サウラの両親
サウラの両親は、ヨシュカとレンの判断を待つ間に、改めてライラへ跪いた。
「トゥリャラトワ・ニュクシュ・メルトリシアル。呼び名はトワ」
「リャトリシアル・ニュクシュ・メルトリシアレ。ラトリ、とお呼びください。夜の民が誓いを捧げた貴女へ、私たちからこれ以上を望むことはありません」
剣を鞘から抜くことなく掲げられる。
「ライラの名で誓いを交わした私が……」
態度に関しては天族だからだと思い慣れてきたが、友好関係を築いたダークエルフ相手に、それもサウラの両親に対して、儀礼的な挨拶を返すのはためらった。
「……いえ……私は、里での誓いを違え、私のせいで血を流してしまいました。サウラさんから加護を――」
「オレは感謝してます」
両親との再会で唖然としていたサウラが、俯くライラの声に反応した。
「一度は納得してくれたじゃないですか。血を流したのだってオレが自分で切ったからです」
「サウラさんのご両親には何も……」
「私たちは、これまでに何があったかを聞いています。加護は神にお返ししたと同じこと。私たちが誓いを取り下げることはありません。……私の刃は、この先も神と共に」
「……ありがとうございます。神と共に在る貴女たちへ、天の一族として祝福を」
ライラも鞘のまま剣を交え、言葉を返した。返せる言葉を重ねて引く気のない二人を、跪いたままにさせておくわけにはいかない。
挨拶を済ませたことで、ラトリとトワは立ち上がって剣を腰に戻す。
「あの――」
「謝罪でしたら必要ありません。加護の件でしたら先程申し上げた通り。それに、息子を解放し――いえ、貴女に話すことではなかった。こちらが一方的に感謝しているだけです。謝罪が必要というなら、貴女ではなく私のほう、私が加護を失っていたから息子が……」
「オレは母さんのせいにするつもりもないよ? 夜神様には悪いけど、おかげで隠す必要も不安になることもなくなった。原因不明の体調不良もなくなった……って、これは母さんたちなら原因知ってたのに教えてくれなかったんじゃないの? 治ったからいいけど。だいたい里を出た後に何してるかも教えてくれな――痛っ」
叩かれたサウラの隣で、トワが二発目の平手を準備した体勢のまま溜息を吐いた。
「口数増やしてなんとかしようとするな。サウラも、ラトリも」
「なんとかっていうか慰めるのに必死」
「私はライラ様に気にしてほしくなくて」
「どっちもわかりにくいんだよ」
トワは呆れたように笑って、叩くのをやめて手を下げる。ライラに向けて姿勢を正し、冷たく見えると自覚している顔で怖がらせないよう、意識的に微笑んだ。
「気にするなって言っても、謝罪しなきゃ気が済まないなら受け入れる」
「……はい。謝罪も、きっと自己満足なんだと思います。でも……それでも、私と一緒にいたことで、サウラさんから加護を奪うことになったから……ごめんなさい」
「許す」
「父さん!?」
思った以上に軽すぎる口調の返事で、先にサウラが声を上げた。
「いや、そもそも二人の間では話が終わっているんだろう? いきなり会ったせいで動揺して、親だからちゃんと話しておかなきゃって思いつめているなら、さくっと終わらせたほうが良いと思ってな」
「姉貴にそっくりだよ……じゃなかった、姉貴が似たのか……」
「あっ、あのっ、加護のことも、なんですけど、その――」
「ああ、継いだ子の件も聞いている。問いつめて詳細吐かせたけど、まさか意識のない娘さん孕ませるとは」
「孕ませてないからね!?」
「知ってるよ、冗談だ。今回は『休眠期間』もない特殊事例らしいからな。力は継いでいても、子供であって子供じゃない、最初の天族に近い存在なんだろう」
トワの発言で、ライラとサウラが疑問を浮かべる。たしかに、授かった子なのかとライラがティアに問いかけた時、違うともいえると曖昧に返されたけれど。
「あれはごまかしじゃなく……。それに、正しい儀式の後なら、休眠期間があった……? あの時ライラさんが体調不良になったのって……体が休眠状態になりかけたから?」
「私が不安定になったからだと思ってた……」
「両方だったんじゃないかな?」
ヨシュカがレンとの話を終えて、口を挟んだ。
「俺も確認できなかったから、話してなくてごめんね」
「リラに悪影響があったりしない?」
「大丈夫だよ。……今は元気に勉強中で……周りも自分も幸せになれるようにがんばりたい、って言ってるらしい。ライラが会った時点で、言葉は追いついてなかったけど、親元離れてやる気満々だったもんね……驚いたよ」
「よかった」
「夜神の神殿に行く時は、トワとラトリが同行することになると思う」
視線を向けられた二人が頭を下げる。
「その時は必ず、無事にお連れします」
「よろしくお願いします」
ライラに手を握られ、ラトリの動きが固まった。
潤んだ深緑色の瞳を直視できず、ぎこちなく後ずさる。
「ライラ様の頼みとあれば、あの、いえ、その、ヨシュカ様には祖父母も私たちもお世話になったことがありまして、娘であるライラ様のお役にも立てればと……」
「そうなんですか?」
「はい。雪山で迷って洞窟生活を楽しんでいた祖父を連れ帰ったり、祖父が祖母に丸焼かれそうになったのを助けたとか」
「ニュクシュの一族って変わってるよね、昔から」
「父さんと母さんが何したのか気になるけど、聞くのが怖い」
「私たちのことは言わないでください、祖父母はかまいませんけど。い、依頼の話をしましょう」
ラトリは、祖父母の過去を勝手に話しておいて、自分たちの過去を話される前に話題を終わらせた。
「レンさんの希望は……」
「エクレールまでは俺が連れて行くよ。テナイル山の調査も必要だろうから。もう種族が違うのはわかってるから、二人を警戒してるわけじゃない。転移するより、先にもう少しこの世界を見ておいたほうがって」
ヨシュカはそっと念話石に触れて、魔力を流す。気付いたラトリも、自分の念話石に触った。
『話してくれない理由もあるけど、俺たちと同行したいって希望ははっきりしてるみたい。あと、実はおとなっぽい美女が苦手、なんだって』
「ヨシュカ様!?」
「ん? 何かな」
こっそり余計な情報まで伝えておいた。
「なんでもありません……」
「ここまで来てもらったのに、ごめんね」
「いえ、それはかまいませんけど……あの、私たちがいなくなった後で、息子に余計なこと教えないでくださいね!」
「ブルーベア片手に引きずって帰ってきて、玄関壊して号泣してたこととか?」
「そういうことです!」
「母さんそんなことしてたの?」
「サウラだって小さい頃は……」
親子で言い合いになったのを見て、ヨシュカは一歩下がる。
「せっかく再会したんだし、別れる前に笑ってくれて良かった」
やり方はともかく、気まずさは解消できそうだった。トワも参戦したことで騒がしいけれど。
「そうだ、レンはライラたちとも一緒が良いんだよね? ライラは平気? 俺だけ別――」
「お父様と一緒がいい。レンさんのことも心配だし、お迎えって話がなかったらエクレールの神殿まで行くつもりだった。急がなくていいなら、インディーシア王都のギルドに報告も行けるし……えっと……」
「うん、焦らないで大丈夫」
ヨシュカに撫でられ、ライラはほっと表情を緩めた。
騒ぎが本格的な親子喧嘩になる前に止め、出発の準備をする。準備と言っても買い物は終わっていて、宿に荷物があるわけでもない。
このまま出ても問題ないので、街の外までは皆で向かい、トワとラトリを見送った。
「こんなのは聞いていない」
竜の姿になったカイを見て、レンが発した第一声がこれだった。
「色は善……」
「レン、この世界の竜族は何色でも攻撃しちゃだめだからね」
「わ、わかった」
戸惑うレンも籠に乗せ、インディーシア王都を目指して飛ぶ。
「飛ぶのか!?」
「結界もあるから風の心配はないですよ」
「わらわは背中のほうが好き、なのですっ」
「海を渡る時は背中だからね」
「背にも乗れるのか!?」
「……反応がおもしろいですね。あ、プーシャトで買った焼き菓子って、ライラさんが収納したんでしたっけ?」
「うん」
焼き菓子や果実水を出して寛ぐ。レンはたまに地上を見ては驚いていたが、少しずつ慣れていった。
「飛べる種族は知っているけど、オレたちをまとめて運べるなんて、驚いた。この乗り物も不思議だ」
「ねえライラ、また改造した?」
「座り心地を重視して……」
乗るたびに、思いついた点を改良していた。もう籠と言っていいのか疑問がある。
「そのうち魔国で見た空間拡張テントみたいにいろいろ……」
「そんなもの開発されてるんですか」
「収納鞄に手を入れる感じなの」
のんびり話をして、王都に着く頃には。
見えてきた海が、美しく、真っ赤に染まっていた。