シュラーラの情報、昔話
ザリューのいる仕事机に、紙の束だけでなく他の部隊の獣人も集まってきた。
獣寄りの狼獣人は軽装のままで、人寄りの熊獣人はがっしりした鎧を身に着けている。
「リンデルさんが推薦した入隊希望者じゃなかったのか……。あ、ちなみに私は三番ね」
「俺は六番。うちの該当資料も持ってきてやったぞ」
ちゃんとした自己紹介もなく、ザリューと会話する途中でライラに笑いかけながら所属番号だけ告げる二人。会話を聞いていると、狼獣人はどうやらミランダの後輩で、現在は三番隊の副隊長。熊獣人は先輩で、現在は六番隊の隊長らしい。
騎士がザリューに指示された情報を集める途中、見かけた六番が事情を聞いて協力してくれた。三番はミランダの名前だけ聞いて早とちりしたまま、ついてきただけだという。
「シュラーラは珍しい花だから、討伐のために行った先で目撃情報があれば記載されている。こっちはカナンからの討伐要請時、これは森での……」
「あ、私もワイバーン討伐の時に見た。たしかホラルの辺り……? 飾っておくだけで浄化になるし、病の治癒薬にも使えるらしいけど、量が少ないからたまーに神殿へ届けられるくらいしか話に聞かないね」
「一輪だけ見つけても、どうせ薬には足りない。神殿に寄付するか、周囲にも咲く……増える? ことを祈って放置するしかないだろう。研究所の薬師だって、見た場所は教えろとしつこいが、無理に採取してこいとは言わない」
地図を広げ、報告のあった目撃場所に印をつけていく。
「……あ、迷い森の近くに、目撃情報が多いね」
改めて場所を照らし合わせていくと、迷い森の名前があがった。
「迷い森って……」
「事実確認ができなかったからといって記載はされていないが、過去に噂になった場所だな」
「あ、花畑を見たってやつ? 期待してるのは薬師くらいだけどね」
花畑と聞いて、リュナが耳と尻尾までぴんと姿勢を正す。
「ま、迷い森なら、シュラーラの花畑がある、なのです?」
「ごめんね、断言はできないんだ。周辺の森に目撃情報は集まってるけど、迷い森の中のことは確かめられてない」
耳をぺたりと下げ、三番が申し訳なさそうにうつむいた。
「……不確定な噂はともかく、これが実際に目撃された場所だ」
ザリューは地図を畳んでリュナへ渡す。
「場所だけでなく咲いていた時期もばらばらだから、今も咲いているかは不明だが……。これくらいしか力になれなくてすまない」
「ありがとうっ! なのです!」
リュナが首を振って、謝罪の必要がないことを示し、礼を伝えた。それでも、ザリューたちは申し訳なさそうにしている。
気まずい雰囲気になりかけたところで、一人の薬師が駆け込んできた。
「く、訓練場にもいないと思ったら、こっちでしたかっ……」
息切れしながら一冊の本を差し出してくる。
薬師は、研究所から騎士団へ治癒薬を運ぶために来ていたところ、シュラーラについて調べている騎士の会話を聞いた。
慌てて資料を取りに帰り、持ってきたのだ。
「シュラーラを、探すつもりなら、わたしたちの資料もどうぞ、使ってくださいっ……」
心配したザリューが薬草茶を注いで渡すと、一気に飲み干して呼吸を整える。
「もし大量に見つけたら、分けてくださいね!」
素材として入手することしか頭にないらしい。
畳んだばかりの地図を再び広げて、資料を見ながら追記していった。
「手に入ったらまずは……」
願望を熱弁する薬師は放置して話を聞き流し、地図を完成させる。
やはり迷い森の周辺が一番多い。他にも、咲いていた場所は魔素が濃かった、魔力反応が強かったなどの情報も手に入った。
「魔素溜りと魔力溜りの違いってなんだっけ?」
「三番隊でもわかるように説明すると、料理なら魔素はただの材料、魔力は下ごしらえが済んだ状態です」
「三番隊でもってどういう意味?」
「難しい意味はありません。単純に脳き……なんでもありませんよ」
笑顔で三番から目をそらして、話題を変える。
「そういえば、シュラーラを見た時に、精霊も見たという場合が多いみたいです。精霊の集まる場所が近かった、とか。魔素や魔力が濃いから集まっているのか、集まっているから濃いのかは、わかりません。魔物が多かった、凶暴だった、逆に弱体化していた、という時もあります。わたしが自分の目で見たわけではないので、資料や報告だけですが……。魔力を感知できない者でも、精霊や魔物の異変で、魔素や魔力が濃い場所だと判断したのかもしれません」
「……精霊が集まる場所で、精霊の落とし穴で誰かが行方不明になった話は、聞いたことありますか?」
「噂だけなら……。でも、精霊が多いからといって頻繁に起こる現象ではありませんから、行方不明の理由は精霊の落とし穴に限らず、魔物に襲われたという可能性もあります。……行方不明とは違いますが、迷い森の中なら、突然知らない場所にいて迷った、いきなり森の外へ出されていた、といった話を聞きますね。そちらも精霊の落とし穴によるものばかりとは限りませんが、精霊がやったと言う者もいるみたいです。迷わされて、奥へ入れない森、それが迷い森の由来でもあります」
「俺たち騎士団も、周辺で魔物討伐することはあっても、迷い森まで深追いは禁じられている。分裂させられたり、反対側へ追い出されたりしたら大変だ」
迷い森についても話を聞き、協力してくれたことへの感謝を伝えて解散になった。
薬師と三番、六番が部屋を出ていったあと、ザリューにミランダの近況を聞かれてライラたちは残ることに。
傷や剣を持たなかった本当の理由については、手紙に本人が書いた内容以外は伝えられないと言って話題にしなかった。
「ミルルも元気にしていたか?」
「はい」
「そうか……」
静かに薬草茶を飲みながら、安心した溜息を吐く。
「あの子を引き取った時に、ミランダは騎士をやめて……当時のギルドマスターからの頼みで、新人の指導を始めた。番外隊を抜けるだけで、騎士団へ預けられた子供たちの指導をすると思っていたが。……子供たちのことは騎士団へ任せて、ミランダ自身は家族を失う者を減らすため、冒険者自身が命を失わないため……その預けられる子供たち自体が少なくなるように考えていたらしい」
過去を思い出して、懐かしむような表情で机を見つめる。誰とも視線を合わせず、何もないところを見る目には、当時のことが浮かんでいた。
「ミルルのことは……騎士にならない、戦えない種族だと思っていたから、別の施設に預けるか迷って、自分で引き取った。ミランダも騎士団に預けられた子だったから、正しい親のありかたがわからないと言っていたのに。……子育ての相談に来たこともあった……剣を教えると聞いた時は驚いた……。もう剣を持たないと聞いた時には……ああ、それからだ、会う機会が減って……。もう心配いらないとわかったのに、こんな話を聞かせてすまない」
「……また、会いに行ってみてください」
「そうだな」
手紙だけではわからないところが気になるなら、会いに行こうと決心する。
剣を置いてからは離れていたけれど、今回こうして騎士団を、ザリューを頼ってきたということは、ミランダもザリューの存在を忘れたわけではない。今でも頼れば、仲介すれば協力してくれると、信じているのだ。
ライラたちを外まで見送る時には、ザリューはすっきりした顔で手を振っていた。