パンケーキとそっくりさんと、犬猿の仲?
依頼の手続きをする冒険者たちが減り、静かになったギルドの酒場で、ライラはカイと少し遅めの昼食を食べていた。ロースト肉やフライドポテト、パエリアはすでに食べ終わり、パンケーキに手を伸ばしている。
厚めに焼いてちぎられたパンケーキには、果実や生クリームがたっぷり乗っていて、今まで眠っていたアクアが匂いにつられて起きてきた。
『あたちもたべるの』
「生クリームこぼさないように気を付けてね」
鉄鉱石の運搬を終え、途中で見つけた薬草も売ってやることがないので、のんびりとした昼食だった。
解体を頼んでいた魔物についても、ヒクイドリの肉を一部受け取りカードに入金してもらってある。
「そういえば、ルクヴェルには赤竜が住んでるって聞いたの」
「おいちゃんも聞いたなあ。あと、赤竜には人族の番がいるんだって」
「人族の番……あ、そうだ、どうして番でもないのに私に名前を教えたの? 呼び名はともかく、全ての名を知ってるのは親か番くらいだって聞いたよ?」
「いやーまあ、嬢ちゃんには名前知られてても知られてなくても、関係ねえだろうなあって」
場合によっては番さえ知らないというが、どれほど重要なことかいまいち実感がない。簡単なように、一方的に告げられただけだからだろうか。カイは詳しく話すつもりがないらしく、ライラは小さな溜息を吐いた。
「おじいちゃんに聞いてみる」
下げていた玉璧に魔力を流して、声をかけてみるとすぐに緑のから反応があった。
『おや? ライラ、どうしたんだい?』
「あのね、翠銀竜に名前を教えられたんだけど」
『追い返すか、呼び名くらい好きにさせたらどうかな?』
「なんか、すっごい長い名前」
『……ちょっとお話……しに行こうか……』
低く唸るような音が玉璧から聞こえて、さすがに街だと目立つからと断った。
緑のの話では、竜の名は命と同じだと思っていいという。残念ながら、一族ごとに違うしきたりがあった場合、それはわからないことも多いようだ。
命を預かったというのであれば、確かにライラには知られていてもいなくても、カイの命をどうとでもできるという意味では変わらないかもしれない。
ただ、親か番くらいしか知らないと言われているように、その関係性にも重要な意味を持つ竜の名だからこそ、ライラに悪い虫がついたのではと九頭龍は心配で苛立ちを漏らしてしまった。
『わしは認めんからな!』
「落ち着いておじいちゃん」
『ごめんねライラ、もう少し待っていて』
灰のの叫びに始まり玉璧の向こう側が騒がしくなって途絶える。
呆然としていたカイは、ここでようやくライラがおじいちゃんと呼ぶ存在がどういうものか、驚きながら察した。匂いで気配は察していたけれど、常に関われる状況にしていたとは。
「おいちゃん、まだ死にたくねえなあ。まさか本当におじいちゃんって……」
「怖がらなくて大丈夫だよ、私名前知ってるからって悪用するつもりじゃ――」
「嬢ちゃんじゃなくてねえ。いやー、おいちゃん困ったわー」
『おかえりすればいいの』
アクアに水をパシャパシャかけられながら、カイは酒を追加注文して、昼間から酔っ払って忘れることにしたらしい。
「なるようにしかなんねえだろ。あ、それで、赤竜が住んでるのがどうしたって?」
「え、えっと、会ってみたいなって思うんだけど」
「心配だからおいちゃんも一緒に行くよ?」
会えるなら手土産はあったほうがいいのか、などと相談を始めたところへ、見覚えのある熊獣人の男が入ってきた。
「あっ、ベルホルトさん」
「んあ? 兄貴の知り合いか?」
見覚えのある男かと思って声をかけたら、似ているだけの別人だった。けれど、返された言葉からベルホルトの弟だとわかり、昨日のことを話す。
いつも間違われるから気にするなと笑って、男はベルンハルトと名乗った。
「兄貴とフェリにからまれたんじゃ、大変だっただろ?」
「二人とも優しかったし、大変じゃないよ」
「ああ、それならよかった。また迷惑をかけていたらどうしようかと思った」
会って酒場で話したといっても、ライラは酔って迷惑をかけられたわけではない。ただ楽しく話して飲んだだけだったので、普段は違うのかと少しだけ気になる。
「おーい、報告に来たんじゃねえのか!」
急に大声がしてそちらを見ると、ライラたちのほうに向かって歩いてくる男がいた。
「ベルホルトさん?」
「違う、兄貴じゃなくて、ここのギルドマスターのベルナルド。名前まで似てるけど、オレたちと違って人族だ」
三兄弟だと言われたほうがしっくりくる外見の男は、人族だと言われているのを聞いて、またかと呟いてしかたなさそうな溜息を吐いた。
勘違いしたライラ以外からも、熊獣人の兄弟とそっくりだと日頃から言われていて、間違われることも多いせいで慣れているようだ。髪型くらい変えればいいものを、面倒だからと伸ばしたりもしない。
「先に飯食いたかったけど。はあ、それじゃオレは報告してくるから。またな」
「おう、さっさと行け。で、お嬢ちゃんがライラ? モニカから聞いた時は信じられなかったが、本当に……なんて聞くまでもねえな。Sランクの申請はしてあるから、通ったら好きに選んでいいぞ」
ベルナルドは実の娘を相手にするように、下心もなく悪い気のしない手つきでライラの頭をぽんと軽く叩く。
Bランク以上は実績も必要なはずではと思ったが、Sは別だと説明された。
申請してから通るまでに時間がかかるため、身分証をすぐに渡すにはCからなのだという。
「ギルドに念話石の予備がありゃ、先に渡しとくんだがな」
「あっ、おじいちゃんに貰ったものなら、持ってます」
「そりゃ助かる。ただ、強制じゃねえし、ランクも念話石の登録も嫌なら断ってかまわない」
緊急の時など力になれるならと考え、ライラは念話石で連絡がとれるようにすることを了承した。
ランクは今のところこのままでもいいと思っていたが、申請の結果は伝えてくれるそうだ。
カイに対してベルナルドはぎこちない態度になり、本人の希望ならと気軽に接することをしぶしぶ受け入れていた。
「帰りにでも受付に寄ってくれ、こっちの念話石を出しておく」
「わかりました、ありがとうございます」
「あーそれと、お嬢ちゃんも……いや、ライラもかたっくるしいのは抜きにしていいぞ。なんかむずがゆくってな」
それから、いつまでこの街で依頼を受けるのかなど聞かれ、決めていないならずっといてほしいと思っているとも言われた。戦力になる冒険者は、外側の街ではどこでも必要とされているという。
今のところライラたちは、赤竜に会ってみたいこと以外、予定を立てたりはしていない。
ライラが赤竜のことを話すと、ベルナルドが番の人族に会える日があるか聞いてくれることになった。
「ありがとう。用があるってわけじゃないんだけど、大丈夫かな?」
「女の竜を連れていかなければ、大丈夫だぞ。ライラにはむこうも興味持つだろうしな」
竜族限定で嫉妬深い赤竜らしく、他の種族ならともかく竜だけは女を連れて行くなと念を押された。
言われなくとも、ライラはカイとアクアが一緒に来るだけで、心配はないだろうと思っていた。
後日一騒動起こるが、この時には気付いていなかったのだから。
「食事の邪魔して悪かったな」
ひらひらと軽く手を振って仕事に戻るベルナルドに頭を下げてから、テーブルを見るとパンケーキはすでに食べ終わっていた。
アクアが満足そうに、皿の横で腹をさすっている。
「次はチョコにしよう……チョコも似てるだけで、違うものなのかな。まあ味は一緒だし……」
『あたちはくりーむなの』
「じゃあその二つね。食べたらまたお買い物しよっか」
「今度はおいちゃんも連れてってね。いいお店教えるから」
宿に残された時、カイは赤竜の話だけでなく色々聞いていたので、行ってみたいとそわそわしている。
フェリックスのところへも行かないと、と思い出してまずは会いに行くことにした。
苦笑いするカールの後ろに隠れて、ライラは言い争う二人の様子を見ていた。
「なによ! この腹黒。狐のくせに、狸親父!」
「そっちこそ、狸のくせに女狐だって言われているくせに」
カールの姉と、フェリックスは、顔を合わせるといつもこうなってしまう。以前のカールなら自分が実家ではなくフェリックスのところへ就職したせいかもと悩んでいたけれど、今では自分のことなど関係なかったんだなと呆れている。
ライラはカールの袖を引きながら首をかしげた。
「犬猿の仲、って言うと、余計にややこしいかな」
「へえ、おれの記憶だと、犬と猫のように仲が悪い、だったかな」
狸と狐が、犬猿の仲でも、犬と猫でも、どちらに例えられてもややこしい。
言い争っていた二人は、カールにどっちの味方をするかと問いかけたところでライラに気付いた。
恥ずかしそうに咳払いして視線を逸している。
「姉ちゃんは話が終わってるなら帰って。フェル、おれ酒のリスト持ってくるから、ここよろしく」
「変なところ見せてごめんね、ライラ。来てくれて嬉しいよ」
「なぁに鼻の下伸ばしてるのよ。ライラちゃんっていうの? こんな腹黒に騙されちゃダメよ。それより、化粧品に興味ある?」
伸ばしていない、というところからまた言い争いが始まりそうだったので、ライラは慌ててとめた。
カールの姉を宥めて、なんとか帰ってもらう。
ライラがフェリックスに向き直ると、ちょうどカールがリストを持って戻ってきた。
一部は現物もあるということなので、今あるものだけアイテムボックスに入れて、リストの写しを預かることにする。
酒の他にも、気になった蜜漬けや焼き菓子、チョコレートを買った。
「できれば奥で、もっとゆっくり話していたいけど、今日は予定があるからね。また今度、ゆっくりお茶でもしよう」
「おれのアクセサリーも貰って。ハワイアンジュエリーが元で、こっちだとハワイア細工って言われちゃってるけど、けっこう売れてるんだ」
それからフェリックスたちの予定がある時間まで、少しの間、街に着いてからのことを話す。
帰る直前になって赤竜への手土産も買い、ライラは一安心したように笑みを浮かべて商店街へ繰り出した。