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プーシャトのギルドマスター

 タスクが頭を抱え、ライラに向けて小さく声を絞り出す。


「どうしても、ですか?」

「お願いしますっ」


 朝食も済ませて、しんみりと別れの挨拶、とはいかなかった。


「もふもふは愛でるものであって、愛でられたいわけでは……」

「お別れの前に、ちょっとだけ、お願いします。変化した姿を、モフらせてください」


 見上げてくる切なげな表情に負けてしまい、タスクは一度距離をとって変化する。

 大きな黒い獣の姿になり、撫でやすいように伏せた。


「本当にちょっとだけです――っ、な」

「さらつやもふもふっ」


 ぎゅうっとくっつかれて、驚いたタスクが固まった。

 軽くモフるどころか、全身でモフられている。


「ちょ、ちょっとだけ、って、言ったじゃないですかー!」

「もうちょっと……」


 ライラは首筋に顔を埋めて、幸せそうに頬ずりした。


「みなさ、助けてくださーい……あ、あの、私を睨まないでください……。近所の幼女が飼い犬と戯れてると思えば、ね? ね?」

「タスク……それを自分に言い聞かせて、がんばれ。あと、睨んでるというより……うん。応援してるから気にしないで」

「ええ……」


 簡単には折れないとわかっていても、細いライラの腕を振りほどいて良いのかためらう。


「ごめんなさい、わがまま言って」

「くっ……い、嫌ではなくてですね、その……一応精神的には男性なので緊張すると言いますか、あの……すみません。もう、好きなだけどうぞ……」


 尻尾を振って、白旗を上げた。


「二人きりでお願いしたほうが恥ずかしくなか――」

「二人きりじゃなくて良かったです!」


 暫くモフった後、涙目のタスクに出入り口付近まで送ってもらった。


「またいつでも遊びに来てください。もうモフらせませんけど! もうモフらせませんけどー!」

「大事なことだから二回……」

「あ、もふもふじゃないと会ってもらえないとか」

「モフらせてもらえなくても、いいですよ?」


 人型に戻っているタスクに、ライラが抱きついた。


「楽しかったです。また来たいって思ってるので――」


 途中で耐えられなくなったタスクが、自分から穴に落ちて戻っていった。


『ま、またお会いできる日を、楽しみにしていまーす』


 天井から声がして、わざとらしい演出の光から指輪が落ちる。

 指輪を拾い、ダンジョンの内部に向けてお礼を伝えてから、冒険者ギルドへ向かった。







 プーシャト冒険者ギルドに入ると、気付いた職員が駆け寄ってきて、個室に押し込められた。


「そうなんです、ほんとに一緒に来たんですよぉ」


 困ったような声と扉を叩く音がして、二人の女性が入ってくる。一人は先程ライラたちを押し込めた職員だった。

 もう一人の女性は、小柄で、老婆と言いきって問題ない年齢に見えた。


「わたしがここのギルドマスター、バティシュラだよ。銀の獣人に、白い髪、それに……。まあ、騒ぎになったやつらが一緒にいるってことは、もう解決済なんだろう?」


 老いていても背筋は真っ直ぐに伸び、服装は派手なアロハシャツもどきだ。インディーシアでは珍しくない服だが、気難しそうな表情には合っていない。


「もめてただけなら当事者の問題ってことだろう。ただね、Sランクが問題起こしたとなれば、理由くらい聞いておかないと」


 バティシュラの視線から庇うように、サウラがライラの肩を抱き寄せる。


「彼女が問題を起こしたわけじゃありませんよ。オレたちが勝手に彼女を取り合って、喧嘩しただけですから」


 微笑むサウラに、バティシュラだけでなくレンも視線を向けて口を開けた。


「どういうつもりだ」

「……ほら、触っただけでこれでしょう? オレは種族的にも、個人的にも気にしないんですけどね、彼が嫉妬深いみたいで」

「そうかい。まあ、あの目撃情報とも一致するねえ……。女に溺れるのは勝手だけど、もう街ん中で襲いかかるのはやめとくれよ」

「な……わかった。騒ぎを起こして悪かった」


 レンはうっかり口を挟んだことを反省して、おとなしく頷いておく。

 バティシュラがにんまり笑うと、雰囲気が変わった。


「たいしたことない理由で良かったねえ。ほれ、こいつらに茶くらい出してやんな」


 職員に指示して個室から追い出す。


「それで? そっちの獣人、本当は冒険者じゃないだろう?」

「……神殿にも、騒ぎに神官が関わっていたと、『苦情』を入れてもらってかまいません」


 ヨシュカは収納していた身分証を見せた。

 神殿に問い合わせてかまわない、神殿関係者で対処する案件であって、冒険者以外に襲われたと相手を訴える必要はない。


「『苦情』を入れるかは後で考えるとして、職員はごまかしたままにしておくから、表向きはさっきの理由でいいよ」

「理解が早くて助かります」

「気付かれなきゃ、わたしまで騙す気だったくせにねえ」







 酒や果実、菓子を買って、戻ってきたギルドの酒場で昼食を済ませる。


「レンさんのお迎えってどうなったの?」

「……ギルドで会う予定だったけど」


 ヨシュカが困った顔をして、ちらりとサウラを見た。


「レンが俺たちと一緒のほうが安心できるって言うなら、エクレールには戻る予定だったから、途中まではこっちの予定で連れ回しても良いって……。カイの移動速度を考えたら、船より早いからかなって思ったんだけど……」

「違うの?」

「たぶん、これから会う二人に任せたほうが早い。それか、俺だけ別行動」


 話が終わらないうちに、ギルド内に男女の二人組が入ってくる。フードを深めに被った二人は、褐色の肌がインディーシアらしいというより、ダークエルフのそれだった。

 気付いて立ち上がったヨシュカの前に来て、二人が頭を下げる。


「遅くなってすみません」


 女性がフードを外すと、長い耳は別の布で隠されていた。


「私たちの種族とは相性が悪いのではないかと、チェルハイデア様も心配していましたので……状況によっては、このままヨシュカ様にお任せして、私たちはテナイル山の調査を……」


 不安そうにレンを見ながら話す途中で、ふとサウラにも視線を止める。


「最近ではうちの息子もお世話になってばかりだというのに……お役に立てず申し訳ありません」

「女を追いかけて里を飛び出すようになるとは、思ってなかったな」

「アナタは黙って」


 女性は夫の脇腹を拳で殴った。

 サウラは驚いたまま、口を開けているのに言葉が出ない。




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