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九月十七日

 朝起きると、赤や青、緑といった、鮮やかな色が視界に映り込む。ライラのベッドはリボンで飾られた箱に囲まれていた。

 寝る前にはなかったと思い、寝ぼけ眼をこすって、首を傾げる。

 近くに隠れていたフェリーツィタスとソフィアが飛び出し、香りの良い花冠をライラの頭にのせて笑った。


「誕生日おめでとう!」

「ふふっ、驚いてくれた?」

「うん?」


 嬉しくて、驚きもあって、でも実感が追いつかない。

 まだ夢みたいな気分で、ライラはぼんやりと瞬きした。


「あーもう、寝起きでわけわかってないライラもカワイイっ!」


 ベッドの上でギュウギュウ抱きつき、ソフィアは白い髪や肌に頬ずりして感触を楽しむ。

 ライラが戸惑っている間に、グライフとアドラー、ノルベルトも部屋に入ってきた。リュナは少し眠そうにしていたが、カイとヨシュカ、サウラは、着替えも終えて出迎えている。

 箱を並べている時に起きなくて良かったと思うべきか、警戒心のなさを心配するべきかと、皆は複雑な心境だ。そもそも一人部屋ではない時点で他者の気配があるのは当然で、無意識でもライラは知っている気配だから警戒しないのだが。


「はい、まずはこれを飲んでね」


 フェリーツィタスは、乾燥した竜の実入りの紅茶を注いで、温かいうちにカップを渡す。


「目が覚めて落ち着いたら、カボチャのパウンドケーキを食べましょ。年の数だけ、炒った種が入っているの。それをみんなで分けるのよ」

「うん……えっと……着替えも……」

「主役は寝間着のままでいいの」

「そうなの?」

「とりあえず今日は、ね」

「今日は?」

「誕生日の祝い方ってバラバラだから、今日はみんなが知ってる祝い方をいろいろ混ぜちゃおうってことになったのよ」


 起きた時に枕元や足元に贈り物を置いておくのは、人族や、他にも複数の種族で行われる祝い方らしい。箱の数が多かったのでベッドを囲むことにした。贈り物を開け終えるまで、最長丸一日は寝間着のままゆったり過ごして良い。

 起きたばかりの時に花冠をかぶせるのは、エルフの祝い方だ。

 竜の名がつく食材を、起きてから最初に口へ入れるのは竜人族。食べても飲んでもかまわないので、寝起きなら飲み物にしようと決めて用意していた。

 カボチャのパウンドケーキを分けるのは、鳥獣人族の一部種族で行われる。

 狼獣人は節目の年に、狩りをして生肉の首をかじるというので、ソフィアに却下された。肉をワインで煮込んだ料理のほうは採用されて、用意してあった。


「私はみんなのお祝いできてないのに、いいのかな……」

「気にしないで。っていうか、成人して親と離れると、ちゃんと誕生日を祝う習慣ってないのよね。身分証は数え年で更新されるから、気にしてなくて……」


 この世界の数え年は、日本と違って生まれた時をゼロとして、白日を迎えると一つ年を重ねる。


「白日に、無事一年重ねられましたって感謝とお祝いも兼ねて騒いでいたりするから、白日の騒ぎで誕生日祝いは済ませたって思うのよね。今日はお祝いしたいから勝手にやっているけれど」


 皆自分たちの誕生日は数えで済ませても気にしないし、ノルベルトとアドラーは正確な誕生日を覚えてもいない。

 笑いながら皆も紅茶を注ぎ、椅子やソファー、ベッドの端など適当に座って寛ぐ。


「おめでとう」

「おめでとう!」


 少しずつ実感がわいてきたライラは、嬉しくて泣いてしまう。

 地球にいた頃は、友人たちに囲まれて誕生日を祝うといったことがなかった。養父となった当時のヨシュカに祝ってもらったことは何度もあったけれど、大人数で迎える誕生日は縁のないものだった。


「みんな、ありがとう」


 涙を見た皆の困ったような微笑みが優しくて、さらに涙があふれた。







 ライラの涙がとまるまで待ってから、カボチャのパウンドケーキや、ワイン煮込みを食べて、皆で昼までゆっくり過ごした。

 贈り物も開け、薄い寝間着から着替えている。


「私からもお礼がしたい」

「気にしなくていいのに」

「お願い」


 誕生日は祝われるだけのものではない。成人前は親が子を祝い、成人してからは誕生日を迎えた本人が友人を招待して家族でもてなす場合もある。無事に年をとれたのは周囲の支えがあったからだと感謝を伝えるのだ。

 それを聞いたライラは、自分も何かしたいと思った。


「まず、お昼ごはんは私とお父様が作るっ」


 機会がなかった、カレーライスとタコ焼きパーティーを、今日こそ実行する時。


 真剣に宣言したライラはさっそく、宿の女将に部屋で料理する許可をもらって、準備を始めた。


 部屋のベッドは収納して、以前九頭龍のところで料理した時の調理設備を出す。

 ライラがカレーライス、ヨシュカがタコ焼き担当だ。

 一応、部屋には結界を張っておいた。許可をもらったとはいえ、香りが強い料理なので心配はある。


「カレー楽しみ! なのです!」

「手伝いましょうか、お義父さん」

「サウラはジルベルトから悪い影響を受けてるよね……」


 ヨシュカは魔導具で食材をみじん切りにしていく。クラーケンも穴に入る大きさに切って、生地を作れば、あとは焼くだけ。

 ライラはジャガイモやタマネギ、ニンジン、他にもナスやホウレン草のような野菜を一口大に切っていった。

 煮込む間に、黄色い米も炊く。タコ焼きはカレーを待つ間に食べることにした。


 今回のタコ焼きは中がトロトロになる作り方だ。


「こっち本職にしようかな」

「どこを見て言ってるんですか……」


 サウラに心配されながら、ヨシュカは手際よく焼き終えたタコ焼きを皿に移す。

 マヨネーズと黒ソース、カツオブシは、好みの量でかけられるように横へ置いた。


「ああ、ちなみにタコの代わりはクラーケンだよ」

「カレーのお肉はワイバーンにしたのっ」


 通常なら簡単に手に入る食材ではないが、売らずに残してある量がまだある。


「うまいっす!」

「飲むように食うな。このあとカレーもあるんだから」

「カレーも好きっす!」

「……飲むなよ?」







 カレーが完成する頃には赤竜ロアとアルクスも合流した。

 床に柔らかい毛皮を敷いて、低いテーブルだけ残して料理や飲み物を置く。家具はほとんど収納してしまった。


「そうだ、今のうちにアレやりましょ! 一人ずつ順番に、ライラを持ち上げるの!」

「えっ!?」

「大きくなったなーって、成長を実感するために、親や親戚、友人……とにかく集まった全員が、誕生日の子を持ち上げるのよ。モニカから聞いた気がするわ。猫獣人は、成人しても小柄な種族だと特に、体格で追いつかれるとすぐ持ち上げられなくなっちゃうって」

「モニカなら、二人か三人軽く持ち上げられそうよね」


 持ち上げると言われて戸惑うライラの側で、フェリーツィタスとソフィアが説明しながら思い出し笑いしている。モニカは受付嬢をしているが、冒険者で稼げるのではと言われていた。


「あっ、でも赤竜のお祝いは室内だとちょっと……」

「何をするの?」

「打ち上げブレスとか、あとは親子で殴り合うらしいわ」

「ライラさんを殴ったりしないから!」


 もしも実践するなら、ライラのほうに手加減してほしいと心底思うロアだった。

 話している間にライラは持ち上げられて、順番に祝いの言葉をかけられていく。


「新しい年に幸福が満ちていますように」

「ありがとう」


 最後にヨシュカが優しく抱き上げ、懐かしくあたたかい眼差しを合わせた。


「誕生日おめでとう、ライラ」

「ありがとう、お父様」


 今までもずっとずっと嬉しかった。

 今も心に幸せを満たす。




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