戻ってきたルクヴェルの宿で
「姉貴が結婚!?」
里の言葉で叫ばれ、サウラ以外が沈黙する。
念話石に向かって「信じられない」と告げるサウラは、姉レイラが結婚するという報告を、冗談か何かだと思いたかった。
「相手は里の者じゃないって……え、何があったの……」
状況を受け入れられないサウラに、皆どう声をかけていいかわからない。話の内容がわからない者はもちろん、聞き取れているライラとカイ、ヨシュカも何も言えずにいた。
フェリーツィタスとソフィアは首を傾げながら、持ってきた料理を並べる途中でとまっている。二人の側で、リュナとアクアはつまみ食いする口以外がとまった。グライフは厄介事かと身構え、ノルベルトとアドラーはサウラに心配そうな顔を向けた。
先程まで騒いでいたのに、今は楽しめる雰囲気じゃない。
今日はルクヴェルへ戻ってきたライラたちに、収穫祭で買っておいた料理を届けようと、昼間から飲み会をするつもりで宿の部屋に集まった。
長くなったままの白い髪に驚かれ、心配されたけれど、大丈夫と伝えて皆が安心したばかりだというのに。
「帰ってくるなってどういうこと!? ちょっと、え――」
握りしめた念話石から光が消え、相手が繋がりを切ったことを察する。
「わけがわからないよ……」
サウラは念話石から手を離し、うつむいて左手で両こめかみを押さえた。
頭が痛くなり、めまいまでしてきた気がする。
溜息を吐いてから、冷静になろうと首を軽く振り、言われた内容を思い返す。
連絡をしてきたのは、里の長であるシャウラだった。サウラの姉レイラが結婚するという報告。しかも相手はダークエルフではない。里の外から来た、というかレイラが会いに行き、連れ帰ることになった男性だ。
レイラからの伝言で、冬までに里へ帰る予定だったサウラに対して、「新婚生活の邪魔になるから帰ってくるな」と言っていたらしい。
結婚相手の男性は冬の狩りで頼りになるか不明だが、里での解体作業は任せられるので、効率が良くなったと聞いた。
「というわけで、オレは里に帰らなくていいみたいです……」
落ち込みはしないけれど、まだ実感がない。
「サウラの送別会は、必要なくなったわね」
「いなくなったらライラに触り放題だと思ったのに、残念だわ」
「二人とも……」
「冗談よ」
「良かったじゃない。帰らなくて大丈夫になったんだし、結婚はおめでたいコトよ。そうだ、結婚祝いに何か贈り物をしたら?」
「はい……」
小声で返事をするサウラから目をそらし、フェリーツィタスとソフィアは飲み会の準備を再開した。
バクダンジャガイモのジャガバターや、フライドポテト。揚げ虹キノコ、ツルツルタケの天ぷら。コーニャロのクリームスープ。チーズのせトースト、チーズ入りのパン。
山盛りマッシュポテトとコロッケ、アップルパイも並ぶ。
ライラもカボチャのパイやサツマイモのパイ、イモフライと香草入りチーズなど、アルテンの収穫祭で買っていた品を出した。
香り付けに派手なピンク色の細い棒が入ったホットワインも、赤白両方ある。リンゴジャムも入っているので甘い香りが優しい。
エルフ米を使ったおにぎりを出すと、ソフィアが真っ先に喜んだ。
ワイルドボアの肉と野菜がたっぷりはいったサンドイッチや、ガルモッサの大きな串焼きなど、肉料理も出すとリュナがブンブン尻尾を振る。
コーニャリの果実水や、今年最後のハナミツで甘みを足した火酒、爽やかな柑橘系入り麦酒もあった。
酔い始める前に、袋詰のコーニャリやスコーンと、香草バターやチーズを交換しておく。
「今日はあたしたちだけの収穫祭よ!」
「グラクオーレ!」
高く上げたジョッキをすぐ口に運んで、リュナ以外は麦酒を一気に飲み干す。リュナは果実水をおかわりしていた。
皆が我先にと、それぞれ食べたい料理へ手を伸ばし、笑顔になる。サウラも気にするのはやめて笑った。
「ライラさん、コロッケ切り分けましたよ、はい」
「クリームスープは少し冷まそうか」
「サウラとグライフはライラを離してちょうだい」
「そうよ! 特にサウラ! もう少しで帰るからって譲ってたけど……もう平気なんでしょ、あたしだってライラにあーんしたい!」
「オレたちはライラさんを守ってるだけです」
主にソフィアのくすぐりと、フェリーツィタスが撫でまくる行為から。
「私は大丈夫だよ?」
首を傾げながら上目遣いするライラを見て、フェリーツィタスは目を見開き、ソフィアはうめき声を出してジョッキでテーブルを叩いた。
遠慮なく触り放題というのは願望であって、以前のようには触れない。
「かわいすぎてむねがいたい」
「ふくになりたい」
「えっと、二人こそ大丈夫?」
「だいじょばない」
言語から不安になった。
ジョッキを持つライラの両手は、長袖ニットで手の甲まで隠れていて、ちらりと見える白い指先が可愛らしい。首周りもゆるいどころか、鎖骨が丸見えで左肩も出ている。たまに直して肩を隠そうとする仕草を見ると、その度に抱きしめたくなった。
やりとりを見ていたヨシュカが、隣で歯を食いしばるカイの肩を叩く。
「娘の萌え袖って正義だよね」
「意味がわかりませ……わかんねえよ……」
「こう、指先だけちょこっと出てる感じ」
「ああ……」
ヨシュカとカイの側へ、フェリーツィタスとソフィアが逃げてきた。
「あの破壊力どうにかして!」
「あたしたちの寿命が伸びたり縮んだり忙しいの!」
「どうにかと言われても、ねえ……」
「髪のかかった鎖骨!」
「白くて細い肩!」
「隠れてる首筋がちらっとした時とか」
「もう襲わないほうが無理よ!」
「襲えないけど!」
涙目で力説する二人も女性らしい服装のせいで、鎖骨や肩が出ている。室内だからといってライラより薄着をしていた。
外と違ってコートを脱げば、今日のソフィアは同じように首周りが広いシャツだし、フェリーツィタスは今日に限らずドレスのような戦闘服が基本なのだから。
「落ち着こうか」
「無理よ直視できない!」
「じろじろ見たいけど!」
騒ぐ二人に困っているところへ、遅れてベルホルト兄弟が来た。小柄な女性を一人連れていて、弟の恋人だと紹介される。
恋人を連れてきて大丈夫、会ってみたいなどと言われていたけれど、遠慮していたので連れ出すのに時間がかかってしまったようだ。
「わ、わたしが参加してしまって、本当によかったのでしょうか。すごい人ばかりで、みなさんキレイで――」
「大歓迎よ!」
「ちっちゃカワイイ!」
「ひゃいっ」
「おい、あまり怖がらせないでやってくれ」
ベルンハルトの心配をよそに、フェリーツィタスとソフィアは小柄な女性を両側から捕獲して、ソファーへ連れていってしまった。
「……なんかすまねえ」
「兄貴のせいじゃないから」
二人に悪気がないことも、面倒なだけで攻撃することもないと知っているので、目は離さないけれど放って置くことにする。
料理を取り分けて酒を注ぎ、ノルベルトとアドラーの近くへ座って乾杯した。
酒の空き瓶がテーブルからこぼれ落ちる頃、歩けなくなる前にと、ベルホルト兄弟がフェリーツィタスと小柄な女性を連れて帰る。ソフィアも途中までは同じ道だからと一緒に出ていった。
ノルベルトは酔いつぶれる寸前のアドラーを担いで、リュナも連れて自分たちの部屋に避難させる。
グライフとサウラが空いた瓶や皿を片付けながら、心配そうにカイを見た。
少し前からカイはソファーでぐったりして天井ばかり見ている。
膝の上には酔ったライラが座っていた。
「カイは、私のこと、きらいになったの?」
「なっていません……」
「目も、見てくれないし、逃げるしっ」
「すみません……」
「私、何か、した?」
両手でカイの頬に触れ、強引に顔の向きを動かして目を合わせる。
「っ……な、何も、していません」
「なら、どうして?」
ライラはポロポロと涙をこぼして、頬から離した手をカイの背にまわしてすり寄った。
乱れる髪は柔らかく、白が温かな色に見える。消えてしまいそうな姿に目も心も奪われ、逃げられない。ソファーとの間に挟まった細い腕が、何よりも頑丈な鎖みたいに体の動きを封じた。
「カイ……」
「き……」
「き?」
「き……っ。嫌いになることなんてねえから! い、今は魔力の調子が乱れやすい時期だから、周りに影響しねえように離れてんの! リュナとも離れてるだろ!」
とにかく必死に口調をとりつくろって言い訳した。リュナとは離れているというより、離れられている。
「気付かなくて、ごめんなさいっ……」
するりと抜けていく腕を引きとめそうになって、慌ててカイは天井に視線を戻した。
「心配させないように言わなかったのはこっちだから、気にすんな」
「きらいかもって、言って、ごめんなさい。さけてても、一緒にいて、くれたのにっ……。ね、体調悪く、なったり、してない?」
「……ヨシュカの薬もあるから、問題ねえよ。魔力以外はいつもどーり! そのうち戻るから。ほら、まだ酒もあるし、楽しく飲んでりゃ気にならねえって」
視線でヨシュカに助けを求め、ライラを膝から下ろしてもらう。
ライラを抱えたヨシュカは、置き直したベッドを椅子変わりに座った。