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獣王国

 金、銀、そして赤。

 目に飛び込む色が、獣王国の印象だった。

 建物に使われる石や土は、黄色っぽい茶色や黒に近い灰色など、落ち着いた色が多い。しかし、店先の暖簾や看板の塗装、屋台の屋根、場所によっては建物まるごと赤く塗られ、金銀で飾られた鮮やかすぎる外観が目に痛い。一軒だけなら目立つだろう色が、そこらじゅうで使われていれば目立たなくなってしまう。

 明るい黄色やピンクにオレンジ、毒々しいほどの紫やくっきりした青も使われているけれど、派手さを添えているだけで、金銀の輝きを混ぜられた赤が強すぎた。

 森で寝泊まりした夜には想像していなかった街並みだ。

 他の街を通り過ぎて、海に面した王都側から入国したライラたちは、周囲の派手さに目をこすりながら冒険者ギルドへ向かった。

 ギルド内はつくりこそ他国と似たようなものだが、飾られた布は外と同じ赤の面積が広い。併設された酒場の椅子も、カウンター席は真っ赤な布が巻かれている。テーブル席の木目がやたら目に優しく感じられた。

 素材を預けて酒場の席を確保すると、従業員が注文を聞きに来るより早く囲まれる。


「珍しい集まりだなあ?」

「さっきから見てりゃ、冒険者なのにお気楽な観光気分か?」


 牛頭の獣人たちからも、熊のような大きい毛むくじゃらの獣人たちからも、敵意は感じられない。


「唐辛子料理は甘口で頼むのをおすすめするぜ」

「酒を頼む時も気をつけろよ」

「インディーシアから来た商人や護衛が、たまにひっくり返ってるからな……」

「他国から来たなら知っとかねえと、危ねえぞ」


 獣王国は二つに分かれていて、虎を王とする側は、唐辛子が大量に流通している。以前エクレールで見かけた麻婆豆腐のような食べ物も、獣人の文化だった。

 エクレールで出される料理よりもとにかく辛い。

 そして、酒も強いものが多かった。テキーラやウォッカに似たものから、スピリタスのような酒もある。


「なんの用で来たかわかんねえけど、しばらくここにいるなら……滞在中に腹が痛くなったら、サクラっつー薬屋の胃薬が一番効く」

「くそまずいけど、わざわざ治癒薬を使わなくても一発ですっきり治るぜ」


 楽しそうに教えるだけ教えて、大きな声で笑い自分たちの元いた席へ戻っていく。


「あっ、ありがとうっ――」


 ライラは丁寧にお礼を言いそうになって、冒険者同士だったと考え直して「ございます」の部分を飲み込んだ。

 品書きに視線を向けながら、サウラが首を傾げる。


「魔国以上の実力主義だって聞いていたんですけど、変に絡まれるわけじゃないんですね」

「何を想像してたの……」


 ヨシュカもカイやレンと比べて細いので、先程まで囲んでいた大柄な獣人たちからすれば弱いと判断されてもおかしくないだろう。外見だけで判断するならだが。


「獣人のほうが強いと主張されるとか、見ない顔だから戦って実力を見てみようと思われるとか」

「ああ、そういうのは……国の違いより個人差じゃない?」

「まあそうですよね……」


 獣人に分類されるリュナやレンがいたからケンカを売られなかったわけでもない。わざわざ確かめもしないし、強さに関係ない味の好みや酒についてだけ教えてくれた。


「もし弱いと思われてたとしても、もともと群れに関わる弱者を見下したり切り捨てたりはしない性質が多いし、強い者が上にいくってだけで、ケンカっ早いわけじゃないよ」

「そんなことより酒だ、酒」


 口を挟んだカイが楽しそうに酒を選んでいる。


「嬢ちゃんはどれがいい?」

「えっと、一番強いのは宿まで歩けなくなったら困るから……このへん、かな」


 アガヴェリという酒が気になっていた。依頼を受けているわけでもなく、このあとの予定が決まっているわけでもないので、せっかくなら獣王国ならではの酒を飲んでおきたい。


「オレも同じ酒を」

「サウラはサボテン酒も平然と飲んでたんだから、なんでも平気じゃねえ?」

「酒より肉、なのです」

「果実水と野菜も選んでおけよ」


 料理は肉を中心に、麻婆茄子も甘口で注文した。


「そういえば、カレーの香りは気にしていたのに、唐辛子は平気なんですか?」

「くさくないから平気、なのです」

「あー、何種類も混ざりすぎてなければ平気ってことじゃねえ? 香草焼きの肉も食ってるし」


 海に面した王都側では、ふんだんに使われる唐辛子以外にも、インディーシアから輸入された香辛料がいろいろ使われている。しかし、カリーと呼ばれていたものや、最初は驚いていたカレーライスよりも、一つの料理の中で混ぜる種類は少ない。

 気遣われたリュナだけでなく、レンも平気そうだ。


「か、からすぎなければ、なのです……」


 小声で付け足すリュナは、恥ずかしそうというより悔しそうだった。


「甘いものが好きだもんな」

「いつか勝ってやる、なのですっ」






 運ばれてきた料理を楽しんでいると、ギルドの出入り口付近がざわついた。

 隣のテーブルからも「真紅」と呟く声が漏れる。

 異名に色を持つ冒険者が入ってきたようだ。


「か、かわいいっ」


 思わず出たライラの声が聞こえたらしい近くの冒険者は、驚いた顔を向けてきた。

 目を見開いていたが、ライラたちの様子が外から来たものだと思い出して、知らないならしかたないと言いたげに顔をそらす。

 真紅と呼ばれた冒険者は、小柄で獣寄りの、兎のような獣人の女性だった。魔物の返り血で真っ赤になっても無傷という強さが由来と知らなければ、可愛いと撫でて抱きしめたくなる外見だ。

 見つめているうちにライラの正面に立った。


「あなたが白姫さんね!」


 声まで可愛い。幼いとも感じられる。


「ミルルの目はごまかせないの!」


 人違いだと逃げる気もなかったが、ビシッと指を指して胸を張られた。

 周囲には白姫の呼び方で驚く者もいれば、首を傾げる者もいる。国の境に関係なくギルド間で伝わる情報のうち、他国の情報も気にしているかいないかの違いだろう。


「長くて白い髪だもの! それに空気が強い……羽を隠したって逃げられないから!」

「えっと、隠してるわけじゃなくて、他の天族と違って翼がいつも出てるわけじゃないの」

「そうなの?」

「うん」

「絵本と違う……」


 しょんぼりされてしまった。

 どうやらミルルは、異名と天族という情報から、絵本そのままの姿が通常だと想像していた。

 ふわふわの耳や声の他に、まだ絵本の中に憧れるあたりも可愛らしい。けれど、王都周辺の冒険者が外見だけで相手の強さを判断しない理由が、このミルルの存在だった。




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