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深海の魔女

 遊び疲れてのんびり夕食の用意をしていると、海の音が急に遠のいた。夜の海を見ながら食べるつもりで外にいたから、風もあったはずなのに、急に静かになる。

 波打ち際から聞こえた鈴の音に目を向けた直後、紺色の大きな蛇が姿を現してヨシュカを見た。

 静かだった音と風は元に戻り、蛇の姿が人型に変わりながら近寄ってくる。


「お久しぶりです、ヨシュカ様。カイ様もお元気そうでなによりです」

「この気配って……深海の魔女?」

「ええ。最近少し、服の趣味を変えましたけど」


 服を変えたかどうか以前に若返っている、とは口にしないでおいたヨシュカとカイ。記憶を探して出てくるのは、人族なら四十代くらいに見える女性で、黒いドレスを好んでいた。それが今は、深い青のドレスを身にまとい、人族の二十代くらいになっている。髪は緑だったような気もするが、濃いピンクが目に痛い。


「……自身で実験をしていたら、いつの間にかこの外見だっただけですよ?」

「ええと……俺たちまだ何も……」

「別人だって顔に書いてあります。わたしは、肉体を交換したわけではないのに」


 記憶を持って生まれ変わったわけではなく、外見だけが変化したのだ。


「傷心のわたしを慰めるために、少し実験にお付き合いしていただけます?」


 全力でお断りしたいところだったけれど、嫌と言うより早くヨシュカの口に丸薬が押し込まれる。吐き出す前に一瞬で溶けて消えた。


「――――」


 何を飲ませた、と聞こうとして、音にならなかった。

 ヨシュカは話そうとしているが、声が出ていない。


「人族ではわかりにくいのですが、メロウ族なら人の足に変化する薬です。副作用で声が出なくなってしまうので、改善したつもりでしたけど……されてないみたいですね」


 副作用が残っているかいないか確認できれば良かった。確認したところで種族が違うのだから、意味があるかどうかはわからないけれど飲ませた。


「声を出したければ、愛娘にキスの一つでもお願いしてみてください」

「――――!?」

「口に近ければ頬でも……たぶん大丈夫かもしれません」


 深海の魔女は面白そうに笑うだけで、効果を消すための薬を渡す気はなかった。

 機嫌を損ねて悪化させられても困るため、下手に強引な手段もとれない。ヨシュカが深海の魔女とライラを交互に見ていると、先に深海の魔女が目を逸らした。


「そういえばわたし、薬草をお渡しするために来たことを忘れるところでした」


 薬の結果に興味をなくし、薬草を取り出してカイに預けておく。


「たまには深海まで採りにいらしてくださいね」

「……実験台にしないならな」

「無駄に大きいだけの体を有効利用させてください」

「うるせえ洗濯板」

「わたしの深海に浮き袋は必要ないってご存知ですか。ついでに性別も」


 脂肪で満たされていれば浮き袋ではないとか、そんなことはどうでもいい。胸なんて必要ないのだ。実際あってもそのうち邪魔になり、また実験で外見が変わるだけ。カイが表皮のことを言っているのに勘違いするほど気にしているが、気にしていないったらいないのだと拳を握る。

 カイが相手をしている間に、ヨシュカの声が出るようになった。しかし、今度はライラの声が出なくなっている。そのことに気付いた深海の魔女は、カイと話すのをやめて二人の様子を観察し始めた。


『薬の効果がなくなるまで、念話石を使えば大丈夫かな?』


 念話石を片手に首を傾げるライラは、現状をあまり気にしていない。あくまで副作用であり、薬なので、状態異常と判断されなかったのかな、などと考えている。


「……ライラをそのままにしておくわけにはいかないよ」

『今度はお父様からキスしてくれるの?』


 頬でもと言われていたので、ライラからヨシュカにした時と逆で、自分の頬を向けた。

 ヨシュカはライラの両頬に手を添え、前を向かせて軽く口唇を合わせる。

 すぐに離れて、「ごめんね」と口を動かした。


「お父様? あ、声出る……」

『俺は無理みたい。もしかしてって思ったんだけど』


 困った顔でライラの頭を撫でるヨシュカに、深海の魔女が薬の瓶を一つ渡す。


「これが効果を消す薬です。それにしても……効果が相手にうつるなんて、想定外でした。もう別の薬として、商品にできそうですよね」


 予想していなかった結果に満足して、効果を消す薬を渡す気になったようだ。

 気が変わらないうちに、ヨシュカは薬を確かめて一気に飲む。


「会話するためには交互にキスしないといけなくなる薬、おもしろくないですか? 副作用の確認ついでに、ヨシュカ様が愛娘相手に戸惑うところが見れたら……と思っただけでしたけど」

「最初からこの薬でしか戻らなかったってこと?」

「声を出したければとは言いましたけど、キスで効果が消えるとは言っていませんからね」

「戻し方じゃなくて、声を出したければ楽しませろって意味だったわけだ?」


 ヨシュカが足元の砂を凍らせ、左手には炎を出した。


「どっちがいいかな?」

「急用を思い出したのでわたしは帰ります」


 薬草ならカイに渡してあるので今すぐ帰っても問題ない。

 せっかく来たなら暇つぶしに少しと思い、やりすぎた。

 目に見えて選べるうちは、本気で何かするつもりはないのだ。もし本気だったなら、無言で気付く間もなくすでに氷漬けか丸焼きになっている。


「それではみなさま、またどこかで……。セイレーン様、あとはお願いします」


 ここまでの移動を手伝ってくれたセイレーンたちを呼び、足止めを押しつけた。


「なんで私たちに!」


 セイレーンたちは文句を叫んだことで、居ると認めたことになってしまった。

 蛇に変わって逃げる深海の魔女を「連れ帰る」と言って、共に帰ったセイレーンもいるが、三人は砂浜へ顔を出した。

 半身が鳥の姿へ変化して、ライラたちの前に立つ。一人は昼にも会ったセイレーンだ。


「……どうして警戒されているのかしら?」


 態度でわかりやすいレンだけでなく、サウラも警戒していると感じられた。昼の一件で心配しているといったほうが近い。


「また何かするつもりか?」

「また?」

「ライラに対してだ。……歌声で体調を崩したんだぞ」

「大丈夫ですか!?」


 セイレーンは焦ったように距離をつめ、周囲の制止も聞かずにライラへ抱きつく。


「うん、今はなんともない。心配かけてごめんね」

「私たちのせいで……」

「みんな無事だったから、怒らないよ」


 ライラは、今にも泣きそうなセイレーンを抱きしめ返した。それから体を離して、手足を動かし、大丈夫な様子を見せる。


「知らなかったのか?」

「たしかに歌声は捧げたけれど……その……」

「害する気はなかったのか。疑って悪かった」


 セイレーンたちは肯定も否定もしなかったが、本気でライラを心配していたので、レンは一方的な発言を謝罪した。


「イタズラはほどほどにね?」

「ヨシュカ様は私たちに無理なことを言うのね。でも……」


 口元に指をあてて、少しだけ反省した表情を向ける。


『もう必要ないみたいだから』


 ヨシュカとカイにだけ聞かせた声は、セイレーンたちがライラの魔力異常に関わっていたと教えるものだった。


『ヨシュカ様に対処を押しつけてごめんなさい。ライラ様とカイ様の負担が減らせたらと思って』


 目的は果たした。もう魔力を乱す必要はないからやらないけれど、干渉しようとしても、漏れる神気も扱えるようになった今では外部から干渉するのは難しい。


「この件のお詫びはさせてもらうわ。貴重な深海の岩塩……これから夕食みたいだから、お好きに使って」


 腰の小袋から、青い宝石と見間違える美しい岩塩を取り出して、ヨシュカに渡す。直接ライラが触れる前に確認すれば、安心するだろう。


「深海の魔女も、薬草を届けるだけじゃなくて、お騒がせしたみたいだから。連れてきた私たちからも謝罪するわ」


 イタズラの内容としては、海中で腹を抱えて笑うくらいには楽しんでいたけれど、さすがに言わないでおいた。

 帰ろうとするセイレーンをライラが呼び止め、夕食に誘う。

 ヨシュカとカイは溜息を吐いたが、一方的に帰れとは言わなかった。強引なやり方を責めたい気持ちもあったが、自分たちが隠しすぎていたことも反省している。


「ねえ、お父様、そういえば……どうして魔女って呼ぶの? 魔法が使えるならみんな魔女とか魔法使いじゃないの?」

「え、ああ……彼女は本当の名前を隠しているから、深海の魔女って呼ばれてるだけ」


 セイレーンたちのしたことを許しているライラは、すでに他のことに興味が移っているようだ。


「魔女さんも、逃げないで一緒にご飯食べていけばよかったのに」




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