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タコ焼き

 賑やかな港市場のはじっこで、空きスペースを利用して屋台が組まれていた。

 タコ焼きの食材も準備が終わっていて、あとは焼くだけだ。

 今回使っている材料は港市場でも入手できる、大きなタコとキャベツ、タマゴ。出汁は昆布に似た何かを粉末にして、小麦粉に混ぜてあった。他にも事前に用意された揚げ玉や、赤くないけれどショウガっぽいものまである。


「カツオじゃないカツオブシはあるんだけど、青いやつは用意してない」


 青ノリがないことを伝えながら、ジルベルトがマヨネーズと黒ソースを並べた。


「焼くのはエコに任せて、隣でマヨネーズとソースも別に売るつもりだから……」


 エコという猫獣人の女性を紹介して、販売を始める。

 鉄板は大きなもので、屋台全体の雰囲気は違ってもどこか見覚えのある雰囲気になっていた。

 猫獣人の中でも長身のエコは、長くしなやかな腕を使って器用にタコ焼きを、とはいかなかった。ちゃんと端まで手が届くけれど、そういう問題ではない。

 練習はしたらしいのだが、焼くのがこれでもかというほど下手だったのだ。

 丸くならず、鉄板の上でスクランブルエッグみたいになっている。


「ごめんなさい~っ。どうしましょう~」


 上司であるジルベルトに泣きついても、同じように下手だった。


「練習、したんだけどね……もっと簡単だと思ってた」


 鉄板が完成したばかりなので、練習時間が少なかったと言い訳する。どうして焼けるようになってから売ろうと思わなかったのか。

 完成した鉄板を見て、嬉しさのあまり先走ってしまったとしか思えない。

 ライラもなんとなくやり方を知っているという程度で、口を出して上手く焼ける自信はなかった。


「……俺が手を出しても大丈夫?」


 ヨシュカが困ったような笑顔で、ジルベルトから千枚通し代わりの串を受け取る。


「家庭用でしか経験ないんだけど……」

「さすがお義父さん!」

「その呼び方やめて」


 いったん鉄板をきれいにして、ゆっくり油をなじませる。ライラが正面にまわってじっと見ているから、これで失敗したらどうしようかと不安になった。横でお義父さん呼びを諦めないジルベルトは放置しておく。

 サウラとカイは、潔くマヨネーズ販売に移ったエコを手伝って、重い箱を整理していた。

 ぴょんぴょん跳ねるリュナをライラが持ち上げて、鉄板が見やすいようにしているのが微笑ましい。

 少しして、油がなじみ、鉄板全体が熱くなったところで焼き始めた。

 まずは鉄板の半分に生地を流し、一つ一つの穴に素早くタコを入れて、揚げ玉やキャベツ、ショウガを散らす。


「今度から、この串よりアイスピックの長いやつ使ったほうが、代用になると思うよ」


 固まってきた生地の端が軽く持ち上げられるようになったところで、穴にそって区切っていく。

 端から順番に、生地を少しずつ返していき、全てが半分ほど回転して分かれた状態にする。そのまま手を休めることなく返し続けて、はみ出た部分を中に入れていった。


「カリカリが好みなら、仕上げに油ぬったりするけど……希望ある?」

「あっ、私、外はカリカリ、中はとろっとが食べたいっ」

「オレも!」

「……中身は……トロトロにするなら、生地にもう少し水を足したほうがいいかも? 今焼いてるのだと、少し硬めというか、もちっとしてる気がする」


 回転させる合間に、串で刺して確認してみる。


「焼く前に聞いておいたほうが良かったね」


 あくまで好みの範囲で、食べられるものにはなっているけれど。


「鉄板のもう半分は、生地に水を足して試してみる? 食べ比べて、どっち売るか決めるとか」


 ジルベルトに聞くと、もう次の分の生地に水を足して混ぜ直しているところだった。


「出汁に使った粉末も少し増やすと、とろみになるかな。あっ、この鉄板、左右で温度変えられるなら、完成したほうは弱火にしておくよ」

「わかりました。まあ……それ、左右で変えるつもりだったわけじゃなくて、屋台をばらした時に運びやすいよう二台に分けただけだったんですけどね……」


 このあと、モチモチ系とトロトロ系を食べ比べた結果、好みは意見が割れた。

 タコ焼き屋台を継続するわけではなくマヨネーズの売上向上が目的だから、細かい好みはタコ焼きを広めたあとの店に任せて、今は歩き食べしやすいモチモチ系が良いのでは、という意見が採用される。

 トロトロ系は焼きたてが一番で、冷めると表面のカリカリ感が減り持ちにくくなる点で不利だった。

 タコ焼きと、マヨネーズとソースも売りながら、おおまかなレシピは商業ギルドへ、鉄板は今のところ王都にある鍛冶屋が制作できるといったことも広めておく。いつまでもジルベルトの商会だけでタコ焼きを売らずに、広まってマヨネーズを入荷してほしい。

 思っていたより早く食材がなくなったあとは、明日の集合時間だけ決めて終わりになった。







 神殿に戻ったライラは、持ち帰ったタコ焼きをオスカーとレンにも食べてもらうことにした。

 焼きたてを収納してあったので、温かい。カツオじゃないカツオブシは個別に袋で持ち帰り、マヨネーズとソースも一瓶ずつ買ってあった。

 オスカーは獣の姿ではタコ焼きが小さいからと言って、味わいやすいように人化する。

 細く短いつまようじが持ちにくいレンには、ライラが食べさせることになった。


「はい、あーん」

「……全部、これで食べるのか」

「苦手な味でしたか?」

「違う」


 味は美味しいけれど、オスカーの視線が怖い。


「もふもふなら私がいるじゃないですかー」


 今は人化しているのだから、もふもふな部分がないのだけれど。羨ましくて泣きそうになっている。


「ライラ、その……オレに話すのも、皆と同じでかまわない。今更だけど……オスカー様に接するよりかたくるしいというのは、ちょっと……」

「えっと……わかった。でも、レンさんって呼び慣れちゃったから」

「そうか。もう呼び方くらいはなんでもいい」

「うんっ。じゃあ冷めないうちに、はい、あーんっ」


 無邪気な笑顔で差し出されて、味がわからなくなりそうだった。

 それでも簡単には薄れない濃厚な味が、強引に口の中へ広がる。

 タコ焼きを味わっていると、国王ルーカスが入ってきた。


「この香りは?」

「あっ、ルーカス……様? えっと、タコ焼き食べますか?」

「ルーカスでお願いします、ライラ様。非公式の訪問なので気にしないでください。それと……タコ焼きというものはありがたくいただきます」


 オスカーの横に座って、ルーカスも一緒になってタコ焼きを食べる。

 ルーカスが神殿に来たのは、本を届けるためだった。他の者に頼めばいいことだが、本を口実に抜け出してきた。


「許可のない者には見せられないと言いましたが、実はただの絵本や図鑑なのです」


 絵本はおおまかな歴史や種族について学べるだけでなく、簡単な文字の読み書きを覚えるためにも使えるという。

 レンが学びたいと希望したため用意されたものだ。

 全てを覚えなくても生活はできるけれど、この世界の多くを見聞きしてみたいと興味を持った。身を守れるように、攻撃してもいい対象、むしろ先に攻撃しないと危険な魔物は見分け方を教えてもらってある。他の種族に関しては知らないことだらけなので、少し聞いただけでもおもしろい。


「このままライラと一緒に暮らしたいとも思ったけど、今のままじゃ迷惑ばかりかけそうだから」

「私も知らないことのほうが多いと思うけど……」


 ライラは気になった時に調べられるので、つい書庫頼りになっている。記されている知識ならいつでも閲覧できるので不便はないが、本人の知識が多いわけではないのだ。うっかり調べることも忘れてしまう時もあった。


「オレを頼ってもらえるくらいに、とは言わないけど……せめて、頼りないと思われないくらいには学んでおきたい。がんばれって言ってくれるか」

「うん……がんばってねっ」

「ありがとう」




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