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カナン冒険者ギルド、森でシザシャ探し

 見下ろした景色には、ゴツゴツした岩場や崖がある。獣王国内にある街から街までの間、何もない平地は珍しい。

 王都を出てすぐの場所でも岩場が残っているくらいだ。

 ホラルは低い崖の上にあり、目的のカナンはそのさらに先にあった。

 到着した足で冒険者ギルドへ入り、解体が必要ない素材を少し買い取ってもらう。

 張り出された依頼書に目を通してから、酒場で席を確保した。


「シザシャを集める依頼も残ってたね」


 ライラは確認したばかりの依頼書を思い返し、上着を脱ぐ。


「フォレストガゼルの群れが未討伐ってことは、遭遇するかもしれません」


 残る依頼から森の状況を予想するサウラの声に、リュナが嬉しそうな顔をした。


「野宿でも肉には困らねえな、なのです」

「……フォレストボアの討伐依頼には、通常より大きな個体が目撃されていると注意書きがありました」

「肉いっぱいっ、なのです」


 リュナは怖がるどころか、目をキラキラさせて楽しみにしている。


「味見、しておきますか?」

「串焼きがいい! なのです!」

「王都でも食べましたけどね……」


 酒場の品書きを開いて、サウラは目当ての肉が使われた料理を選んだ。

 串焼きに、煮込み料理と酒も注文しておく。果実水はマレクトンが気になった。


「どんな味かな?」

「甘酸っぱくて、花の蜜とバラっぽい香りもするよ」

「お父様は知ってるの?」

「まあ、襲われたこともあるからね」

「えっ?」

「マレクトンって食獣植物の果実なんだよ。あ、獣人じゃなくて魔物が主食なんだけど。食べないだけで襲ってはくるから、酔わせて収穫するんだ。近寄る前に酔わせてしまえば、収穫自体は簡単だからね」


 品書きへ気軽に並ぶくらいには数も多く採れ、毒もない。


「レンが食べられる心配もないよ、たぶん」

「そ、そうか」


 ほっと胸を撫で下ろすレン。

 先に運ばれてきた煮込み料理や酒、果実水に手を伸ばし、皆で食べ始めた。

 そこへ、いきなり駆け寄ってきた冒険者の女性が、ライラの側で膝をつく。牛に似た獣人の女性は、大きな体を少しでも小さくしようと膝をついたのだが、それでも視線の高さが近い。


「はじめまして。ミノタの一族、シャファといいます。白姫さんと、私が生きているうちにお会いできて嬉しく思います。突然お食事の邪魔をして、すみません……」

「あ、あの、気にしないでくださ――気にしないでいいよ。えっと、冒険者同士だから、もっと気軽に……ね?」

「ありがとうございます。いえ……ありがとう。ギルドで話を聞いた時から、一度でいいから話してみたかった」


 シャファは、周囲でひそひそ話す冒険者たちを睨んで見回し、笑顔でライラへ視線を戻す。


「私もいつか、同じSランクになれるくらい強くなりたくて……憧れてたんだ。追いつけた時には、手合わせしてほしい」

「……うん、わかった」


 握手を交わして、シャファに同席を勧める。


「人違いじゃなくてよかった。白姫さんのことは、話でしか知らなかったから」


 大きな体に似合わないくらい小さく呟き、恥ずかしそうに笑った。

 ライラの隣に座って、火酒を一杯注文する。


「白姫さん、もし私に協力できることがあるなら、何でも言って。カナンのこと、周辺のこと、私が知ってることなら教えられる。力で頼ってとは言わないけど、慣れない土地のせいで困ったことがあれば助けになるかもしれない」

「ありがとう。あの、さっそくなんだけど……熟しきったシザシャを見つけたいの。赤い実じゃなくて、赤茶色になったシザシャを……」

「赤くない……?」


 首を傾げたシャファが、自分の記憶から思い当たるものを探す。


「西側の森の奥で、周囲の木と同じくらいの高低差になった断層……崖があって、その崖の下側なら、強風が遮られて実が落ちないまま残ってるかもしれない」


 依頼を受けた冒険者も、森の奥、崖の下まで行く者は少ないので、赤いうちに取り尽くされていることもない。

 赤く熟し始めたシザシャは、熟しきって赤茶色に染まる前に、地面に落ちやすくなってしまう。強風にあおられなくても落下することはあるが、風が遮られているだけでも残る可能性は高くなるはず。


「残ってる実のうち、熟しきったものもあるかも。行ってみるまでわからないけど、見つかることを祈ってる」

「教えてくれてありがとう。行ってみるねっ」

「絶対あるって言えないのが申し訳ないけど」

「ううん、大丈夫。シャファさんに教えてもらわなかったら、森のどこから探せばいいのか迷ってた」

「役に立てたみたいでよかった」


 ライラの笑顔につられて、シャファも嬉しそうに微笑む。

 手にした火酒のグラスを、テーブルの中央に向けて差し出した。


「改めて……出会いを祝して」

「出会いを祝して」


 ライラたちもシャファに続き、グラスを持ってテーブルの中央へ手を伸ばす。


「カーマピオーレ!」


 乾杯のための声に合わせ、グラスを高く持ち上げた。

 それからしばらく一緒に飲み、カナンでおすすめの屋台や宿も話題になる。

 迷い森に関する噂も聞けた。







 シャファに教えてもらった宿で一泊した翌日、買い物をしてから街を出た。

 森の奥へ進む途中でも、見えるところは探したけれど、赤い実が少し残っているか収穫されたあとだった。

 中心付近を抜け、崖を目指す。

 急にひらけた場所へ出て、下を見るとまだ森が続いていた。


「ここがシャファさんの言ってた場所かな?」

「とりあえず下りてみる?」


 ヨシュカが先に飛び降り、風魔法で着地する。

 ここでカイが竜に戻ると森を荒らしてしまうので、人化したままリュナを抱えて飛び降りた。

 ライラは翼を出さずに飛んで追いかけ、サウラとレンはヨシュカが魔法で受け止める。

 上に比べて薄暗く感じる森の地面に、採取に適した時期を過ぎた薬草が生えていた。


「冒険者があまり入ってこないっていうのも本当みたいですね」


 育ちすぎた薬草をかき分けて森に入る。

 崖からあまり離れないように探していくと、赤いシザシャは今までより多く見つかった。

 離れるほど地面へ落ちてしまっている実が増えるので、奥へ進むのではなく崖沿いに探す。

 赤い実はあるけれど、赤茶色まで熟した実はなかなか見つからない。


「少し赤黒いとはいっても、干した実のことじゃないんですか?」

「ここまで見つからないと、そう思いたくなるよね……」


 不安になるサウラへ、ヨシュカは溜息を返した。

 シザシャを干せば、赤茶色と言えなくもない色になる。しかし、赤黒いといったほうが近い色だ。

 熟しきれば赤茶色になると知っているからには、探してみるしかない。


「あれっ?」

「どうしたんですか」

「……先にシュラーラの花なら見つけたみたい」

「みたいって……ああ」


 視線を向けた地面に、うっすら光っているようにも見える、白い花が咲いていた。

 地球で見たカサブランカのような華やかさがあるけれど、地面から二十センチほどの高さで、落ちにくい色の花粉がない。


「シュラーラが咲いてるってことは……」


 ライラは周りを見渡してから、森の奥を見つめた。


「こっちかな、えっと……精霊さーん!」


 探しに行く前に呼んでみた。


『はーい?』

『わーい』

『およびなのー』


 呼ばれたなら遠慮しなくていいだろうと思い、我先にと精霊たちが集まってくる。


「お願い、落ち着いてっ」

『よばれてー』

『とびでてー』

『なんだっけー』

『なになに?』


 予想以上の数に押し寄せられて、戸惑ったままのライラが埋まっていく。


「もう、大丈夫っ、大丈夫だからっ!」

『なにがー?』

『はーい?』


 精霊たちはバラバラの返事をしながらしがみつき、すりすりと身を寄せる。

 外に出てきたアクアが、ライラの頭に座った。


『せいれつなの!』


 アクアは人型の姿で腰に左手をあて、右手でびしっと地面を指差す。


『ごめんなさーい』

『わかったー』


 整列しているというよりは、こんもり山積みになったといった状態だが、正面で同じ場所に集まってくれた。


『なーに?』

『なになに?』


 わくわくした様子で待っているけれど、まだシザシャを入手していないので、花畑へ案内してもらうわけにはいかない。けれど、精霊の集まる場所が近いか確かめておきたかっただけ、とは言い出せない数の精霊が集まってしまった。


「えっと……」

『どきどき』

『わくわく』

「……あ、シザシャが、しっかり赤茶色に熟してる場所、知ってる?」


 シュラーラの花畑ではなく、森に関することならば。


『しってるー』

『そだてるよ!』


 飛び出していく精霊たちをとめる間もなかった。




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