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雨の日

 まとわりつく霧雨で濡れた服を、ライラが魔法で乾かす。それから上着を脱いで、冒険者ギルド内にある買い取り窓口へ向かった。

 天気が悪いせいか、受付も酒場も普段ほど騒がしくない。

 酒場に見知った顔を見つけて、解体済の素材を出し終わってすぐに声をかけた。


「ソフィア。今日は一人?」

「さっきまでミーレたちが一緒だったけど、先に宿へ戻るって言って帰っちゃったのよ」


 他のエルフたちも一緒にギルドまで来たけれど、急ぎの依頼がないなら休むと決めて戻った。食事だけ済ませたところだという。

 今日の霧雨自体は特殊なものではないが、連れている精霊の機嫌が天気に影響される者がいるので、無理はできなかった。


「予定空いちゃったから、みんなでお茶でもする? それとも、ライラたちは何か依頼受けてる?」

「ううん。前に買い取りきれないって言われた素材を持ってきただけ」


 ソフィアのいるテーブルを囲んで、ライラたちも席に着く。

 ライラたちは昼食がまだだからと肉料理やサンドイッチを頼み、ソフィアは食後の甘い物と言ってパンケーキを追加した。

 軽めの発泡ワインと、果実水も注文する。


「今日はこのままのんびりね」


 外の様子を思い出して溜息を吐き、雨の日に大発生が起こりませんようにと祈らずにはいられない。


「大発生が終わるまではルクヴェルにいるんでしょ?」

「参加したい! なのです!」

「終わっちゃったら、獣王国に行っちゃうのよね……」

「薬草集めには行くけど、リュナの住んでた場所が獣王国かどうかは、行ってみないとわからないから――」

「帰ってこないって決まったわけじゃないけど、さみしいものはさみしいのよ。……お別れだった時のことも考えて、先に送別会しておかないとね」


 わからないからこそ、気軽に見送ってしまって最後では悔いが残ると思っていた。ソフィアに限らず、リュナが仲良くなった双子や他のエルフ、フェリーツィタスたちなど、付き合いの浅くなかった者を集めて区切りをしておくくらいはやっておきたい。戻る先が獣王国なら、もう気軽に会える距離ではなくなってしまう。


「離れちゃっても、カイ様に頼めばいつでも会いに行けそうだけど」


 こき使うこと前提で笑みを向ける。苦笑いを返されて、ソフィアはくすくす笑った。


「そういえば、サウラはまだ落ち込んでるの?」

「……落ち込んでるわけじゃありません。結婚祝いも贈りましたが、まだ疑ってるというか実感がないというか」


 防腐の紙と似た加工で長期保存が可能な箱まで用意して、ルクヴェルで入手できる食材を贈り物にした。他にも弓の手入れに使えるものなど、里でも何かしらには使える物を考えて届けている。定番の品は、里と違ってルクヴェルでは入手できなかった。


「相手に届くまでは反応もないんだし、しかたないんじゃない?」

「それは……運ぶのにも日数がかかると思って、保存には気を遣いましたが……結局、ライラさんが精霊に頼んでくれたおかげで、直接届けられたんです……けど……お礼の連絡があってもいまいち現実味がなくて……」

「幸せにしてるなら素直に喜んであげなさいよね」

「連れてこられた男性が無理に結婚を強要されていないか心配です」

「どんな姉なのよ……」


 ソフィアは呆れた表情をサウラに向ける。


「姉貴に幸せになってほしいとは思っているんですよ、いろいろアレなところはありますけど」

「アレって、そこが気になってるんだけど」

「ソフィアさんやフェリさんに少し似たところがあ――」

「変な心配されたあとに似てるって言われるの嬉しくないわ!」


 わりと本気でスプーンを投げつけた。フォークやナイフじゃなかったことに感謝してほしい。

 サウラは指先でスプーンをとめ、溜息を吐いた。

 姉レイラに幸せになってほしいと思っているのは本気だ。共に暮らしていた時からの癖でいろいろ言ってしまうが、小言ばかり言いたいわけじゃない。嫌いじゃないし、家族として大切に思っている。

 ただ、レイラの性格を身近に体感して知っているからこそ、不安もあった。


「姉貴が他の種族と結婚しようと思えたことも驚きだけど、相手も姉貴のどこが……いや、その前にちゃんと相手が結婚に同意してるのか……」

「そこから心配だったの!?」

「里で肩身の狭い思いをしていないといいんですけど……」

「ちょっと聞いてる!?」

「ああ、すみません……」

「もうっ。そんなに気になるなら、会いに行けば?」

「帰ってくるなと言われてしまったので」

「素直かよ! まあ、今すぐ会いに行けって言ってるんじゃなくて、たとえば獣王国からの帰りに魔国側で寄り道とか」

「それおいちゃんががんばるやーつだよね?」

「少し時間をおいてから顔出すくらいなら、いいんじゃない?」

「おいちゃんの都合無視しないでくれる?」


 移動を任せられるカイとしては勝手に決めないでほしい。サウラが行きたいと思っているなら、ソフィアに提案されていなかったとしても、時間があれば寄り道でもなんでも連れて行くけれど。


「……姉貴はともかく、長様が大丈夫と言うなら信じるしか……長様も押しに弱いからどうだろう」

「信じてねえじゃねえか」

「カイさんは会ってるから知ってるでしょう……」

「あーもう、気にすんな。それなりに長生きしてるんだから平気だろ、ほっとけ。相手は心配かもしんねえけど、逆に里へ害があるようならレイラが簡単に追い出すし連れて来ねえだろ」

「あ……そう、ですよね」


 結婚相手が不自由していないか心配もあったが、万が一姉のレイラや長のシャウラが騙されていたら、相手が里にとって害のある感情を持ったら、怖い。しかし、レイラなら里を守れると思っているから、里の者が危険になることは心配していなかった。

 いや、無意識に心配していたから引っかかっていたのかもしれない。レイラなら大丈夫と思えたことも無意識だったのか、何か引っかかっているのに、相手の心配なんてしていられた。


「もう気にしないようにします。姉貴は姉貴で好き勝手やってるでしょう」


 調子を取り戻した笑みを浮かべて、運ばれてきた発泡ワインを開ける。


「もしまた悩んだら、ライラさんに慰めてもらいます」

「ぜんっぜん落ちこんでないじゃないのよ!」


 ソフィアは怒ったように叫んでから、肩をすくめて笑った。


「あたしがライラに慰めてほしーい!」


 椅子から落ちそうになるのも気にせず、きゅうっと抱きつく。

 抱きつかれたライラは倒れないように受けとめて、そっと頭を撫でてみた。


「んーっ、心の痛みも治るわー」

「えっと、痛いの痛いの、いなくなれー?」

「何そのおまじない、カワイイ! 吹き飛びそう!」

「痛いの以外は吹き飛んじゃだめだよ……」


 本気で心配そうなライラの声を聞き、ふざけていると言い出せないままソフィアが頬ずりする。


「部屋に戻ったらオレにもお願いします」

「うんっ」

「だめよ! 何されるかわからないわ!」

「ソフィアさんに言われたくないです」


 慣れた騒がしさが戻ってきて、酒場にくだらない言い争いが響く。外の霧雨も、もう気にならなくなっていた。







 宿のベッドで、ライラがアクアを撫でながら、焼きアーモンドを食べさせる。アクアが今一番お気に入りの、砂糖をまぶした商品だ。


「獣王国に行く準備しておかないと……」


 大発生が終わりしだい向かうつもりなので、先に用意しておかなければならない。起こる時期は決まっているが、何日に発生すると固定で決まっているわけではないのだ。

 収納してある量を考えれば特に準備がなくても平気なのに、遠出するとなると、何か足りないものはないかと気になってしまう。


「楽しみ、なのですっ」


 ライラの隣で寝転んだリュナが、わくわくした表情で尻尾を振っている。獣王国に行くこともだが、大発生に参加できることも楽しみにしていた。


「いつ起こっても大丈夫なように、ちゃんと睡眠とっておかないとね」

「まだ眠くねえ、なのです!」


 アクアから手を離し、元気いっぱいのリュナを撫でて落ち着かせる。

 焼きアーモンドを囲んで寛いでいると、ヨシュカが声をあげた。


「言い忘れてたけど、獣王国ではエクレール硬貨が使えないよ」

「そうなの?」

「うん。エクレールの冒険者カードも、使えなかったはず。魔国やインディーシアの硬貨なら使えるけど……。着いたら最初にギルドへ行って、素材を買い取ってもらうのがいいかな」

「冒険者カードが使えないのに、買い取りしてもらえるの?」

「ああ、ええと……身分証としては使える。だから冒険者登録してあれば活動も可能だよ。冒険者カードで支払いができないってこと。売ってもいい素材を確認しておいて」

「わかった」

「……いきなりリヴァイアサンの鱗とか出す気なら、枚数は少なめにね。長期滞在するつもりがないなら、獣王国の硬貨が大量にあっても困る――」


 話している途中で、念話石が光る。

 ヨシュカは周囲へ声が聞こえないように繋いだ。全員に聞かせる必要がある内容なら、その時に切り替えればいい。

 少し険しくなった表情が驚きに変わり、最後はぽかんと口を開けた。


「は?」

「……お父様? どうしたの?」

「……レンが一人でルクヴェルに向かったって」




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