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生きた森

 黄色い葉っぱをふろしき代わりに使って、精霊たちが赤茶色のシザシャを運んできた。

 ライラの用意した籠へ、どんどん落としていく。


『まだまだ』

『あるよー』


 戻ってきた精霊をライラが順番に撫でているうちに、また別の精霊がシザシャを持ってきて籠へ入れた。

 採れる場所を聞いて探しに行くつもりだったけれど、こうして大喜びで運んでくるものを断りにくい。


「ありがとう。でも、いいのかな……」

『もりのおくー』

『これなら』

『まだまだいっぱいなのです』

「……森の奥?」


 崖から離れると地面へ落ちたシザシャも多かったはず。森の奥へ行ったほうが熟したシザシャが多いというのはどういうことだろうと、精霊の言葉を聞くライラは首を傾げる。


『おくのおくなの』

「もしかして、迷い森の中?」

『まよわないよー?』


 獣王国で迷い森と呼ばれているだけで、森にいる精霊には関係ない。

 シザシャを受け取り終えると、用意しておいた籠がいっぱいになっていた。


「あ、ありがとう、なのです」


 リュナが頭を下げ、ライラは魔力を少し濃くした水をまく。


「みんな、ありがとう」

『どういたましてー』


 精霊たちは嬉しそうに水を浴びてから、自由に帰っていった。まだ聞きたいことはあったけれど、呼び戻すのも悪い気がしてしまう。

 今のうちにライラたちは、少し遅くなった昼食を済ませることにした。

 サンドイッチや串焼きなど歩きながら食べられるものを選び、さらに森の奥を目指して進んだ。







 到着した迷い森との境目は、確かにわかりやすかった。

 今まで歩いてきた森の幹とは違い、表面に緑色の模様がはっきり見えている。離れたところからは細長い植物が巻き付いているようにも見えるが、触れても剥がれるものではない。


「み、見おぼえある! なのですっ!」


 特徴を聞いただけでは確信がなかったのに、直接見たことで思い出す。ただ、リュナは尻尾を振って喜んでいたが、いきなり先へ進むのはためらった。


「森が続いてるように見えるけど、植物じゃない……?」


 じっと模様のある幹を見るライラの横で、ヨシュカが頬をかく。


「一応、植物でもあるよ。この世界では、とりあえず妖精族だけど」


 樹木に見えても彼らは自我を持った種族だ。声を発する個体はほとんどいないけれど、動くことはできる。精霊が外へ追い出さなくても、前を向いている間に見えていない方向の景色が変わって、迷わされてしまう。

 周囲の魔素や魔力の流れも乱し、進行方向を固定して進むための魔導具も役に立たない。


「……昔は、旧獣王国と共存していて……ああ、模様は変わってるかな」


 話しているところへ、人型のまま飛んでいたカイが落ちてきて着地した。


「上から見ても、違和感はあるのに何も見えねえ」


 花畑も、誰かが暮らしているような建物も見えなかった。


『かえってきたのに、すすまないのかい?』


 心配そうな高い声をライラだけが聞き取り、きょろきょろ辺りを見回す。

 誰の声かと悩んでいるうちに精霊も集まってきた。


『みんないれていいの?』

『わかんない』

『きいてくる?』


 おろおろと周囲を飛び回り、ライラたちの様子を見ている。


『どうしよう』

「……私たちは入らないほうがいい? リュナは入れる?」

「みんないっしょがいい、なのです!」


 ライラの発言に慌てて、リュナはぎゅっと飛びついた。


『わかりましたあー』

『いっしょです』


 困っていたはずの精霊は、同行の許可を得たと判断して、急に元気になって手招きする。


「案内してくれるの?」

『どこまでー?』

「えっと……森の中にはシュラーラの花畑がある?」

『はーい』

「あるなら、その花畑まで」

『いいよー』


 すんなり案内してもらえることになり、精霊のあとに続いて足を踏み入れた。

 左右の木が少しだけよけて、道を作ったみたいに感じる。


『ではー、みなさまごあんなーい!』


 丸い子犬みたいな精霊が前足をぴしっと伸ばすと、地面にぽっかり開いた穴へ全員で落下した。







 飛ばされた先で、白い花畑に落とされる。

 周囲に広がる白い花は全てシュラーラだった。

 落ちてすぐは貴重な薬草を潰してしまったと焦るが、本当に貴重なのか疑いたくなるほどたくさん咲いていた。

 精霊に魔力水でお礼をすると、一気に飲み干したあとライラたちの頭上へ飛んでいく。

 目で追って気付いたのは、花畑を覆い隠す大きな木だった。葉が透けて日の光も入っている。そこに木があるとわかるのに、向こう側にあるはずの空が見えるのは不思議な感覚だ。


「これ、精霊樹……?」


 ライラがぼんやり見上げていると誰かが近付く気配がする。

 気配がした方向を見れば、狼獣人の男性が歩きながら頭をかいていた。


「なんでリュナがいるんだ? 忘れ物でも取りにきたのか?」

「あにさま……もう終わっただけ、なのですっ」

「は?」


 歩み寄ろうとしていた狼獣人の男性が、色素の薄い金毛の尻尾を硬直させて、ぽかんと口を開け立ち止まった。


「……何が終わったって?」

「全部持ってきた、なのです」


 わかりやすく竜王の鱗を見せようと出したら、リュナの手からすべり落ちて重みで地面に刺さる。


「あ……う……と、とにかくちゃんと集めてきた! なのですっ!」


 リュナは身長差であきらかに下から見上げているのに、がんばって見下ろすような角度に顎を上げて胸をはっておいた。


「う、嘘はよくないぞ。そんなに早く帰ってきたかったのか」


 ぶつぶつ言っている間に、わざとらしく溜息を吐いたリュナが男性を紹介する。


「これでも、わらわのあにさま、なのです……」


 リュナの兄だという男性は、年が二十近く離れていた。

 言われてみればなんとなく目元は似ているけれど、他はあまり似ていない。

 鱗を回収して、リュナは鼻と記憶を頼りに家へ向かった。

 花畑からの帰り方は覚えているようで、迷いなくライラたちを案内する。


「……嵐牙族、なのです」


 耳を少し下げ、ぽそりと小さく呟いて告げた。

 木と木の間にも白いシュラーラの花が咲く、道なき道を歩き、振り返らずに進む。

 話し声や生活音が聞こえてくると、離れた樹上に建物らしきものが見えた。

 地面にも低い物置小屋のようなものがある。


「ただいま! なのです!」

「え?」


 大きな声を出したリュナを見て、村の狼獣人たちは皆、揃って首を傾げてしまった。




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