり俊敏らしい。

 ライラは鶏と同じようなものだろうと油断していたら、予想よりすばしっこくて驚いた。それでも最短記録で捕獲し、エッグタルトを無事入手する。

 他の甘味もと言って、蒸しパンや色が変わる飴なども買って。瑞々しい綿飴を見つけてはしゃぐ。

 気付けば、店じまいを始めているところもちらほらあった。


 まだ見ていないところも多く、後ろ髪引かれる思いで宿に帰り。

 明日の二日目にも期待して、冷やしたシャンパンを開けた。




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