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海水浴

 シンプルに焼いただけの魚や貝に、街で買った甘辛いソースや果実ソースをかけて食べる。貝柱が三分の二を占拠する強固な貝は、加熱しても開かなかったので強引に隙間から切った。


「お酒が欲しくなる味……」


 料理を味わいつつ、開け放った広い窓から海を眺める。

 食後も遊ぶつもりで、水着から着替えてはいない。のんびり足を伸ばし、室内用の簡易なサンダルをぷらぷら揺らす。

 ライラが寛ぐのを見ていたレンが、心配そうに耳を下げた。


「狙われた後だというのに、警戒しなくて大丈夫か?」

「悪気があったわけじゃなくて、私が過剰反応しちゃっただけだと思うから」


 セイレーンがイタズラをするのは性分だからしかたないし、歌うのも自然なことだ。ライラが影響を受けない体質だったなら、何も起こらなかっただろうと思っている。お互いの性質の問題で、責める気にはなれない。


「オレの時もそうだけど……。無事だったから言えることで、何かあれば悪気がなかったでは済まない」


 迷惑をかけた上に保護してくれた恩人が危険に晒されて、気にならないはずがない。レンはなるべく冷静に対応したつもりでも、内心では自分も間違えていたらと不安でしかたなかった。


「初めもレンさんは助けようとしてくれて、違うってわかったらみんなに謝ってくれました。……私に万が一のことがあっても、相手の目的や望んだ結果が悪いものじゃないなら、手段が他者を犠牲にするものじゃないなら、責めたり怒ったりしません」


 ライラの身が危険になること自体を、ましてやライラの死を、望んで起こした事態ではないなら。


「彼女たちの本心はわからないけど、それでも、悪い感情は聞こえなかった。むしろ私のために歌ってくれた気さえした……だから、私の思い込みだとしても、私は彼女たちの善意を信じたいです。私が未熟で、自分の体質さえわかっていなかっただけ。レンさんが心配してくれるのも、私のことで怒ってくれるのも、嬉しいけど……。レンさんのおかげで元気になったから、もっと喜んでください」

「ああ……ライラが元気になって良かった」

「そうです、よかったんです。レンさんも元気だして、いっぱい食べてくださいっ」


 あまり食べていなかったレンの皿に、ライラが切り分けた貝柱をのせて笑った。


「助けてくれたお礼に、一番いい部位です」

「あ、ありがとう」

「体質に合わないとかあれば、すぐに言ってくださいね。ちゃんとレンさん自身の心配もしてください。あと、味が苦手とか、ただの好みでも遠慮しちゃだめです」

「世話になっている身でそれは――」

「お礼だからいいんですっ」


 貝柱に続いて、鮮やかな黄色の魚も切り分けた。観賞魚みたいな派手さだが、ちゃんと食用だと確認はしてある。

 淡白な白身魚を思わせる食感なのに、しっかり脂がのっていて、甘辛いソースをかけても負けない味だ。


「遠慮しないでしっかり食べておかないと、遊ぶのも体力がいるんです」

「……まさか、外でもホロ……いや迷宮? その、迷宮だった時のように、走り回るのか?」

「えっと……走り回ったりはしないつもりですけど、泳いだり、他は何しよう……」


 海といえば、スイカ割りやビーチバレーなど、思い浮かぶものはあるが一つに決めていたわけではない。

 サウラが手招きしてライラに声をかけ、膝に座らせて抱きかかえた。


「何して遊びましょうか」

「サウラさんは何かしたいこととか……」

「レンさんも楽しめるものがいいですよね」


 ライラの頬についたソースを指で拭い、口に運ぶ。ヨシュカには睨まれるが、今は気にしないでおく。


「太ももにもたれてますよ。火傷してませんか?」

「うん。え、ひゃっ、くすぐったい。じ、自分でふけるっ」

「汗もかいてるみたいだから、お酒以外の水分とっておいてくださいね。ああ、今のうちに……日焼け予防の薬草油、使っておきますか?」

「そ、それも自分でっ、ん、やぁ、大丈――」


 ガタンと音を立ててレンが立ち上がり、サウラの腕を掴んで止めた。


「表へ出ろ!」

「いいですね、オレはもふもふだからって手を抜きませんよ。受けて立ちますから、その前にちゃんと残さず食べてください。落ち込んだり遠慮したりしていても、目の前の料理は減りませんよ? まさか、残して外へ行くつもりですか? 手料理を無駄にするとでも?」

「なっ……わ、わかった、すぐ食べる」

「オレは逃げたりしませんから、ちゃーんと、味わってくださいね?」


 にこやかな笑みを作るサウラに促され、急ぎつつも素直に味わう。


「……真面目に聞いてくれるとは……言ってみるものですね」

「ご、強引に食べさせなくても……」

「いつまでも遠慮させておくわけにはいかないでしょう。これから海も渡るのに、体格のいい成人男性が少食って、心配ですよ?」

「うん……でも、焦らせなくても……」

「ああ、煽るためにライラさんを利用したわけじゃないです。触れたかったのもありますけど……少し症状が残っていませんか?」

「もう大丈夫のはずなんだけど……違和感もないし……」


 確かめてくれたのかと思いながら、自覚はなかったので首を傾げるライラ。


「あっ、く、薬が嫌で隠してるわけじゃないよ? 本当にもうなんとも……」


 ぎこちなくヨシュカのほうを見る。今からでも薬を飲めと言われたら、料理の味が全て消えてしまいそうだ。

 ヨシュカも不思議そうに首を傾げていた。


「魔力異常は感じられないけど……わからないくらい僅かなものなのかな? それか、俺の薬で対応できる範囲の症状じゃないか」

「ライラさんは今、酔うほど飲んではいないですよね?」

「うん、酔ってない」


 気のせいなのではと思おうとしたところで、カイが口を出す。


「なあ、嬢ちゃんって、最初にフェリとソフィアに絡まれた時……あー、初めてすげえ酔った状態の二人に絡まれた時、って言ったほうがわかるか? まだ嬢ちゃんは酔う前だったのに、今よりくすぐられるの弱かったよな?」

「元に戻っただけってこと?」

「いや元がわかんねえけど。まあ、あの頃と比べてなら、二人のせいで慣れたわけじゃなくて、嬢ちゃんが鈍くなってただけで、今が正常になっただけ、くらいしか思い当たらない」


 他と違う神気まで、自覚して扱えるようになった変化。以前より器が安定しているなら、異常のせいではなく、むしろ今のほうが正常だと判断したほうがいいだろう。


「異常がなくて、少し弱くなってるかもって違和感程度の差なら、正常になって良かったんじゃねえか」

「弱くなると困る……ルクヴェルに戻ったあととか」

「今度こそ慣れろとしか……」


 カイも困って頬を掻くしかない。


「とにかく、落ち着いてるなら、薬飲まなくていいってことで」

「うん、そうだね……」

「薬が嫌なのはわかるけど、何かあったらすぐに言えよ?」

「わかった」


 話し終えて、ライラたちも皿にまだある料理を食べ進め、食器を片付けていく。

 きれいさっぱり全員の胃におさまった後は、思いきり遊ぶだけだ。







 まずはスイカ割り、ではなく、メロカで代用したメロカ割りをすることにした。

 砂浜に布を敷いてメロカを置き、少し離れたところで棒を持つ。


「目隠しして、こう……ぐるぐる回って、メロカを割りに行く遊びです」


 ライラが楽しそうに説明して、棒を振った。


「カイさんとレンさんが有利じゃないですか? 匂いでわかりますよね?」

「サウラも気配で一発じゃね?」


 サウラとカイが首を傾げ、どう楽しめばいいのか困っている。


「匂いと気配がわからないように、結界と認識阻害の魔法をかけておくから、平等にスイカ割り、じゃなかった、メロカ割りができると思う。目では見えるし、外から叩いても結界を通れるようにする」

「遊びにそこまで……」


 ヨシュカは呆れというより驚きながら、それでもライラが楽しそうにしているのでとめるわけではない。


「最初は誰が――」

「わらわがやりたいっ! なのです!」


 リュナが元気よく手を上げて、上げていないほうの手では棒を振り回し、尻尾まで振っている。説明は大雑把だったが一応理解して、興味津々だった。


「じゃあ目隠しするね、えっと……これくらいで痛くない? ずれたりもなさそう?」

「ばっちり、なのです」


 誰もいない方向に胸を張って、目が隠れていてもわかる笑顔を見せる。


「十回ぐるぐるしたら、歩き始めてね。私たちが、右とか左とか、おおまかな方向を声に出して教えるから」


 こうして始まったメロカ割りは、リュナが最初から成功させて一休みになった。

 割れたメロカを放置せずに食べて、それから次を始める。二個目、三個目ともなると、これ以上は食べられないという理由で中断することに。

 その二個目と三個目を割った、サウラとレンの勝負は、次に持ち越しとなったのだ。


「割れ方はオレのほうがきれいでした」

「当たれば成功なんだろう?」

「砕いたら集めるのが大変だと思わなかったんですか?」

「くっ……」


 言い合いはしているが、二人とも笑って楽しそうにしていた。







 次はビーチバレー、と意気込んで始めたはずがすぐに問題が発生した。

 木の皮を編んだ球は、柔らかく使いやすかったのだが、壊れやすくもあった。

 最初にレンが割ってしまい、次にライラが、そして今カイが三つ目を壊したところだ。


「悪い……」

「ううん、私も割ってるし……そうだ、使えそうな素材があれば……」


 アイテムボックスの中身と相談して、スキルで加工する。地球のビーチボールを出したところで同じように割れるだろうし、収納したまま使い道のない素材ならあるものから調べたほうがわかりやすい。


「これなら大丈夫かな」

「嬢ちゃんが持ってるの、何?」

「えっと、リヴァイアサンの胃袋の表面……を、ボール一個分だけ使ってみた」

「もったいねえ使い方……」

「で、でも、これなら壊れないと思う! たぶん……」


 もっと有意義な使い道はいくらでもあるけれど、今すぐ欲しいのは壊れないビーチボールなのだ。

 せめて色は明るいピンク色に染めておいた。内蔵をそのまま打ち合うのは遠慮したい。


「いくよー!」


 勢いは声だけで、手加減は続けたまま再開する。

 すでに口だけの勝負になっているとはいえ、サウラとレンは決着をつけるために別のチームだ。

 サウラ側にはライラとヨシュカ、レン側にはカイとリュナがいる。


「今だけはカイさんの身長が羨ましいです」

「今だけかよ」


 軽くボールを上げながら、会話も交わして遊ぶ。


「ちゃんとバランス考えて入れ替えただろ。頭狙わないでくれる?」


 口では文句を言っても、カイは軽々打ち返した。


「俺が魔法で身長伸ばす?」

「そんなことできるんですか」

「冗談だよ」


 気軽に打ち合っていたはずが、少しずつ強くなっていく。


「これって、身体強化はあり? 体力的に俺が不利だと思うんだけど」

「あー、割らないで済むなら」

「いいんじゃないか?」


 拾えなかったボールが砂浜をえぐる。


「遊びなんだから危ないことはだめっ!」

「防御はありにして」


 ヨシュカはわずかに赤くなった手を振り、苦笑いした。

 このあと結局、集中して口数が減っていくほど足元の砂浜が荒れていったので、引き分けで中断されることになった。

 納得できないと言ったレンと、サウラだけが、一対一で打ち合いを続けることになる。なんだかんだ言って仲が良いのではないか。


「一緒に泳いでくれないの?」


 待ちきれなくなったライラが涙目で止めに入れば、すぐに終わったけれど。




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