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神と、銀色の獣

 一人、また一人と、同族が倒れていく。

 視界が血に染まっていく銀色の獣は、自らの姿も見えず、角も折れ、足は歪み、もう這いずることしかできない。

 普段ならばよく聞こえる耳に、今は何の音も届いていない。


「っ――ぅあ――」


 喉が半分焼け、転移石を発動させるための詠唱は叶わない。

 壊れかけの石にようやく手を置くことができたのに。


「さ、たぅ、え」

「ソル、レライ、エクターナ」

「……シュー?」


 倒れたはずの仲間の気配だけを感じ取り、痛むはずの喉で名前を呼んだ直後。

 転移石が発動して、とても正常とはいえない光を放ち。

 空間ごと崩落した。


――必ず生き残れ。何処へでもいい、レンを







 その世界の神たちは皆、迷っていた。

 肉体を持ったまま外れた生命を、転生のために一度殺すのか。それとも。


「このまま戻したほうがいいのか?」

「生かすことが願いよ。……彼らは世界に、私たちにも尽くしてくれたわ」

「地上への干渉と違い、外れた今なら……」

「うーん、戻さないほうがいいのか?」

「三百年くらい眠らせてから戻すのはどうでしょう?」


 迷う神たちに、外から来ていた神が声をかける。


「その哀れな子を、わしに預けてはもらえないか」

「何を……」

「記憶を見たのか」

「そう怒るでない。あまりに痛ましい姿で、心配になってのう。悪いようにはしないと約束しよう」

「どこへ連れて行くつもりですか?」

「わしも昔関わっておった……『死者たちの楽園』と呼ばれる世界じゃ」


 外の神が出した世界の名を聞き、迷っていた神たちは安心して預けることに決めた。

 連れ出すことに成功した外の神は、時が止まった獣の肉体を修復して運んだ。


「これで大丈夫じゃろう……なーんて。やっぱり年寄りだとウケがいいって、神も同じなのかな。姿なんて、求められれば勝手にできあがるし、変えることだってできるのに」


 外の神、運命神とも呼ばれる存在は、わざとらしく呆れた様子を装って独り言を漏らす。


「ボクといえば、いたずら好き、厳しい、気まぐれ、時に優しい……全部なんて、もう覚えてないや。って、考え事してる場合じゃなかった。早く遊びに行かないと」


 くすくす笑って、自らが以前管理していた世界、『死者たちの楽園』に向かった。


「こんなときに急用なんて……。あっ、とりあえず近いところに放り込んだら、なんとかしてくれるよね。あとで謝りに戻ってこよう」







 銀色の獣が目を覚ましたのは、夜でも暑い山の中だった。


「ここは……? 転移石が、反応したのか……?」


 曖昧になった記憶に、答えを教えてくれる者はいない。

 重く感じる体を起こして、周囲の気配を探る。


「近くに『悪夢』の気配はない、か……」


 空腹を訴える腹を押さえ、涙を流した。


「こんな時でも、腹は減るんだな」


 銀色の獣は自分の身を憎く思いながら、何をするにも体力は必要だと言い聞かせる。


「とにかく、どこへ転移したのかを……」


 転移した場所がどこかを判断するため、山を歩いた。途中で獣を狩り、調理もできないまま腹に詰め込む。

 微かに聞こえた会話に気付き、意識を集中する。けれど、何を言っているのかは理解できなかった。

 言葉がわからないために、場所を特定する情報はなかったが、少なくとも他国ということだけはわかる。

 隠れて五人組を追えば、人の集まる場所もわかるかもしれないと思い、準備を始めた。

 追い始めて二日目の夕方には、思っていたよりは大きな街に到着できた。砂だらけの暑い土地にあるとは思えない街だった。


「よく生きてたな。水しかないが、飲んでいけ」

「悪い、その、何を言っているか……」

「うまく話せないほど酷い目にあったのか? 大丈夫、命があればまたやりなおせる」

「元気出せよ!」


 言葉の通じない門番たちに、かなりの強さで肩を叩かれ、温かい目をして頷かれる。

 とにかく中へ入れたことに安心したが、街が大きいこと以上に想定外のものを見つけてしまう。


「生活の場にホロ……? まさか、共存して……いや、話に聞いたことが……共存しているなら善の主だろう。……どんな主でも、ホロの主なら言葉は通じるはずだ」


 他に頼れる者もいない。

 うまくいけば匿ってもらえるかもしれない、せめて今いる場所だけでも聞き出せれば。感情は定まらないまま、危険な場所へ踏み込む覚悟だけは決めて、ホロだと判断した場所の中へ入った。


「殺意を感じない……やはりここには善の主がいるはず……」


 期待して奥まで進んだが、主に会うことはできなかった。中で待っていても、主を失ったホロの可能性もある。

 外に出て、話せる者が見つからなければ戻ってこようと考え、引き返した。

 路地裏に隠れて仮眠をとり、人通りが増える朝を待った。

 他国と取引することもある商人や、他国からの客とも接する機会があるだろう店の者、他国の薬草も扱うはずの薬師なら、誰かは話せる者がいると期待して探してみたけれど、見つからない。

 再びホロで主を探し、食料も確保しようと足を向ける。

 最後に一軒、屋台で声をかけてみて終わりにしようと、諦め悪く寄り道をした。ずっと何も買えずにきたが、話せないのにぐいぐいくる店の者の勢いに負けて、一杯の果実水を手に取る。支払えるものは、手にした覚えのない宝石だけだった。これまでの店では冷やかしだと誤解させてきただろうと、今更になって思いあたり、意味もない罪滅ぼしで、宝石一つを置いてきた。

 ホロに向かう途中、誰かに呼ばれた時と似た感覚で足を止め、振り返る。

 注意深く気配を探っているうちに、悪しき者の存在が目に留まった。食事のためか、いや、目的が何にしても、周囲に認識させない呪術を使う知性があるなら、厄介だ。幻覚の効かない聖銀種だから気付けただけで。

 追われる可能性がある身だということも忘れて、剣を抜く。

 平和に暮らす民を守らなければいけない。たとえ異国の地であっても。

 冷静さを失って斬りかかったが、避けた時の動きと周囲の反応で、側にいた妖精種の少女は悪しき者が連れていると気付いた。ただ驚く周囲と違い、少女と、男がもう一人、悪しき者と同じく攻撃に反応した。


「なぜ悪しき者が街にいるんだ!」

「っ――街の中で剣を抜くとか……何を考えているんですか?」


 食った言語がこの街のものなのか、何を言われたかはわからない。それでも、冷静に話し、落ち着いて剣を落とされた時点で異常だ。もっと感情的になるはず。

 武器も弓だけで、矢を出してすらいないのは、侮られているのか。もしも、街で凶器を向ける意思はなかったと言い訳するためだとしたら。


「……まさか……理性がある? そんなはず……」


 より上位の存在だとでもいうのかと焦り、すぐに予備の短剣で斬りかかった。

 妖精種の少女が短剣を受け止め、悪しき者を庇ったことで、共に行動しているのは操られているからだと確信する。


「サウラさんは悪い人じゃありません!」

「操られているのか」

「違いますっ! お願いです、落ち着いて話を――」

「解いてやるから待ってろ」


 やっと言葉の理解できる相手が、悪しき者の呪術にかけられていた。銀色の獣にとって頼りたい相手でもあったが、何よりも、妖精種にとって手遅れになる前に助けたい。

 呪術を受けた時点で手遅れかもしれないけれど、辛い記憶は短いほうがいいはずだ。

 ホロの主が失われていないことを祈り、助けを求めるために再び最下層を目指した。

 無関係の者をまきこまないようにだけ注意して、奥へ進んでいると、妖精種の少女が追いかけてきたことに気付く。

 危険な場所で、ここまで連れてきてしまう前に気付いていればと悔み、逃げるのをやめる。


「命令されて追ってきたのか……ホロは危険だというのに……」

「私は自分の意思で追いかけてきたんです」


 操られているならば、その意思も本心か定かではないというのに。

 信じてしまいたいと揺らぎ、接近を許してしまう。しがみつかれても突き放せず、体を支えた。


「本当に正気のままなのか?」

「はい。彼は悪い人じゃありません。……ここは、貴方の世界とは違うみたいなんです。話し合いを、してもらえませんか? 貴方がどこから来たのか、誰なのか、教えてください」

「何を……まさか、記憶まで……。ここまで高度な呪術を解くのは……」

「違いま――」

「失ったも同然の命だ。せめて共に」


 純粋な妖精種は、正気に戻ったら苦しむことになる。悪しき者が死ぬか飽きるまで囚われていては、後で辛くなる記憶が増えるだけ。自害する妖精種もいるくらいだ。

 これ以上、利用される前に。

 奪うことでしか救えないなら、せめて命で償うしか、銀色の獣に差し出せるものはない。


「助けられなくて、ごめんな」


 少女からは見えていないのに、力を込めた短剣が、光る何かに阻まれる。


「私は操られていません! 教えてもらえないなら……えっと、インディーシアの地名に聞き覚えは? ここがダンジョンだって知って入ってきましたか?」

「え、おい、待て、今何を」

「答えてください!」


 白い翼が短剣を弾き落とし、首にしがみつく力が強くなった。


「翼!? 妖精種が翼なんてありえない……」

「貴方みたいに、銀色の毛で青い角を持った種族も、この世界にはいないらしいですよ?」

「……ちょっと落ち着かせてくれ」

「良かった、話を聞いてくれる気になって」

「すり寄るな、くすぐったい、これじゃ落ち着けない」

「あ、もういきなり攻撃しちゃだめですよ? 貴方が襲った相手、本当に悪い種族じゃないんです」

「こっちからは攻撃しない。危険だと判断したら反撃する。それならいいか?」

「はい」

「頼む、もう、離れてくれ……」


 混乱しすぎて冷静になり、諦めた。







「ごめんって。ちゃんと手続きして預けるつもりは、少しはあったんだよ?」


 肉体を持たない状態にも関わらず、管理者ポチの溜息が重く感じられる。


「元管理者ともあろう貴方が、無断で、後先考えず、いきなり、世界の中に生命を放り込んだ、と」

「何度も謝ってるじゃん」


 態度は軽いが、謝罪は本心だ。


「とにかく、預かるって約束しちゃったから……よ、ろ、し、く、ね?」

「……フェムリト様」

「だって心配だったんだよ! 助ける気もあったんだって! それに、彼女も気に入ると思って。ファウストみたいにもふもふで、性質が良くてさ。まあ、他の世界で欲しがるところもあっただろうけど。一つだけ箱庭世界で保護しても、他の神が違和感を持たない、傷がある」

「意志に関わらず弄ぶなんて、運命そのもの――」

「あーそれね、なんでもかんでもボクのせいってさ。今回は実際にボクが手を出したわけだけど。そういえば、全ての生涯の内容なんて決めてるわけないじゃん、生命どんだけいると思ってるのって感じだよね?」

「勝手に話を――」

「ボクが性質に左右されてるっていうならさ、ファウストはどうなんだろうね?」

「話をころころ変えてごまかさないでください」

「ファウストのほうが逃げるのは得意でしょ。でも、嘘はない。本当に前から気になっていたんだよね、キミの本質。与えられた名ばかり持つ神……最初に彼女から名を貰う前は、キミって『何』から生まれたの?」

「もう、忘れましたよ」


 感情を表現せずに返して終える。


「貴方の謝罪は受け入れます。では、仕事がありますのでもう話しかけないでください」


 ふいと背を向ける仕草を見せて、黙らせた。

 地上での会話も聞いていたので、改めて確認もできた。


『ヨシュカ。もう彼に耳飾りを渡してかまいません。正式に一時保護が決まりました。それと……元の世界へ戻すのは、できれば避けたいところです。希望を確認する義務はありますが、今は神殿で保護する方向で話をしてください。個体の認識ができたので、彼なら……少し心配ですがフォルカーのところへ。なるべく無理強いにならないよう……』




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